第34話
「えーっ! だからといって
〝がるでぃおん〟のコクピットに落ち着いて詳細を聞かされた香織は顔色を変え、管制員らしく杓子定規に反論した。
「大丈夫だって、今は上席は誰も居ないし、怒られたりはしないって」
一方、薫は持ち前の大胆さでさも当たり前のようにそそのかす。
「いえ、でも、もし万一のことがあったら……」
「おや、
薫は大真面目な顔で香織に迫る。
「スーパーフレアが襲来してんのに管理局は機能不全。その上宇宙港と居住区はさようならしてんのよ。コロニーの外はフレアの放射線と荷電粒子の大嵐だし、〝がるでぃおん〟が安全に航行できるエリアは工業港ブロックの影になっているコロニーの中しかないじゃない? 多少のイレギュラーは大目に見てもらわなきゃやってらんないって」
「いえ……でも、どうしてそこまでの無茶をして――」
「待ってる人がいるから。彼は私の信頼に応えてコロニーを救った
薫は、揺るがぬ瞳でそう言い切った。
「……私は何も聞かなかったし見なかった。それでいいですよね?」
「香織ちゃん、あなた私と名前は似てるのに性格は正反対ね」
呆れたように返す薫に、香織は信じられないことを言われたように目を剥いた。
「知りません。薫さん、あなた普段なら絶対友達になれないタイプです」
「それはどうも。褒め言葉と取っておくわ。じゃあ、行くわよ!」
薫はシートベルトを締めるよう身振りで促すと、慎重にメインエンジンを起動する。
船体に絡みついていたネットはきれいに外したし、操船システムは再起動して二重チェックした。だが、一度高エネルギーの電磁波を浴びたシステムがきちんと動くかどうかは誰にも保証はできない。最悪の場合コロニー内に不時着する危険性もあった。
「お願いですからコロニーの軸線を外さないで下さいね。完全に無重力なのはコロニー中心軸だけです」
「わかってるって。無駄な噴射は絶対にしない。一発吹かせばあとは惰力で行けるし、向こう側は気密カーテンの中心に救助用の穴が空いてるから空気の流れで自然に吸い寄せられるはず。大丈夫、いける!」
「それがいまいち信用できないんですよね」
ぶつぶつこぼす香織の横顔を見ながら、薫は内心で胸を撫で下ろしていた。
あの一方的殺戮の現場にいた割に、香織の精神的なダメージは大きくない。銃撃の最中はほとんど目をつぶっていたと言うし、管制室を脱出する時も目隠しをした上で薫が手を引いた。
(この先、コロニーの復旧にはこの子の力が必要だもんね。ここで潰れてほしくはないわ)
だが、これだけのダメージからサンライズ7が元の姿を取り戻すには相当長い時間がかかりそうだ。薫は他人事ながらその苦労を思ってため息をついた。
ここはとても静かだった。
漏出していた空気はすでにその大半が失われたらしく、今聞こえるのは自分自身の呼吸音だけだった。
居住区からも宇宙港からも切り離されたカプラーリングは、すでに回転力をあらかた失っており、今は何の動力もなく、ただ虚空に浮遊しているだけだった。
薫が最後に連絡をよこしてからどのくらい過ぎただろうか。晃は全身を蝕む痛みと、しつこい頭痛に耐えながらぼんやりと考える。
あの猛烈な空電ノイズが太陽フレアの最初の一撃だとしたら、そろそろ強力な放射能を帯びた原子の雲が飛来するタイミングだ。
カプラーリングに放射線の遮蔽機能はない。そういう意味で一番まともなのがこのエアロックだが、いずれにせよ数時間もしないうちに致死量の放射線を浴びることになる。
「何だろ、何だか眠い」
殴られた側頭部がジンジンと痺れ、段々と思考がまとまらなくなってきた。もしかしたら脳内出血を起こしているのかも知れない。目をつぶった訳でもないのに視界まで狭く、暗くなってきた。
(あれ、非常灯が消えた?)
目を擦ってみて、晃はどうやら自分が視力を失いかけていることに気づく。
「灯、期待してくれたところに申し訳ないけど、俺ももうすぐそっちに行くのかも……」
その途端、パンッと頬を叩かれた。
「何弱気になってんの! このくらいでめげるようじゃ宇宙じゃ生きられないわ!!」
「薫さん?」
「そう! すぐ病院に運んであげる。それまで諦めるんじゃないわよ! いい、約束して!」
「薫さん……」
「私を信じろ! 必ず助ける!」
そのままズルズルと体ごと引きずられる。
(……なんて怪力だ)
そう思い、ああ、ここは無重量だったと思った次の瞬間、晃の意識はふっと途絶えた。
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