第23話 村の子供達①

「胸が痛いの?」

「うん。」

「右左、どちら側かな。」

「左側。」

「他にドキドキしたり、息が切れたりする?」

「うん。」

「ちょっと胸の音を聞かせてね。」

私は聴診器を女の子の胸に当てた。

すると、心臓の辺りから雑音が聞こえた。


「これは……」

「その子は心臓弁膜症だ。」

振り返ると、土井先生がいた。

「だったら、ジアーに行って検査と手術を。」

「何を馬鹿な。」

土井先生は、次の患者さんを診る為に、診療所の中に入った。

「土井先生!」

私は先生の後を追いかけた。

「検査と手術を受けるのは、馬鹿な事なんですか?」

「ああ馬鹿だな。それだけでいくら金がかかると思う。」

私にとっては、衝撃的な言葉だった。

「……お金が無くて、検査も手術も受けられないって事ですか。」

「ああ、そうだ。」


私は診療所の外に立っている女の子を見た。

ぼーっとしながら、私を見ている。

あの男の子といい、この女の子といい、ここでは現状が過酷過ぎる。

「でも、ここでは当たり前。救える命を救うって事ですよね。」

「おっ、千奈も少しは、分かるようになってきたか。」

私は、頬をピシャッと叩いて、次の患者さんを診た。

内科的治療を受けれる人は、ここでは幸せ。

外科的治療を受けなければならない人は、お金があればまだ不幸じゃない。


希望を持つ事だ。

救える命を救う。

ここでは、それが第一優先。


「顔つきが変わったな。」

土井先生は、患者さんを診ながらそう言った。

「私ですか?」

「他に誰がいる?」

私はふと津田先生を見た。

津田先生は、とっくの昔に顔つきが変わっていた。


「津田先生は、もう悟ったって事ですね。」

「ああ、そうだ。1度で分かる者もいれば、2度3度経験しないと分からない者もいる。」

でもそれって?

諦めが早くなれって事?

「土井先生、私。それでもまだ、諦めたくありません。」

「そうか。」

土井先生は、私がそう言うのを、知っていたのだろうか。

「例えお金に苦労して、検査や手術を受けられないとしても、最後の最後まで希望は捨てたりしません。」

それが私の答えだ。

「おまえの考える事は分かってる。アムジャド皇太子を使うんだろう?」

私はドキッとした。

「だがな。一人に金を使えば、他の人にも金を使わなければならなくなる。それが国家財政を破綻させなければいいけどな。」

アムジャドには頼ってはいけない。

土井先生に、釘を刺された気分だった。


「よし。次の患者だ。」

土井先生は、テンポよく次々と患者を診ていく。

見習わないと。

「次の患者さん、お願いします。」

一人でも多くの患者さんを診る。

それが、今の私の目標だ。


夕方、ジアー行きのバスに乗った。

「ああ、疲れた。」

はりきって患者さんを診たせいかな。

いつもより、疲れがどっと湧いてきた。

王宮までの1時間、私は寝て過ごした。


『チナ、愛している。』

『アムジャド、私もよ。』

そして唇が……

「チナさん、チナさん!」

ハッと目を覚ますと、私はアリさんにしがみついていた。

「彼氏と間違えている。」

「ご、ごめんなさい!」

私は慌てて、アリさんから離れた。

やだ、私。

欲求不満!?


