第23話

「これ、どこまで続いてんの?」


 晃の声が黄昏のようなうす暗い空間にぼわんとこだまする。ガスから逃れる様になかば本能的に二人の前後に付き従っていた小動物達は、どこか途中で地上への抜け道を見付けたらしく、今は二人の足音だけが大空間にどこまでも響いている。


「まっすぐ行けば宇宙港まで、です」

「へえ、でも結構な距離があるよね?」

「ですが、いろんな意味で今は地上に出る方が危険です」

「まあ、そりゃそうなんだろうけど」

「せっかく偽装までしたんですから、もうしばらく死んだままでいてくれませんか?」

「ええ? どういうこと?」


 灯はその質問には答えず、無言のままアルカイックに微笑む。

 彼女のクールな態度に晃は一瞬鼻白んで黙り込むが、やがて気をとり直して会話を再開した。


「……ところで、俺がここに来て以来遭遇した事故の事だけど」

「はい?」

「あれは君達が関わっているの?」

「そうです。騒ぎをできるだけ大きくしなければ管理局に握り潰されてしまいますから。貴方に夢を見せたのと同じ方法で、能力が目覚め始めている子供達に協力を依頼したのです」

「能力?」

「私達とは違うプロセスで、コロニー生まれの子供達にも様々な力が備わり始めているのですよ」

「なぜ……」

「原因はここ。ご覧の通りのがらんどうです。本来なら、この空間に充填された土砂で効果的に遮蔽されるはずの太陽風や宇宙放射線が、そのまま居住部にまで到達し、胎児や成長期の子供達の遺伝子に想定を超える変異をもたらしています」

「テレパスや予知だけじゃないってこと?」

「ええ、念動テレキネシス透視クレヤボヤンスの萌芽を持つ子供たちもいます。ごく弱い力ですが、世代を重ねればいずれ自分の力を自覚することになるでしょう。もしそれができれば……ですが」


 灯はそう言ってため息をついた。


「結局、新村博士の実験は、人類が宇宙に進出することでいずれ自然に始まったであろう人類の変容を、強引な手法で先取りしただけに過ぎなかったのです」

「変容? そう言えば、君は〝進化〟という言い方をしないね」

「ええ、これが将来の人類に有利かどうかは現時点ではわかりませんから。少なくとも、私達にとっては完全な行き止まりデッドエンドです」

「……でも、だからって他人を巻き添えにするこういうやり方はありなのか? 俺はあまりに乱暴過ぎると思うんだけど」

「いいえ、私達は死者が出ない様に細心の注意をはらいました。モノトラック、そして〝窓〟の事故。いずれも一人の重軽傷者も出していません。おかげでマスコミの目もこれらの事件を無視できなくなりました」

「いやいや、大停電じゃ何人か死んでるし、さっきの運動公園のガス漏れでも洒落じゃ済まないレベルの犠牲者が出ているじゃないか!」


 晃の糾弾に、灯は傷ついたような表情を浮かべる。


「あれは私達ではありません。コロニー管理局が引き起こしたものです」

「まさか自作自演なのか? 巻き添えで人が死んでいるんだぞ!」


 思ってもみない情報に晃は大きく目を見開いた。


「このコロニーに使われている建築資材の多くは、本来の要求仕様をパスしない不良品です。ですから、今後も似たような事故は頻発するに違いありません。管理局はテロを隠れ蓑にして本当の原因を隠蔽し、事故の復旧を名目にして住民に知られないうちにこっそり対策するつもりなのでしょうね」

「バカな! 住民の命より自分達の保身を優先するのか!? それに、今のままじゃ君達はテロリストだ。完全な濡れ衣じゃないか!」

「別にそれでもいいのです。どうせ私達には未来などないのですから」


 興奮する晃とは対照的に、灯は悟りきったようにゆるゆると首を振って寂しげに笑う。 


「私達の役割はこの問題を表ざたにしたことでほぼ終わりました。経緯はどうあれ、一連の騒ぎがきっかけで対策が取られ、これ以上かわいそうな子供達チルドレンが生まれなくなればそれでいいのです。それに、貴方と再会できたことで心残りはなくなりましたから」

「そんな!」

「……私は、もう十分以上に生きました」

「はぁ!? ホントに何言ってんだよ? 君と俺は同い年くらいなんだろ?」

「残念ですが、寿命なんです。私達実験体の寿命はせいぜい十四、五年です。貴方に心を飛ばした中の一人も、その後天に召されました。最初にも言いましたが、まともに動くことが出来るのはもう私だけなんです」

「嘘だろ?」


 晃は愕然がくぜんとした。

 そんな年齢としで、生まれてほんの十年ちょっとで、なぜそこまで悟りきった老婆のようなセリフが口にできるのだ。


「そこで、イレギュラー中でなおイレギュラーなあなたの存在が重要キーになってくるのですよ」

 灯はすっと立ち止まると、不意に射すくめる様な鋭い視線を晃に向けた。


子供達チルドレンも、私達と同様に、程度の差こそあれ寿命や深刻な遺伝子欠陥の問題を抱えています。しかも、能力を自覚した途端、漠然と自分の限界や死期を悟ってしまう。絶対に逃れられない運命として。未来は変えられないものだと諦めてしまうのです」

「でも!」

「そう、貴方はどうやら違うらしい。数年前に貴方が受けた検査のデータを見た時、私達は歓喜しました」

「うわ、怖い!」


 確かに、晃には高校入試の後、病院に呼ばれて妙に詳細な身体検査と性格診断を受けた記憶がある。その時はてっきり入試の一環だと思っていたけど、どうも彼の周りでは個人情報がずいぶん軽視されているらしい。


「よく似た能力の萌芽を持ちながら、貴方だけがなぜ運命に逆らう事ができるんでしょうね?」

「そんなの、単なる性格の違い――」

「本当にそれだけでしょうか? 私は違うと思います」


 口調はあくまで柔らに、だがきっぱりと断言する灯。


「間もなく、コロニーにこれまでで最も重大な事故が起こります。住民の大半が死に瀕するほどの。これは避けられない運命です。ただ、貴方なら……」

「待った! 詳しく教えてくれよ」

「できません。私達にも具体的に何が起こるのかは見えないのです」

「そんな! 何かうまく回避する方法はないのか?」

「わかりません。本当にわからないのです」


 灯は静かに振り返り、晃を置いて歩き始めた。


「おい、ちょっと待って!」

「私は仲間の所に帰ります。貴方もそろそろお帰りなさい」

「帰るって、どこに?」

「港で貴方のお友達が貴方を待っています。行ってあげて」

「待って!」

「貴方なら、この残酷な運命を変えられるかも知れません。それが貴方をここに招いた理由わけ

「まだ聞きたいことがある! 待って」

「……さようなら、お兄ちゃん」


 晃は彼女を追おうとしたが、なぜか足が何かに抑えられたように動かなかった。

 灯の姿は次第に暗闇に溶け込み、やがては完全に消えてしまった。晃はただ一人、薄暗い通路に取り残された。





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