第24話 村の子供達②

その物言いに、思わず微笑んでしまった。

「なんだか、お母さんみたい。」

それを聞いた女中も、一緒に微笑んだ。

「思えばチナ様は、身寄りのない国に一人でいらっしゃったんですからね。私はサヘルと申します。アラブの母だと思って、頼りになさいませ。」

「ありがとう。宜しくね、サヘル。」

そして私は朝食を摂り、白衣に着替えて、バスに乗った。

今日も、患者さんが来る。

救える命を救う。それだけ。


診療所に着いて、一番最初に目に入ったのは、あの心臓が悪い女の子だ。

「ねえ、お姉ちゃん。胸が痛いの。」

私の服の裾を引き寄せる女の子に、なんて言ったらいいか分からない。

「……お薬飲んでる?」

「うん。でも、最近飲んでも胸が痛いの。」

病気が進んでいるのかもしれない。

「もっと強い薬は……」

私が診療所の奥にある、薬の棚に行こうとすると、土井先生がそれを引き留めるように言った。

「もう薬はない。」

「えっ……」

私は持っていた他の薬を、棚に戻した。

「もう手術しか、方法はないのかもな。」

円らな瞳が、私を見ている。


「この女の子のご両親は、手術を受けなければならないこと、それにはお金が必要だと言う事を、知っているんですか?」

「知っている。2、3度話した。でももう一度話さなければならないかもな。」

「もう一度同じ事を言うんですか?」

私は土井先生の前に立った。

「いや、もう命が短い事を伝えなければ。」

「諦めなきゃ、いけないんですか?」

「両親は、お金がないと言っている。仕方ない。」


私は、手をぎゅっと握り締めた。

「その説明、待って貰えませんか?」

「どうする気だ。」

「アムジャドに、相談したいです。」

「止めとけ。」

土井先生は、淡々と患者さん達を診ていく。

「前にも言ったはずだ。一人助ければ、他の皆も手を挙げる。モルテザー王国は裕福な国ではない。皆の手術費を賄えば、財政的に困る事になる。」

先生が言うのは、いつも正論だ。

「でも、何もないところで、あなたの娘さんは死ぬのを待つだけですと答えるよりも、今の現状を見せてあげれば、ご両親も納得するのでは?」

「検査をさせろと言うのか。」

「はい。」

「受けさせたところで、結果は同じだ。ならば余計なお金をかけずにいた方がいい。」

「それが、ここの診療方針なんですか?」


私と土井先生は、睨み合った。

「ちょっと、どうした?二人共。」

慌てて津田先生が、私達の間に入った。

「土井先生、少しは千奈ちゃんの言ってる事、受け入れてもいいんじゃないですか?ここは子供の死亡率は高いけれど、自分の子供は違うと思うものですよ。検査を受ければ、納得して貰えるかもという意見は、決して間違っていませんよ。」

