0/Gブラッド

凍龍(とうりゅう)

第1話

『はーい、みなさーん、こちらにお集まりくださーい!』


 早朝、まだ人影もまばらなサンライズ7宇宙港の到着ロビー。

 コロニー観光のツアー客が、遠目にも鮮やかな蛍光色の旗を掲げた添乗員に導かれ、明るいフロアをぞろぞろと賑やかに横切っていく。

 時差ぼけか、それともシャトルの中で延々と繰り広げただろう宴会の疲れか、そのほとんどが赤く腫れた目をこすりながら眠そうに荷物を引きずっている。


「あー、ねむ」


 茅野晃かやのあきらはそんな一行を遠目で眺めながら、手荷物カウンター近くでただ苦いだけの自販機コーヒーをすすっていた。

 正面のスクリーンには発着する各国の旅客船やシャトルの名前が次々と表示されていく。

 一番上には今日の日付けとグリニッジ標準時が黒字に白で大きく掲げられ、日本時間ローカルタイムがその下に淡いオレンジ色で表示されている。スペースコロニーはどの国も国際的な取り決めでグリニッジ標準時で運行されているためだ。


 05. 28. 07:05


 時刻表示が閃いて新しい時間を示すと同時に、やわらかなチャイムがロビーに響く。スクリーンのJASA012便の表示の隣には、

〝手荷物受渡中〟

の文字が表示された。晃の乗った便だ。

 やがて、止まっていたコンベヤーがわずかなきしみと共に動き始め、スーツケースやバッグが次々と吐き出される。ビジネスマンらしいスーツ姿の男女が先を争うようにスーツケースをつかみ取り、その重さをみじんも感じさせない素早い足取りで市街に向かうムービングロードの改札に消えていく。

 晃はそんな騒ぎを、すっかり生ぬるくなってしまったコーヒーをすすりながらやり過ごした。人混みが消えると同時によっこらせと体を起こし、空の再生プラコップを握り潰すと、気配を察して寄ってきたダストシュートに放り込む。

 コンベヤーの上でただ一つ寂しくぽつんと回っているくたびれたバッグをつかみ取ると、晃はムービングロードではなく地下のモノトラック乗り場へと歩き出した。





 モノトラックは通称〝地下鉄〟と呼ばれているが、実際には地下を走っているわけではない。この、人類史上最大の巨大円筒スペースコロニーでは、それ自体が回転する事によって生じる遠心力で疑似的な重力を生み出している。そのため、人々は円筒の中に街を作り、地面はすなわち円筒の内壁を意味する。さらにここで言う〝地下〟には、コロニーの構造材と何重もの防御壁、さらにその外側にある絶対真空の宇宙空間をも含む。

 つまり、モノトラックは円筒の外壁にぶら下がるように走る一種のモノレールなのだ。

 運行はAIによって厳密に管理され、三分おきに運行しているから、長距離ではムービングロードより早く目的地に着く。加えて、宇宙空間をじかに眺めながら走る感覚は他では絶対に味わえない。

 コロニー観光のツアーコースにも入っていて、結構な人気らしいが、晃の乗った一般車両には早朝という事もあって人影はまばらだった。

 晃は胸のポケットから眼鏡型携帯端末コミュニを取り出して装着すると、サンライズ技術工科大学の住所を検索する。

 目的の場所は〝一区〟第三シリンダーにあった。


「ああ、しまった!」


 晃は行先を確かめもせずにくぐった改札口の〝三区行き・第三縦貫線〟の表示を思い出して顔をしかめる。


「仕方ないなぁ」


 舌打ちをしながらバッグを漁ると、心配症の祖母が地球を出る時に渡してくれた〝モノトラック路線図〟をばさばさと開く。

 だが、路線は今さら確かめる必要もないほど簡単だった。

 このサンライズ7コロニーは、外から見ると直径が二キロ、長さ十キロを超える超巨大な乾電池バッテリーセルに似ている。

 円筒の表面にはプラス極からマイナス極に向かって帯のように陸地――それぞれ一区、二区、三区と名付けられている――と、コロニー内に太陽光を取り入れるための透明な〝窓〟が交互に配置され、さらにプラス側の端に宇宙港、マイナス側には工業港が設けられ、人と物の出入りを担っている。

 つまり、モノトラックには三つあるそれぞれの陸地の中央を貫くように宇宙港から工業港にまっすぐ走る縦貫線が三本、円筒を巻くように走る環状線が四本があり、文字通り粗い網のようにコロニー全体を覆っている。

 だから、一区に行くにはどこか途中で環状線に乗り換えて窓を一枚横断し、隣の陸地に移動する必要がある。


「ええっと」


 晃は路線図を指でたどり、このまま第三シリンダーまで乗っていく事にした。そこで第三環状線に乗りかえれば目的地のそばで下りる事ができる。

 晃はマップをたたみながら、向かいの席に座る高校生らしい制服の少女がくすくす笑っているのに気付いた。確かに、これだけ整然とした碁盤の様な街で時代遅れも甚だしい紙の地図を広げているなんてみっともない。声高に田舎者おのぼりさんを宣伝して歩いているようなものだ。

 晃は出来るだけ平静を装って何気なく目をそらし、窓の外を眺めたが、それでも顔が赤くなるのは抑えようがなかった。

 次の瞬間、彼の背筋にぞくりと悪寒が走った。


(何だ?)


 気のせいだと笑い捨てるには強烈過ぎた。

 まるで、背骨に沿って電流が走ったかのような鋭いショックに思わず立ち上がりかけ、彼の唐突な行動に驚いた表情をみせた少女に気づいてまた腰を下ろす。


「今のは? 一体……」


 彼は低いつぶやきを漏らした。

 同時にモノトラックは大きく揺れ、鋭い金属音を響かせながら急停車した。

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