第20話 釣り合わない②
「えっ!?」
ジャミレトさんは、顔が引きつっていた。
「そして僕は、このチナを正妻に迎えます。」
「そんな!」
ジャミレトさんのお父さんとお母さんは、肩を寄せ合い、嘆いている。
「アムジャド皇太子は、いままで誠意を尽くしてきたジャミレトを、捨てるおつもりですか。」
「婚約破棄の事は、大変申し訳ないと思っています。だが僕は、自分の気持ちに嘘はつけない。」
はっきりと言ってくれたアムジャドの顔を、しっかり見た。
そうよ。
一人の男性に正妻は、一人しか迎えられない。
私がアムジャドと結婚するって事は、ジャミレトさんに退いてもらうしかないのだ。
「待て、アムジャド。」
アムジャドとジャミレトさんの間に、アムジャドのお父さんが入った。
「ジャミレトとの婚約破棄は、私が許さない。」
「父王!」
「おまえの気持ちも分かる。それ故、妾妃に迎えてもいいと言っているだろう。だがモルテザー王国の者以外が、王妃につくのは無理だ。」
涙が流れた。
やっぱり日本人の私では、アムジャドと結婚できないの?
「父王。僕は、チナしか欲しくありません。僕が永遠を誓う相手は、チナなんです。ジャミレトではない。」
「ジャミレトは、私が決めた花嫁だ。ジャミレト以外の女と、結婚するのは、絶対に許さん。」
「どうして、そんなにモルテザー王国の者に拘るのですか?血筋ですか?モルテザー王国の者以外の血が、王室に流れるのが、そんなに嫌なんですか?」
「ああ、そうだ。」
「ならば愚かな考えだ。僕はチナを愛している。その人の血を愛おしいとも思っている。日本人の血が王室に混ざるのは、愛故の事だ。」
「おまえは何か勘違いしている。王室を存続させる為に、愛など必要ない。必要な事は、血筋だ。」
「ならば私がジャミレトと結婚して、妾妃にチナを迎えるとしましょう。おそらくジャミレトに子は生まれない。産まれるのは、チナとの間の子供だけでしょう。」
「ああ……」
ジャミレトさんのお母さんは、床に膝間づいてしまった。
「お母さん。」
ジャミレトさんは、お母さんの側に
「なんてこと……ジャミレトを未来の王妃として、国王の母として、幼い頃から厳しく育ててきたと言うのに……これではジャミレトが可哀相だわ。」
「全くだ。なぜその日本人ではないといけないのか。」
「愛しているからです。それ以外に理由などない。」
アムジャドのきっぱりとした発言で、私の涙も不安も吹き飛んだ。
「アムジャトのお父さん。」
「何だ。」
「私、本当にアムジャドの事を愛しています。生涯アムジャドだけだと誓えます。どうか、私達の結婚を許して頂けないでしょうか。」
「チナ……」
私とアムジャドは、手を握り体を寄せ合った。
「父王。この通りです。チナと結婚できないのならば、私は皇太子の地位を降ります。」
「なに!?後は誰が継ぐのだ。」
「弟達の誰かが継げばいいでしょう。僕はチナの事を、最優先に考える。」
「そこまで……」
アムジャドのお父さんは、椅子の上で倒れそうになった。
「王よ。大丈夫ですか?」
ジャミレトさんが、王を支えた。
「ああ、ジャミレト。こんな事になってしまった事を許してくれ。全ては私の責任だ。」
「何を仰いますか。王は何も悪くはありません。」
するとジャミレトさんは、私をきつい目で見た。
「悪いのは、アムジャド皇太子をそそのかした、あの女です。」
そう言って指を指された。
「アムジャド皇太子は、あの女にそそのかされているのです。」
「そんな!」
私は初めて、ジャミレトさんに反抗した。
「私はアムジャドをそそのかしてなんかいないわ。真剣に愛し合っているだけよ!」
「そう思わせているのが、そそのかしていると言うのよ!」
ジャミレトさんは、鋭い目で私を射抜いた。
「アムジャド皇太子を、元に戻して!モルテザー王国に必要な方よ!あなたが奪っていい権利なんて、何一つない!」
私の目から、涙が溢れた。
「ただアムジャドを愛しただけなのに、どうしてそんな事を言われなきゃいけないの?」
