第22話 一人の医師として②
離れている時も、毎日電話をした。
時間を忘れる程、おしゃべりをした。
二人の絆は、薄れていないはず。
「アムジャド。」
「チナ。君の部屋はこっちだ。」
「えっ?私の部屋?」
アムジャドに手を引かれ、私は2階の手前の部屋に通された。
「うわー。豪華な部屋。」
「普段は王の妾妃が使う部屋だ。父王が使っていない部屋だと聞いて、特別に借りた。」
ベッドも大きい。家具も豪華。シャンデリアだって大きい。
「その昔、王に一番愛された妃の部屋だったと言う。チナに一番似合いの場所だ。」
私はアムジャドに抱き着いた。
「ありがとう、アムジャド。こんないい部屋を用意してくれて。」
「ああ。そして僕がこれから毎日通う部屋だ。」
なんだか照れる。
二人の部屋みたいで。
そして部屋に入ろうとした時だ。
「やっと着いたか、チナ。」
振り返ると、国王がいた。
「こんばんは。お久しぶりです。」
「ああ。」
ふと見ると、その後ろにジャミレトさんがいた。
「ジャミレト?なぜここに。」
アムジャドも驚いている。
「私も今日から、ここに住む事になったんです。」
「なに?」
アムジャドは国王の方を向いた。
「私が許した。チナだけここに住んだら、フェアな勝負にならんだろう。」
「しかし……」
「しかしではない。アムジャド、おまえはジャミレトとチナを一日ずつ交代で会うのだ。」
「父王!」
「これは勝負だ。おまえもフェアで行け。」
そして国王は去って行った。
後に残されたのは、3人だけ。
「今夜のところは、チナに譲ってあげる。でもアムジャド皇太子、明日の晩は私のところですよ。」
そしてジャミレトさんは、隣の部屋へ消えて行った。
「すまない、チナ。こんな事になってしまって。」
「ううん。気にしないで。お父さんの言う通りよ。私のところばかり来ていたら、フェアな勝負にならないわ。」
「チナ……」
アムジャドは私を抱き寄せてくれた。
この瞬間が好き。
アムジャドに包まれている気がするから。
「さあ、行きましょう。私達の部屋へ。」
「ああ。」
部屋へ入ると、アムジャドが私を抱きかかえてくれた。
「アムジャド?」
するとアムジャドは真っすぐベッドへ行き、私を降ろした。
服を脱ぎ、いつもの引き締まった身体が見える。
「拒まないでくれ。もう君を抱きたくて、我慢できないんだ。」
「うん。」
いつもはアムジャドに服を脱がせてもらうけれど、今日は自分で服を脱いだ。
「ああ、いつ見ても綺麗だ。」
「アムジャドも、とても素敵よ。」
私達はキスを交わすと、体を重ね合わせた。
「チナ……チナ……」
「アムジャド!」
抱きしめた身体から、温もりが伝わる。
「チナ。僕はチナに誓うよ。決してジャミレトには、手を出さない。」
「アムジャド……」
「チナも他の男に、体を許さないでくれ。僕だけだと誓ってくれ。」
「ええ、誓うわ。あなただけよ、アムジャド。」
初めて一緒に住む夜。
私達はお互いだけだと、誓いあった。
「ああ、チナ。愛している。」
「私もよ。私も愛している。アムジャド。」
この空間の中で、お互いの吐息だけが聞こえる。
いつの間にか、アムジャドの肌が私と溶け合って、一つになっている気がした。
この日の夜は、忘れられないモノになった。
いつの間にかウトウトして、ふと気が付くとアムジャドの胸の中で眠っていた。
アムジャドの顔って、鼻筋が通っていて、かっこいい。
アムジャドには弟さん達がいるって言ってたけれど、みんなカッコいいのかしら。
「ん?」
目を覚ましたアムジャドは、私をぎゅうっと抱きしめてくれた。
「眠れないの?チナ。」
「ううん。目が覚めただけ。」
私はアムジャドの身体に手を伸ばした。
「チナ?」
「明日はジャミレトさんのところなのね。」
するとアムジャドは、私の手を握ってくれた。
「明日もチナの元へ来るよ。」
「どうやって?」
「ジャミレトが寝静まった後に、こっそり抜け出してくる。」
なぜか少年のような表情をしたアムジャドが愛おしかった。
そして次の日の朝。
私はバスに乗る前に、昨日の夜ジアーに連れて来た男の子を尋ねた。
