第3話 困るんだ①

部屋に着くと、私達は服を脱ぎ合った。

「はぁ……」

首筋に当たるアムジャドの唇が、これからの甘い時間を予感させた。

「綺麗だよ、チナ。」

身体にキスされる度、湧き上がる感情を、私は持て余していた。

「待って……私……初めてなの。」

「えっ?」

アムジャドが私を見降ろした。

「本当なのか?」

「本当よ!」

するとアムジャドは、私を抱きしめてくれた。


肌と肌が合うこの感触。たまらない。

「嬉しい。俺だけしか知らないチナがいるなんて。」

その言葉を聞いて、体が疼いた。

「一つになるよ。」

「うん……」

熱いモノが、私の体の中に入って来た。

「んん……」

「辛くないか?チナ。」

「ううん。」

「動くよ。」

アムジャドの腰が動く度に、私の体に快感が走る。


「チナ。何があっても、僕から離れないで欲しい。」

「うん。」

「こうして、チナと毎晩抱き合って、子供ができて、ずっとチナと幸せに暮らしていきたいんだ。」

「アムジャド……」

好きな人と抱き合える幸せがあったなんて、私は今までそんな世界を知らずに生きていた。

これからは、そんな幸せをアムジャドと分かり合って、生きていきたい。


事が終わると、隣にはスヤスヤ眠るアムジャドがいた。

綺麗な顔立ち。

そしてサラサラの髪。

それが目の前にあるなんて、なんだか不思議。

「ん?チナ?」

「なあに?」

アムジャドは、私を抱き寄せて、髪を撫でてくれた。

「僕、チナの髪が好き。」

「ええ?」

「黒くて、長くて、艶があって……まるでシルクのようだ。」

アムジャドの腕の中で、私は彼の匂いを嗅いでいた。

甘くていい匂い。

この香りに、これからずっと、包まれていたいと思った。


そんな私達の事を、いち早く気づいたのは、津田先生だった。

「先生……?」

「やあ、元気?」

いつもお昼を一緒に食べていたベンチに、先生は腰を降ろした。

「今日は、ある事を確かめに来たんだ。」

「なあに?確かめたい事って。」

津田先生は、前かがみになった。

「もしかしてなんだけど……」

「はい。」

「千奈ちゃんの好きな人って、アムジャドなのか?」

身体がビクッとなった。

「本当の事を教えてくれ。」

先生は、何か思いつめているようだった。

「……はい。そうです。」

先生は立ち上がって、私の肩を掴んだ。

「彼だけは、止めておけ。」

「えっ?」

鬼気迫った先生の表情に、圧倒される。


「まだ深い仲にならないうちに、千奈ちゃん。アムジャドから離れるんだ。」

「どうして?どうしてそこまで言うの?」

先生は、ゴクンと息を飲んだ。

「……アムジャドは留学生だ。いづれ国へ帰る。その時、千奈ちゃんはアムジャドに付いて行くのか?」

胸がズキッとした。

「医師になる夢を諦めて?」

頭がクラッとした。

私、何も考えていなかった。

ただアムジャドと一緒にいるだけを、望んで。

「それはこれからの千奈ちゃんにとって、難しい選択だよ。アムジャドの国は、医療後進国だ。しかもアラブ諸国。女性が医師でいるのは、大変な苦労だよ。」

そうだ。アムジャドと一緒にいると言う事は、そんな事も考えなければいけないんだ。


「千奈ちゃん?」

青い顔をした私を、覗き込んだ先生。

「分かったね。もうアムジャドとは会わないようにするんだ。」

「無理よ。」

アムジャドの顔が思い浮かぶ。

「私、アムジャドに抱かれた。」

「千奈ちゃん……」


アムジャド、今直ぐに会いたい。

今すぐに会って、何も心配するなって、私の不安を取り去ってほしい。


「そうか。そんなに彼の事を……」

私は黙って、頷いた。

「それでも考え直してくれ。考え直してアムジャドと別れたら、また僕の元に戻ってくればいい。」

「先生?」

「一度君を幸せにすると誓ったんだ。誰に抱かれようと、その想いは変わらない。君は安心して、戻って来ていいんだよ?」

はいと、言えなかった。

それは、ある意味先生に甘えているだけで、自分の歩くべき道じゃないと思えたから。


