第11話

 指示された会見場所はホテル最上階のレストランだった。

 きらびやかな内装と雰囲気に気後れする晃とは対称的に、薫はその場にすっかり溶け込んでいた。

 ボーイに丁重に案内されたテーブルに取材の相手は既に姿を見せており、二人の姿を認めて立ち上がり、右手を差し出してにこやかに微笑んだ。


「やあ、晃君、久しぶりだね。大きくなったなぁ」

「は?」


 いきなりのカウンターパンチに、晃はその場で凍りついた。

 ロマンスグレーの紳士は、凍りついたままの晃の手を取って力強く握手すると、隣の薫にも如才なくほほえみかけ、握手しながら自己紹介をする。


「どうもはじめまして、新村です。あなたが鷹野さんですな、よろしく」

「フリージャーナリストの鷹野薫です、お会いできて嬉しいです。ところで、失礼ですが晃くんとはどのようなご関係ですか。この様子だと本人はまるで記憶にないようなんですが?」


 新村は表情を崩すとおおらかな笑い声をあげる。


「いや、失敬。覚えてないのも当たり前です。茅野夫妻とは生前、大変懇意にしてましてね。晃君と最後に会ったのは君がまだ一才になる前だったかなあ。あ、それより座りませんか?」


 新村は笑いながら薫に椅子を勧めた。薫が彼の身ぶりにふと後ろを振り向くと、彼女が腰をおろすのをボーイが横目でじっと待っていた。

 薫は慌てて腰をおろし、隣で固まったままの晃を肘でつついて座らせる。明らかにほっとした表情のボーイが料理を並べ始るのを待って、新村がワイングラスを掲げる。


「とりあえず、乾杯しましょう。私ももう腹ぺこなんです」


 新村の音頭で三人はワイングラスをカチンと合わせた。

 晃だけはノンアルコール飲料だったが、インペリアルホテルの名物料理はもちろん彼にも供された。もっとも、優雅にナイフとフォークを操るのは新村と薫ばかりで、晃のそれはほとんどチャンバラのノリだった。

 それでも、どうにか無難にフルコースをこなし、食後のコーヒーが出される頃には晃もようやくリラックスする事ができた。

 有吉研究室のコーヒーには遠く及ばないものの、それでも地球からわざわざ輸入したらしいコーヒーの香りは晃を十分満足させた。


(この調子で高級品の味に慣れちゃうと、地球に戻って飲めるコーヒーが無くなりそうで怖いな)


「では、そろそろ取材を始めさせていただいてよろしいですか」


 場所を談話室に移した所で薫が切り出した。

 それまで柔和な表情を見せていた新村はその言葉ですっと真顔に戻ると、左手で軽く薫を制した。


「その前に、この取材はあくまで非公式の会見としていただきたい。私のお話はあくまで雑談。名前を出すのもご遠慮願いたい。それでよろしいですかな?」


 薫は唇を噛むと無言でうなずいた。


「では、とりあえず私の方からある程度お話させていただきましょう。一問一答よりいくらか効率的だと思いますので」


 新村はソファーに深く腰かけると、足を組んでしばらく沈黙し、やがて静かに話し始めた。

 薫はメモを取り出しながら、さらに新村の死角でひそかにレコーダーのスイッチを入れる。晃は、とりあえず話に集中することに努めた。


「さて、まずは晃君をなぜ存じ上げているかという事ですが、実を言うと、晃君を身ごもった時、ご両親が密かに私の所に相談に見えたんです。このまま生んで大丈夫なのかと言うのがその内容でした。

 当時、宇宙空間での妊娠というのはまだ例がありませんでしたから、ごくごく当然の心配だったと思います」


 新村はそう言うと晃に笑顔を向けた。

 晃は彼の笑顔に何となく作り物の様な違和感を感じた。同時に、何よりも驚きで言葉も出なかった。


(宇宙空間で妊娠?)


 夫婦が同じ職場で働き、一緒に住んでいればまあそういうこともあるだろう。だが、晃自身はこれまで自分を地球生まれだと信じて疑わなかったし、だいいちサンライズ7コロニーは完成もしていなかったはずだ。


(だとしたら、俺は一体どこで生まれたんだ?)