「おはようございます。昨日、連れて来た男の子なんですが……」
「あっ、女医さん。」
その医者は、昨日の夜私達を迎えてくれた人だったのだけれど、何か困っている様子だった。
「もしかして、何かあったんですか?」
慌てて男の子のいる病室へ行くと、そこには冷たく横たわる男の子がいた。
「どうして……」
力が抜けて、床に座ってしまった。
そこに通訳のアリさんが、駆けつけてくれた。
「ああ……」
アリさんも冷たくなった男の子を見て、声を上げた。
「昨日の夜、急変してそのまま亡くなったって。」
「死因は?」
「肺炎だって言っている。」
「どうして私を呼んでくれなかったの!?」
「チナ……呼びに行こうとしたけれど、間に合わなかったって。」
「そんな……」
私は男の子の亡骸の側で、泣いてしまった。
どうして。どうして昨晩、この男の子に付いてあげなかったのだろう。
後悔ばかりが身体を駆け巡る。
「チナ。バスの時間だ。男の子を乗せて、母親の元へ返そう。」
「うん。」
病院から毛布を借りて、男の子をくるみ、バスへ乗せた。
本当だったら、生きてこのバスに乗るはずだった。
バスの乗っている1時間は、気が遠く、ずっと同じ景色が続く道に、鬱陶しさまで感じた。
やがてバスがサハルに着き、私は男の子を連れて、バスを降りた。
「おはよう、千奈ちゃん。」
津田先生が、男の子を私から掬い取った。
「あれ?」
その男の子を見た津田先生は、悲しい顔をした。
先生は分かったのだ。
男の子の命が尽きた事を。
「……津田先生、男の子の母親は?」
「ああ、あそこにいるよ。」
母親は、朝一番で男の子を迎えに来たと言う。
津田先生は母親の腕に、男の子をそっと降ろした。
「お子さん、昨日の夜更けに亡くなりました。残念です。」
通訳のアリさんを介して伝えたら、母親は男の子の亡骸にすがって泣きじゃくった。
そう言えば、男の子の名前も聞いていなかった。
「お母さん、この子の名前は?」
「アムジャド……」
「えっ?」
「アムジャド皇太子と同じ名前を付けたんだって。」
アリさんが、教えてくれた。
また涙が出てきた。
アムジャド君のご両親は、どんな思いでこの子に”アムジャド”の名前を付けたのか。
きっとアムジャドのように、立派な人になって欲しいと思っていただろうに。
私はアムジャド君から離れ、診療所に向かった。
診療所には、いつもと同じように、土井先生が診療にあたっていた。
「……昨日の男の子、ダメだったそうだな。」
「はい。」
涙を拭いている私に、土井先生は冷たい一言を言い放った。
「死んだ人間をいつまでも悲しんでいる暇はない。患者は腐る程いるんだ。」
その言葉に、私は憤りを感じた。
「モノみたいに言わないでください。アムジャド君の輝かしい人生が終わってしまったんですよ?」
「その輝かしい人生って、何だ?」
「それは……自分の夢を叶えて、家族を持って、子供も生まれて……」
「そんな人生、ここにいる皆に、待っている。」
周りにいる子供達が、私を見た。
「だって、肺炎だなんて……日本だったら、薬を投与して安静にしていれば、助かるじゃないですか。」
「ここは日本じゃないと、前も言ったはずだ。肺炎で死ぬ子供なんてうじゃうじゃいる。いちいち悲しんでいては、自分ももたないぞ。」
涙が溢れて止まらなかった。
その時、周りの子供達の一人が、私の手を握ってくれた。
「お姉ちゃん、泣かないでって言ってる。」
アリさんが、私の肩を掴んでくれた。
「チナ。患者はおまえを待っているんだ。一人の医者として。悲しんでいる暇があったら、一人でも多くの患者を診ろ。今度はその命を救えるようにな。」
「はい。」
私は涙を拭いて、子供達の前に膝を着いた。
「さて、どこが悪いのか、お姉ちゃんに教えて。」
すると一人の女の子が、胸を指した。
「時々胸がぎゅっとなって、息ができなくなるの。」
私は、大きく息を吸って、その女の子を見た。
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