第9話


 その後、晃は彼女の言葉を確かめようとVRゲーム完全没入筐体が売りのゲーミングカフェに入った。


「ほう」


 店の中央部にはいくつもの体感型シートを収容できる円筒形の巨大筐体が鎮座し、周りは吹き抜けになっていた。

 一階席からも二階からも見える位置には大型のスクリーンが何面も下がっていて、プレイ中の動画が投影されている。日本本土でもなかなか見ない、かなり規模の大きな店舗だ。


「いらっしゃいませ。ヘルメットとグローブはお持ちですか? 当店にはレンタルもございますよ」

「ああ、ごめん、今日はゲームなしで」

「はい、飲食のみのご利用ですね。それでは床のブルーのラインに沿ってお進みください」


 入り口のスタッフに促され、床の発光サインに沿って店内に足を踏み入れる。

 仮想現実技術VRは何十年も前から流行ったり、廃れたりを何度も繰り返したために色んな規格が乱立し、未だに標準規格デファクトスタンダードが確立していないらしい。昔はヘッドフォンのついたゴーグル型のスクリーンで立体視と音を再現するものが主流だったらしいけど、ここ十年ほどは視覚と聴覚だけではなく、温度や振動、そして加速度と、ほぼ全身の五感を再現する完全没入型フルダイブの筐体型が盛んだ。というか、立体視と音だけなら今どき個人の眼鏡型携帯端末コミュニでも再現できる。

 脳組織に直接プラチナのワイヤーを何百本も差し込んでコンピュータと人間の脳を直結するMMIマンマシンインターフェースとかBMIブレインマシンインターフェースという技術も防衛軍を中心に研究中らしいけど、流石にそこまで突き詰めるともはや半分サイボーグだ。好奇心より怖さの方が先に立つ。


「まあ、流石に俺には縁のない話だけど……」


 カフェの店内は仕事をサボっているらしいサラリーマンや休暇中らしい宙航士、そして暇そうな大学生や専門学生で結構込んでいた。この規模でも筐体の数が足りずに順番待ちが発生しているらしい。


「あ、君たち、ちょっといい?」


 たまたま完全没入筐体フルダイブブースから出てきたばかりの子供がいたので声をかけると、やはり地球生まれの子ばかりだった。


「こっちの子はこういうゲームなんか誘っても乗ってこないんだ。つまんないんだってさ」


 そばかすの目立つ地球生まれの小学生はそう言った。


「本当は一緒に遊びたいんだけど、どうしても趣味が合わないんだ」


 妙に大人びた表情でぽつりとつぶやいた彼の言葉はいかにも寂しげだった。

 同じ光景はおもちゃ屋にもあった。

 いぶかしむ店員に学生証を見せて聞き出すと、アクション性やギャンブル性のあるゲームやトイはコロニー生まれにはまったく売れないらしく、客はほぼ百パーセント地球生まれだという。

 自分も地球生まれだと言うおもちゃ屋の若い店員は首をひねりながら言った。


「言われてみると確かに不思議だよなぁ。まあ、コロニー生まれには潔癖症が多いって聞くし、VR筐体の共用やら対面販売のリアル店舗やらじゃ衛生的に不安なんじゃないの? 買い物なんて、その気になれば全部ネットショップで済ませることだって可能だろ?」


 言いながらそばの半球型大画面モニターを指す。


「俺なんか、こういうのも割と好きなんだけどな」


 半球型の特殊立体視ディスプレイ画面の中では、新着の完全没入型フルダイブアクションR PGがデモンストレーションを繰り返していた。だが、普通ならその前にあるはずの人だかりはなく、凝った効果音とBGMがむなしく響いているだけだった。

 晃は店員に礼を言って店を出た。

 真佐子の愚痴に付き合ったおかげで、どうにか調査の糸口がつかめてきた。晃はようやく焦りから解放され、大通りをのんびり歩きながら、聞き集めたさまざまな話の交点を見つけようと考え事に熱中した。

 しかし、あまりに熱中するあまり、自分が色白の小学生達に入れ替わり立ち替わり尾行つけられている事には気づかなかった。

 そして、その晩も薫は戻ってこなかった。





 翌日の午前、晃は再びサンライズ技工大のデータベースにこもって話の裏付けとなりそうなデータを物色した。

 ただ、ゲームソフトの地域別売り上げランキングや人気ビデオソフトのランキングみたいなエンタメ性の高いデータは逆に見当たらない。


「やっぱりコロニーは宇宙開発に偏ってるよなぁ」


 愚痴りながらさんざん探しても、ないものはない。

 結局、わざわざ地球のデータサービスにアクセスして取り寄せる羽目になった。


「これじゃ何のためにわざわざコロニーまで出向いたのかわかんないよ」


 遠距離アクセス料金と追加の情報料で彼の手持ちのカード残高はがくんと減ってしまった。だが、苦労しただけあって、得られたデータの中身は予想を裏切らなかった。


「ほう、これはおもしろいね」


 昼下がりの研究室でおなじみのコーヒーをすすりながら有吉准教授は目を細めた。


「ゲームやおもちゃの嗜好の違いでアプローチするのは変わった切り口でいいね。それに、確かにコロニーと日本本土では明らかな有意差が見られる。悪くない」


 不意に机の上のプリンターがうなり始め、何枚かの紙片が続けざまにトレイに吐き出される。プリンターが止まってアラームが鳴ると、有吉はさっと体をひねって紙片をつまみ上げ、トントンとそろえてクリップをかけるとざっと目を通す。


「ほら、さっき頼まれたサンライズコロニー内の小、中学生のケガの状況報告だ。しかしこれはなんだい?」


 有吉は知り合いの学校医に頼んで送ってもらったデータをそのまま晃に差し出す。晃はそれを受け取るとしばらく無言で目を通し、小さくうなずいて顔を起こした。


「昨日、地球生まれの現役の高校生に話を聞いたんです。コロニー生まれの生徒はトラブルの種が最初からわかるみたいだって彼女は言ってました」

「え? そりゃあ初耳だ」

「だから、無茶をしたり、冒険したりも一切しないらしいんです。だから、もしかしたらケガをする事も少ないんじゃないかと思ったんですけど。ほら、ほとんど地球からの移民の子ですよ」


 再び有吉に書類を返す。有吉は今度は一枚一枚丹念に目を通し、やがて心底驚いたといった表情で書類をテーブルに投げ出す。


「驚いたね。私達は今まで心理テストや体力、学力の測定データで両者に明確な違いが見つけられずに悩んでいたんだよ。まさかこんな所に違いが出てくるなんてね」


 昨日晃がハマったのと同じ悩みだ。

 有吉はそのままソファーに沈み込み、深刻な顔でコーヒーを飲みほす。


「さて、と。ところで、これらのデータの示すところなんだけど、君はどう見る?」

「ええ、ものすごく荒唐無稽な仮説になるんですけど……」

「構わない、言ってごらん。何だったらせーので一緒に言ってもいいよ」

「じゃあ、遠慮なく。つまり……」

「「コロニー生まれの子供達には、先天的に一種の予知能力がある!?」」


 二人の声がきれいにハモった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る