第21話 一人の医師として①

そして2年の歳月が過ぎ、私はモルテザー王国に帰って来た。

あの時と同じように、飛行機とバスを乗り継いで、モルテザー王国に着いた。

そしてあの時と違う事は、アムジャドが迎えに来てくれた事だ。


「お帰り、チナ。」

「ただいま、アムジャド。」

私は日本から持ってきた機材を置いて、アムジャドに抱き着いた。

「ああ、アムジャドの匂いがする。」

「チナが気に入ったと言うから、香を変えなかった。」

アムジャドの匂いに包まれ、私は幸せだった。

「また、こんなところでイチャイチャしてる。」

そう、それに津田先生も、私と一緒について来た。

「早く土井先生の元へ行こう。先生も待ってるだろう。」

「はい。」

私は津田先生と一緒に、またバスに乗り込もうとした。


「チナ。」

アムジャドが手を握ってくれる。

「心配しないで、アムジャド。夕方には戻るわ。」

「分かった。」

そして私は土井先生のいるサハルに向かった。

「皆さんが来るようになってから、首都ジアーからサハルへバスが増えたんです。そのおかげで、買い物も楽になりました。」

「よかった。」

交通の便がよくなったのは、いい事だ。

何かあったら、ジアーのお医者様と連携できる。

そして私は、アムジャドのいる宮殿と土井先生がいるサハルを往復できる。

サハルへの道のりは、新たな道を切り開く、希望の道でもあった。


現地に着いたのは、お昼過ぎ。

ここでも土井先生と通訳のアリさんが、迎えてくれた。

「久しぶりだな、二人共。」

「お久しぶりです。」

津田先生と私は、土井先生と握手をした。

「津田先生はいづれ戻ってくるだろうと思っていたが、千奈も戻ってくるとはな。」

「はい。医師免許取って戻ってきました。」

「また大きくなったな、千奈。」

土井先生にそう言われると嬉しい。

「早速、患者の治療にあたろう。」

「はい。」


診療所に行くと、建物が新しく変わっていた。

「綺麗。あっ!ベッド数も増えている。」

「アムジャド皇太子が、整備してくれたのだよ。」

アムジャドの優しい気持ちが伝わってくる。

「荷物はそこに置いて。今日も患者は多い。」

「はい。」

津田先生と私は、手分けして患者の診療に当たった。

「喉見せて、あーん。うん。風邪だね。」

そしてカルテを見た。

この男の子、何度も風邪で来ている。

「まだ、治らないんですか?」

通訳のアリさんを通じて、お母さんに聞いてみた。

お母さんは、首を横に振った。

「他の病気かもしれませんね。レントゲンを撮りましょう。」

そう言ってハッとした。

ここには、レントゲンもないのだ。


「どうした?」

土井先生が話しかけてきた。

「この男の子、2週間も風邪が治らないんです。」

「レントゲンを撮りたいのか?」

「できれば。」

「首都ジアーに連れて行け。あそこの病院では、レントゲンを撮れる。」

「はい。」

急いでバスの運転手に時間を聞くと、バスが出るのは夕方だそうだ。

前は昼間に1回しかバスが出なかったのに、今は朝、昼、夕方と3便あるからこれでもマシだと言われた。

「仕方ない。ベッドで休ませるしかない。」

土井先生は、男の子にベッドで寝るように伝えた。


「他に方法はないんですか?」

「ない。その子は抗生物質も投与した。それでも治らないと言う事は、千奈の言う通り他の病気があるかもしれない。だがここにはレントゲンがない。直ぐに病状を特定する事はできない。」