「早くアムジャド皇太子のところへ戻ればいい。」

「そうね。そうするわ。」

私はバスを降りると、急いで王宮に帰った。

「お帰りなさいませ。」

「ただいまです。」

執事みたいな人に、2階の自分の部屋に通された。

「アムジャドは?」

「本日は、ジャミレト様の元へ。」

「そう。」

「失礼致します。」

執事みたいな人は、早々に部屋から出て行った。


「あーあ。昼間の事で、相談したかったのに。」

私はベッドに身体を投げ出した。

「お風呂入ろう。」

起き上がると部屋を出た。

すると隣のジャミレトさんの部屋から、光が漏れていた。

「アムジャド様を悦ばせたいわ。」

「止めてくれないか。触らないでくれ。」

「あら、可愛らしい事。」

私は背中を向けると、急いで階段を降りた。


夜会うって事は、そういう事もあるって思わなきゃダメな訳で。

私以外の女とも、そう言う事があるって、覚悟しなきゃいけないんだよね。

「はぁ……」

地下への廊下に降りて、お風呂に入ると、誰もいなかった。

「あー!お風呂気持ちいい!」

大の字になって、湯船に浸かると、まるで日本にいる気分だった。

「今頃、アムジャドはジャミレトさんと、宜しくやってるのかな。」

ジャミレトさん、よく見ると色気があって、女性らしかった。

いくらアムジャドでも、ジャミレトさんに言い寄られれば、その気になっちゃうよね。


「今日は一人か。」

今まではアムジャドと寝ていたから、一人で寝るのは寂しい。

でも、交代でアムジャドと会わなきゃいけないから、それは仕方ない。

そんな時だった。

一人の女中が、スーッと私の元に近づいてきた。

「チナ様。早くお上がり下さい。皇太子がお呼びでございます。」

「アムジャドが?」

不思議に思って、お風呂から出て、部屋に戻った。

そこには、アムジャドの姿があった。

「アムジャド!」

「シッ!」

アムジャドは、口に手を当てた。

「ジャミレトに、内緒で出て来た事がバレる。」

「ああ……」

ジャミレトさんに内緒で来た?

いけない事をしているようで、胸がドキドキする。

「どうしてここに?」

「夜忍び込むって、約束していただろう。」

私達は見つめ合うと、キスを交わした。

「嬉しい。」

「僕も嬉しいよ。一日だって、君と会わずにはいられないんだ。」


私の愛おしい人。

アムジャドを、ぎゅっと抱きしめた。


「そんな事をされたら、僕だって我慢できない。」

私の手に、アムジャドの手が重なる。

温かい。彼はいつも、私に温もりを与えてくれる。

「さあ、寝ようか。」

「それもそうね。」

腕を放した途端に、アムジャドに抱き抱えられた。

「アムジャド。」

「いいからいいから。」

アムジャドはベッドに、そっと私を置いた。

「今日も、君を抱かずにはいられないって、分かっているんだろう?」

「ええ。分かっているわ。」

私達はキスを交わすと、熱い夜を過ごした。


翌朝。

気が付くと、アムジャドはいなくなっていた。

その代り、一枚の紙が置いてあった。

【愛しいチナ。目が覚めて僕がいなくても、悲しまないで。】

アムジャド。

一体、どこに行ったんだろう。

不安が募る。

胸が締め付けられるまま、部屋を出ると、執事の人が隣の部屋へ朝食を届けていた。


「皇太子。朝食をお持ちしました。」

「ご苦労。」

アムジャドはジャミレトさんの部屋にいる。

戻ったんだ。朝方に。

どこかほっとして、どこか寂しさが湧いて来る。

一人の男性を分け合うって、こういう事なんだ。

「はぁ……」

分かっているけれど、ため息が出る。


「おはようございます、チナ様。」

女中が後ろから話しかけてきた。

「チナ様も朝食になさいましょう。今日もバリバリお働きになりませ。」

ちょっと歳をとった女中だったけれど、その言葉に元気が出た。

「子供の為なら、私は働かないで、宮殿にいるべきと言うのでは?」

「とんでもない。子作りは夜すればいいんです。昼間は意欲的に活動されるのがいいんです。」

なかなかはっきりした物言いに、なんだか親近感が湧いた。

「どこで日本語を?」

「アムジャド皇太子に、教わりました。」

「ええ?アムジャドが?」

皇太子が女中に日本語を教えるなんて、ちょっとおもしろい。

「以前は、アムジャド皇太子の母君、王妃様に仕えておりました。もう引退しようと思っていたのですが、アムジャド皇太子からあなたが女医だと聞かされて、お仕えしようと思ったのです。」

「私が女医だから?」

「ええ。宮殿で一日中暇をしているような妃は、あまり好きではありません。あなたのように活動的な方ではないと。」

「ありがとう。」

取り合えず、私の仕事を認めてくれたのね。

そこは感謝しなきゃ。

「それでは朝食を。その後にお着換えをなさいませ。」

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