「私、アムジャドと向き合います。」

私は手をぎゅっと握った。

「もしアムジャドが国へ帰る時は、話し合います。話し合ってどうにかなるものではないと思うけれど、その時に最善の方法を、アムジャドと探したいから。」

そう。これが私の答え。

これからの事は、アムジャドと一緒に考えて行く。

「分かった。」

「心配してくれて、ありがとうございます。」

私は先生に、頭を下げた。

「ううん。要らぬお節介だったらいいんだ。でも……」

「はい。」

「君にはいつでも、僕がいる事を忘れないで。」

「……はい。」

そう返事すると、先生は納得したように、背中を向けて行ってしまった。

別れても、私の事を大切に想ってくれている人。

だからこそ、アムジャドを選んだ事を、大事にしなきゃならない。


ある日の事だった。

授業が終わったアムジャドと、裏庭で待ち合わせをしていた。

あの日以来、私達は毎日電話で話ていた。

アムジャドと話をするのが楽しくて、いつも夜更けまで話していた。

だから久しぶりに会って話すのも、すごく楽しみだった。


待ち合わせの時間になって、私は時計を見た。

「おかしいな。待ち合わせの時間、間違えたかな。」

その時、後ろから両手で顔を押さえられた。

甘い香りがする。きっと彼だ。

「だーれだ。」

「うふふふ。アムジャドでしょう?」

「なんだ。つまらない。」

振り返ると、ニコッと笑うアムジャドがいた。

「アムジャド……会えて嬉しいわ。」

「僕もだよ。チナ。」

そして何の気なしに、私達は歩き始めた。

「どこへ行く?」

私が無邪気にそう言うと、アムジャドは苦笑いをしている。

「その前に、僕の話を聞いてくれないか?」

「ええ。」

「その、この前は急にあんな事をしてしまって、悪いと思っている。」

えっ?もしかしてアムジャド、後悔している?

「でも、気持ちは本当だから。君に恋しているのは、本当だから。僕の気持ちを疑わないで欲しい。」

なんてストレートな気持ちなんだろう。

「うん。ありがとう。」

アムジャドと一緒にいると、私は一人じゃないんだって、暖かい気持ちになれる。


「じゃあ、私からも一つ質問していい?」

「いいよ。」

「アムジャドは、留学で日本に来ているのよね。留学が終わったら、国へ帰るの?」

「ああ。国へ帰って、成すべき事がある。」

「その時、私はどうすればいいの?」

アムジャドと私は、見つめ合った。

「君の好きなようにすればいい。」

私の好きなように?

それは、私が勝手にアムジャドを好きだって事?

「チナは、医学を勉強しているのだろう?それを僕の一方的な想いで、遮る事はできない。」

その言葉に、私はイラっときた。

「じゃあ、私が日本にいたいって言ったら、アムジャドは私を置いて、国へ帰るの?」

「そう言う事もあり得るな。」

「じゃあ!私が別れたいって言ったら、アムジャドはすんなり別れるの!!」

「そんな事はするか!」

アムジャドは、私を抱きしめてくれた。

「初めてチナを抱いた時、こう言っただろう。何があっても、僕の側を離れないでと。」

「アムジャド……」

「チナの勉強の為なら、遠距離だって我慢する。でも、別れるのは嫌だ!」

アムジャドの気持ちが、私の体に伝わってくる。


「アムジャド……私の事、愛してる?」

「愛してる。今までこんな気持ちになった事はない。チナが初めてだ。」

私達は見つめ合い、キスをした。

「もし、私が医大を卒業したら、その時はアムジャドの国へ連れて行って。」

「ああ。言われなくても、そのつもりだ。」

アムジャドは切ない表情で、私を見降ろした。

「未来の花嫁。僕は、チナだけだと誓うよ。」

「私も。アムジャドだけだと誓うわ。」

もうアムジャドと一緒にいる世界しか、私は考えられない。

医師として働くのは、諦めたっていいの。

アムジャドが……アムジャドが側にいれば……

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