するとアムジャドが、ジャミレトさんの目の前に立った。
「可哀相な人だ。」
「えっ?何ですって?」
「君は愛を知らない。だから可哀相だと言ったのだ。」
ジャミレトさんの目に涙が光った。
「愛を知らないなんて……私はあなたを愛しています。あなただけが、私の光です。希望なんです。それを否定するなんて。」
「すまない。でも僕が愛しているのは、チナだけなんだ。他の人は愛せない。分かってほしい。」
ジャミレトさんも私も泣いている。
「ええい!もういいわい!」
アムジャドのお父さんが、両手を広げて私達を引き裂いた。
「とにかく、アムジャドの正妻はジャミレトだ。いいな、アムジャド。」
「父王!」
「これは国王命令だ。」
私の口から嗚咽がもれた。
「チナ。」
倒れ掛かる私を、アムジャドが支えてくれた。
「チナ。泣かないでくれ。きっと父王に認めてもらうから。」
アムジャドの優しさが私を包む。
「アムジャド……」
私がアムジャドの腕を掴んだ時だった。
「国王。一つ提案があります。」
「どうした?ジャミレト。」
ジャミレトさんは立ち上がると、私の前に来た。
「このまま国王の命令でアムジャド皇太子の正妻になったとしても、愛を捧げて頂くのは無理でしょう。そこで私とチナさんで、競い合うと言うのは如何でしょう。」
「競い合う?何を?」
「もちろん、どちらがアムジャド皇太子の正妻に相応しいかです。」
周りからは”おおー”と言う声が上がった。
「いいのか?ジャミレト。」
「ええ。私だって、アムジャド皇太子の愛が欲しい。愛されて正妻になりたい。」
そしてジャミレトさんは、スッと私を指差した。
「チナ!これから3か月の間、どちらが正妻として選んで貰えるのか、勝負よ!」
「ジャミレトさん……」
「分かった、分かった。」
国王もその勝負に乗り気だ。
「ここは平等に、どちらをアムジャドが選ぶかで決めよう。」
「待って下さい。」
私は真っすぐ腕を上げた。
「私はあと2週間で、国に帰らなければなりません。勝負なんてできません。」
「それでもいいじゃない!」
ジャミレトさんは、大きな声を張り上げた。
「愛し合っているんでしょう?本当の愛なら、遠距離恋愛だって、乗り越えられるはずだわ!」
私は、ぐっとこらえた。
正にその通りだ。
離れていても、愛し合うのが本当の愛だ。
「僕もそう思う。」
「アムジャド?」
アムジャドは、私の肩を掴んだ。
「僕達は大丈夫だ。日本とモルテザー王国で離れていても、心はいつも側にいる。」
「うん。」
「僕はチナを裏切ったりしない。だから、チナも僕を裏切らないで。」
「分かった。」
見つめ合う瞳に、私が映る。
私の瞳にも、アムジャドは映っているのだろうか。
そして私は、もう一つアムジャドのお父さんに、許しを乞う必要がある。
「国王。」
敢えてそう呼んだ。
「まだ何か言いたい事があるのか?」
「はい。」
私は国王の前に立った。
「国王に許して頂きたい事があるのです。」
「何だね。」
「私はまだ、学生の身です。一人で医療を提供できない。でも医者になって、またこの地へ戻って来ます。その時は……」
「その時は?」
「私をモルテザー王国のお抱え医師として、認めて頂きますか?」
私は真剣に、国王を見つめた。
国王も真剣な顔で、見つめ返してくる。
「それは、有難い申し出だ。」
「それでは?」
「いや、だがお抱え医師として認めるには、実績を見たい。Dr,ドイもお抱え医師になるのに、何年もかかった。」
私はゴクンと息を飲んだ。
「お抱え医師になるのは、アムジャドと結婚する事とはまた別だ。日本で頑張って、立派な医師になって来なさい。モルテザー王国は、立派な医師を歓迎する。」
国王は私に、手を差し伸べてくれた。
「国王……」
私はその手を両手で握り返した。
そして私は、モルテザー王国を発って、日本に帰国した。
立派な医師になって、再びモルテザー王国に行くと信じて。
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