うん。津田先生、よく言ってくれた。

そうだよ。私の意見、何も間違っていない。

「千奈ちゃんも、何でもかんでもアムジャドに頼るのは、どうかと思うよ?」

私は膝がガクッとなった。

「お金で解決できない事だってあるんだ。未来の王妃になるんだったら、それくらい分からないと。」

「……はい。」

側で土井先生が笑っている。


そしてふと外を診ると、母親が女の子を迎えに来ていた。

どうせ言わなきゃいけないのなら、早く教えてあげた方がいいかな。

「土井先生、あの女の子の説明、私にさせて下さい。」

「ああ、いいよ。冷静にな。決して泣くんじゃないぞ。」

「はい。」

私はゆっくりと、女の子の母親に近づいた。

「こんにちは。私、ここで医者をしています、千奈って言います。」

母親は、私ににっこり微笑むと、アリさんを見つめた。

「娘さんの事で、少しお話があります。お時間いいですか?」

アリさんが説明すると、母親は頷いた。

「実は娘さんの病気、進んでる可能性があります。薬を飲んでも、胸の痛みが治まらないようです。」

母親は、一瞬驚いたけれど、何かをボソッと呟いた。


それはアリさんも、悲しい表情にさせた。

「分かっていますだって。」

胸がズキッとした。

誰よりも近くにいて、我が子を見てきたんだものね。

分からないはずがない。

「命が長くないのも、知っていますって。」

私は母親の手を握って、うんと頷いた。

その瞬間、母親の目には涙が溢れ、私の腕にすがって泣いていた。

女の子は何があったのか分からないまま、お母さんに話しかけている。

その様子が何とも悲しそうで、私は泣きすがる母親が治まるまで側にいる事しかできなかった。


「どうだ?上手く伝わったか?」

私は首を横に振った。

「お母さん、もう悟っていたようです。」

「そうか。母親と言うのは、そういう者なんだろうな。」

土井先生も津田先生も、患者さんを診る振りをして、手が止まっている。

「やるせないですね。」

「そうだな。」

土井先生が、患者さんの背中を押した。

「なんで……子供ばかり、犠牲になるんでしょうね。」

私はボソッと言って、ハッとした。

「すみません。同じ病気でもお年寄りと子供が、真っ先に犠牲になるって、知っています。そうそう。そうですよね。」

頭では分かっている。

でもそれが現実だと、思い知らされる。

「千奈。ここにいる子供達は、決して不幸ではないぞ。」

「土井先生……」

「私達がいる。診てもらえるDrがいるだけで、まだ幸せってもんだ。」

そうだ。私がいる。病気を教えてあげられる、私がいる。

何も原因が分からず、死んでいく子供達がいる中で、医師がいるここの子供達は、幸せなんだ。

私が、幸せにしなきゃ、ならないんだ。


そしてその日の夜。

アムジャドは私の部屋を訪れた。

「チナ、お疲れ様。」

「アムジャドもお疲れ様。」

私達がキスをすると、後ろから咳ばらいが聞こえて来た。

「まだお二人の時間では、ありませんよ。」

女中のサヘルが、やってきた。

「お二人、お風呂に入っては如何ですか?」

「えっ?お風呂?」

あんな広くて明るいお風呂に、二人きり?

「ちょ……ちょっと待って、サヘル。」

「遠慮はいりませんよ。お二人でごゆっくりおくつろぎください。」

サヘルに背中を押され、私とアムジャドはお風呂へと連れて行かれた。

機嫌良さそうに服を脱ぐアムジャドに対し、私は恥ずかしくて、服を脱げずにいた。

「どうした?テントの中でも一緒に、入ったではないか。」

「あれは!……暗かったし、そんなに広くなかったし。」

「はははっ!確かにここまで明るければ、体もあらわになるからな。」


なぜかアムジャドは、楽しそうだ。

「心配するな。チナの身体はもう、知り尽くしている。」

「えっ!」

増々顔が赤くなる。

「まるで茹でタコみたいだな。」

アムジャドは時々、なんで知ってるの?という日本語を使って来る。

「茹でタコなんて、見た事ないくせに。」

「あるよ。一度だけ。今のチナみたいに、真っ赤だった。」

私がアムジャドを叩くと、アムジャドは笑いながら、お風呂の中に入って行った。

私は一応手で隠せるだけ隠して、急いで湯船に入った。

アムジャドは悠長に、湯船に入ってきて、思いっきり顔を洗っていた。


「そう言えば、仕事の方はどう?」

ドキッとした。

いろいろ話したいけれど、土井先生はアムジャドに頼るなって言っている。

「その顔は何かあったね。」

「分かるの?」

「これでもチナの婚約者だよ。分からない訳ないでしょ。」

その優しさに、キュンとする。

「教えてよ。チナの仕事の事も知りたい。」

その言葉に、私は決心した。

「あのね。別に何かしてほしいって訳じゃないんだけど。」

「うん。」

「村人たちを診療していると、子供達が多いの。きっと弱い者が次々と病気にかかっていくのね。でも一番可哀相なのは、それで命を落としていく子供がいるって事。」

「そうか。」

「この前は、肺炎で命を落としたわ。今度は心臓病。二人共、首都に来て検査や手術が受けられれば、助かったかもしれない。」

「どうして、検査や手術が受けられないの?」


その時だった。

お風呂の外で、騒がしい音がした。

「ジャミレト様、落ち着いて下さいませ。」

「お放しなさい!」

私はアムジャドに寄り添った。

ジャミレトさんは、お風呂の中に入って来て、こう叫んだ。

「チナ!もう許さないわよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る