「待つしかないんですか?」

「ああ、そうだ。」

私が茫然と男の子を見ていると、土井先生が体に当たって来た。

「なんだ、邪魔だ。」

「すみません。」

「一人の患者に構っている暇はないぞ。患者は次から次へと来るのだからな。」

私はゴクンと息を飲んだ。

「次の患者さん。どうぞ。」

見た目何でもないおばあさんだった。

「どうされました?」

通訳のアリさんが聞くと、頭が痛いと言っていた。

「最初に血圧測りますね。」

最初に来た時は、血圧を測ってばかりだった。

あの頃が懐かしい。


「えっ……」

血圧が高い。

「熱はありますか?吐き気は?」

すると少し気持ち悪いと言っていると言う。

「吐き気が気になりますね。CTで頭の画像を……」

またハッとした。

ここは機器がそろっていないんだった。

「今度はどうした?」

土井先生からまた声がかけられた。

「この女性、高血圧と吐き気があるんです。頭部CTを撮りたいんですけど……」

そう言っても、ここでは撮れない。

「……またバスでジアー行きですよね。」

すると土井先生は、おばあちゃんに話しかけた。

「意識障害もない。瞳の充血もない。ただの高血圧症だろう。」

「でも……」

「大丈夫だ。その女性は、万年高血圧だからな。」

「えっ……」

おばあちゃんを見ると、ニコニコしている。


「じゃあ、血圧の薬だけでいいんですか?」

「ああ。毎月受け取りに来ている。渡せ。」

「はい。」

奥から乱雑になっている薬の棚から、血圧の薬を探した。

「あった。」

30日分、袋に入れておばあちゃんに手渡した。

「お大事ね、おばあちゃん。」

そしておばあちゃんは、ニコニコしながら帰って行った。

「……一つの症状に囚われていたんじゃ、ここではダメなんですね。」

「ああ。何せ機器がないからな。もっと問診しておくべきだったな。」

土井先生は、患者さんからいろんな話を聞く。

私もあんなふうになりたい。

「はい。」

私は次の患者さんへと向かった。

「薬はどうやって、買ってるんですか?」

「国王が海外から買い付けている。薬代はタダだ。」

「私達は、ボランティアですね。」

「そうだ。でも住む場所も食べる物にも困らない。全部モルテザー王国が支給してくれるからな。」


私と土井先生は、微笑み合った。

「じゃあ、気合入れて患者さんを治さないと。」

「そう言う事だ。」

それが私の望んだ道だ。

しばらくして陽が落ち、患者さん達はぞろぞろと家に帰って行った。

「今日も終わったか。」

私の元へは、あの風邪の男の子が残された。

その時だった。

バスの運転手から、ジアー行きの最終バスが出ると言付けがあった。

「乗ります。」

私は男の子を抱きかかえ、診療所を後にした。

「千奈ちゃん、アムジャドによろしく。」

津田先生に送られて、私達はバスでサハルを出た。

初めて来た時よりも、道は整備されていて、身体が揺れる事は少なかった。


そして1時間後、バスは首都ジアーに着いた。

「アリさん、大きな病院分かる?」

「分かるよ。こっち。」

アリさんに連れて行ってもらった場所は、中心部にある大きな病院だった。

「すみません。」

声を掛けると、奧からお医者さんが出てきた。

「私、森川と言います。」

「ああ、Dr,ドイのいる場所で働いている女医さんね。子供が来るって連絡あった。こちらね。」

あの男の子を抱えて、奧の部屋へと歩いて行った。

「ここがレントゲン。好きなように使っていいよ。」

「ありがとうございます。」

私は男の子をレントゲンの前に立たせて、写真を撮った。

「現像するのは明日ね。」

「じゃあ、明日の朝またここに来ます。」

「男の子は任せて。ベッドは空いているから。」

「はい。」


そして私はアリさんと一緒に、病院を出た。

「王宮まで送るよ。Dr,ツダに頼まれた。」

「津田先生に?アリさんは、どこに泊るの?」

「家がジアーだからね。家で寝るよ。」

私達はその後、笑い話をしながら、王宮に入った。

「チナ!」

「アムジャド……」

「会いたかった。」

アムジャドが玄関まで迎えに来てくれていた。

「遅いじゃないか。心配した。」

「ごめんなさい。患者さんを診なければならなくて。」

するとアムジャドは、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。

「気が変わったかと思ったよ。」

「そんな訳ないじゃない。私はいつだって、アムジャドの側にいるわ。」

私はアムジャドを見つめた。


2年振り。アムジャドをこうして見つめるのは。

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