 新村は晃の表情で疑問に気付いたらしい。


「母体に致命的な影響があり得る為、妊娠中の大気圏再突入は現在でも厳重に制限されています。ですから、お母様は地球に戻ることはできず、ようやく自転を開始したばかりのここ、つまり、建築途上のサンライズ7に設けられた臨時の救護所であなたを出産しました」

「ええっ!」

「事情が事情ですからコロニーの公式記録には一切残っていません。ですが、晃君、君はこのコロニーで生まれた最初の子供ザ・ファーストなんだよ」


 あまりの驚きに、晃は表情を失った。





「あ、ええと……」


 長い沈黙の後。

 薫はメモを取る手を休め、上目遣いに新村を見ながら口を開く。


「事前にお伝えしていた取材のテーマからはちょっとズレますが、ひとつお聞きしてもよろしいですか?」


 新村は鷹揚にうなずくと静かに足を組み替えた。


「懇意にされていたということは、晃君の両親がどのようにして亡くなられたのかはもちろん御存じですね?」

「え……確か、宇宙船の遭難事故だと……それが何か?」

「いえ、失礼しました。どうもありがとうございます」


 さりげなく礼を述べながら薫はペンの頭で新村に見えない様に晃の膝を突っついた。質問に答える新村の目は、平静を装いながらも明らかに動揺の色を浮かべていた。

 何かを知っていて隠している。二人はそう直感した。


「では、鷹野さんの取材のテーマであるコロニーチルドレンの話に移りましょうか。詳しい数字はこの資料にまとめてありますのでご覧頂ければわかりますが、現在までの所、地球上での児童と比較し、成育に目立った違いはありませんな。ご心配されている様な先天的な異常や変異の報告は一例もありません」


 新村は自信たっぷりに言い切った。


「それは言うまでもなく――」

「では、よろしいですか?」


 新村の言葉を遮るように薫が攻撃を開始した。

 何となく新村にうさん臭い物を感じていた晃は、彼女の反論に心の中で声援を送った。


「まず、私どもが独自に入手したデータでは、コロニーの子は地球の子供に比べて著しく表情に乏しいという観察記録があるのですが、これについてはどう思われますか?」

「……表情?」


 新村は一瞬考え込むが、すぐに笑顔で切り返す。


「十分に説明できます。コロニーでは一人の人間の無軌道な行動が他の全員を生命の危険にさらします。そこで、地球の子供に比べて協調性や融和の精神を特に念入りに教育されます」

「ふむふむ」

「その結果、精神の安定した優しい子供が育成されます。落ち着いた人間は、そうめったに目立つ表情をしないもんですよ」


 薫は異論をはさむこともなく、澄ました顔でメモをさらりとめくる。


「では、もうひとつ。初期のコロニーの入植条件に、独身者に限るというものがありました、これはコロニーの環境がお母さんのおなかの中の胎児や、成長期の子供達に悪影響を与える事を懸念しての条項ではなかったのですか?」

「いかにも、その通りです」

「では、なぜなくなったのですか?」

「晃君……君が我が身を持って安全性を証明してくれましたよね」


 新村はにっこりと晃に笑いかける。


「では、実際に入植が始まって五年近くもその条項が廃止されなかったのはなぜですか?」

「お役所仕事ですからね。一度制定した規則を変えるのには時間がかかりますよ」


 薫は押されていた。晃は、薫が助けを求める様にちらりと視線を走らせたのを見て、今日発見したばかりのデータで助け船を出した。


「あの、こういうデータについてはどう思われますか。まず、子供向けゲームソフトの売れ行きが、種類によって地球とここで極端な差が見られるんです……」


 晃はゲームやビデオソフトのデータと共に、コロニーの子が怪我をしないという話も加えてはったり半分に新村にぶつけてみた。しかし、さすがは彼や薫の倍以上学問の世界で生きてきた強者だ。論戦になればめっぽう強かった。


「簡単ですね。融和を尊び、争いを避ける様に教育された子供達がその、何と言うか、戦いを賛美する様なゲームや映画に興味を持とうとしないのは当たり前です。それに、争いを避ければ無用なケガもまずないでしょう。違いますか?」


 正論だった。彼は、自分が中心になって定めたコロニーの環境設定に絶対の自信を持っており、それに疑問を抱くつもりなどまったくないらしかった。

 結局、この日の会見は彼の独壇場に終わり、二人は大した収穫を得る事が出来なかった。


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