第14話
宇宙港の小型船舶専用桟橋に〝がるでぃおん〟はその純白の優美な姿を浮かべていた。
薫は慣れた手つきで暗証コードを打ち込み、センサーに自分の虹彩をスキャンさせた。アラーム音と共にエアロックの扉が二十センチほどポップアップし、次いでゆっくりとスライドする。
晃に先に入る様に指示し、次いで自分も入ると扉を閉じてロックする。空気が一瞬だけ吹き込まれ、二人の鼓膜をツンといわせると同時に内側の扉が音もなく開いた。
「さあさあどうぞ。狭い我が家ですが」
薫が芝居っ気たっぷりに両手を広げながら呼びかける。
「あ、お邪魔します」
思わず間抜けな受け答えをして、晃は明るくライトアップされた船内に足を踏み入れた。
確かに広くはなかったが、同クラスの船に比べたらはるかに充実した設備が整っている。廊下をはさんで正面にはユニット式の無重力バス、トイレ。廊下を少し歩くと両側に小さなベッドルーム。そしてつき当たりの扉の先はコクピットになっていた。
「うわあ!」
コクピットに足を踏み入れた晃は思わず驚きの声を上げた。
正面には巨大な3Dマルチディスプレイが備えられ、そしてコンソールに並ぶ各種の航法・操縦システムは民間の小型艇にはおよそ不似合いな高性能機器ばかりだった。
さらに、十Gそこいらなら平気で耐えられそうな耐Gシートが二つ。このままあっさり大気圏再突入すらこなしそうな雰囲気だ。
「まるで戦闘機じゃないですか、これ」
「そう、実際にはそこら辺の軍用機より高性能みたいだよ。これを造ってくれたメーカーが、自分たちの威信をかけてコスト度外視でこだわりまくった最高傑作だって」
「ひええ。ムチャクチャ高かったんじゃないですか?」
「タダよ」
薫は当然の様にあっさり答えた。
「うそ……」
「ホント。そのかわり私の命を抵当に入れたんだから」
「!?」
「知らない? 前に私が欠陥宇宙艇で死にかけたことがあって、その時の船のメーカーが慰謝料代わりにくれたの。あなたも知ってる小惑星でのサバイバルはその時の出来事ね」
「はあぁ」
「どっちかと言うとメーカー側の信用回復の為の宣伝にうまく使われてる感じだけど、それでもとにかく私の船には違いないわよ」
「へえ、でも、こんなにもの凄いなんて思いませんでした」
「私だって初めて見た時は驚いたわよ」
軽く笑いながら薫はシート脇のコンソールに素早く右手を走らせる。
マルチディスプレイが輝き、一瞬のレインボーノイズに続いてどこかの部屋が二次元映像で映し出される。
正面の棚には大量のデータディスクが収められているが、全体の雰囲気はオフィスと言うより普通の家の書斎といった感じだ。少し遅れて、画面に薫と同世代の長い黒髪の女性が現れた。
「ハイ、薫。あら、かわいい男の子ね。どこで拾ったの?」
いきなり初対面の女性にかわいいなどと言われて晃は思わず赤くなる。
「いいでしょ、あげないわよ。それよりも、部屋の
その瞬間、女性の顔色がすっと変わった。
「ちょっと待って、見てくるわ」
そう言って画面の外で何かを操作すると、一瞬画面が凍りつく。すぐに画面は元に戻ったが、声にさっきまではなかったわずかなエコーが入る。
「いいわ」
女性が向き直って頷くのを待って薫はこれまでの経緯を手早く説明した。特に、コロニー管理局が何かを隠したがっている点と十五年前の宇宙船の事故とのつながりについては繰り返し強調する。
薫とは対照的にしっとりと落ち着いた雰囲気を纏ったその女性は、小さく頷きながら真剣な顔で話を聞いていたが、聞き終って深いため息をついた。
「これは根が深そうね。いいわ、出来るだけ調べてみる。四十八時間ちょうだい」
「OK、また連絡する」
「言っても無駄だとは思うけど、くれぐれも無茶は謹んでね。じゃ」
一瞬の間を置いて画面はノイズの嵐になった。薫が素早くスイッチを切る。
「今のは?」
「久美子っていうの。私の代理人」
「でも」
「大丈夫、どんなときも無条件で信用出来る人よ。それに今の通信は軍用のレーザースクランブル
「薫さん、何でそんな物まで持ってるんですか?」
「ノーコメント。それよりそろそろ行くわよ」
薫は反動をつけてさっと立ち上がり、先に立って船を出た。
桟橋の隅で作業していた浅黒い宇宙焼けの作業員が薫に声をかけてくる。
「よお、船長。久しぶりじゃないか!」
「元気? それより昨日から港は大騒ぎね」
「さすが耳が早いな。まったくコロニー管理局の連中ときたら何をやってんだか。大事な大事な電力母線が火ぃ吹いちまったんだと」
「もう正式発表になったの?」
「まさか! 箝口令出てんだ。二人焼け死んでんだぞ!」
「爆発で?」
「まあな。港の連中はみんな知ってるけどな。ったく、規格外の安物なんか使うからこんな目に遭うんだ。おかげで昨日は徹夜で消火作業よ」
「大変だったわね。じゃあ、また」
「おう」
薫は小さく手を振って桟橋を抜ける。
「あっさりわかっちゃったわね」
「知ってたんですか?」
「まさか。でも、相手は私も当然知ってると思ったから気楽に話してくれたのよ」
「ワルですねぇ」
「相手が勝手に誤解したの。これもテクニックの内よ。さーて次は、と」
そう言うと薫は近くの映話ブースを見つけて駆け寄った。晃が外で待っていようとすると逆にブースの扉を足で押さえて手招きされる。
薫はまず自分の
「うーんと」
人差し指を画面上でさまよわせ、そのまま無造作に一番最初に表示された業者を選んでコールする。
「一緒に聞いてて……と、石島電材さん? 実は私の船のエンジン回りの配線が熱でボロボロなの。怖いからすぐにでも見に来て欲しいんだけど」
『ありゃあ、タイミング悪いっす。実は今急ぎの案件が入ってるんですよ。ここ当分は無理ですね』
「どうして? どうせ港に来てるんでしょ。そちらの車両を近くで見かけた気がするんだけど」
『確かにそうなんですがね、何せ管理局の仕事だから融通が利かなくて。すいませんね』
「わかりました、ほかを当たってみます」
『ああ、お客さん、あいにくですがたぶん今日、明日はよそも一杯だと思いますよ』
「えー、そうですか、どうも」
薫は残念そうな口調とは裏腹に、カメラの死角でぐっと親指を立てる。
「取りあえず裏が取れたわね。コロニー中の電気屋さんが引っ張り出されているみたいよ」
「……はったりの女王だ」
晃はあきれ返ってつぶやいた。
「そんな事より……」
薫は急に真顔になると、人差し指を立ててこめかみに軽く触れる。
「思い出して。ここでも規格外の安物が元凶よ。レポートにあった内容と共通していない?」
「そう言えばそうですね」
「よし。今度はこれが報道されているような過激派のテロ工作なのか、あるいは純粋な事故なのかを確かめなくちゃ。目撃者を探すのよ」
薫は獲物を狙う鷹の様なプロのジャーナリストの目つきになると走り始めた。晃も慌てて後を追う。
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