第19話 釣り合わない①

朝出発した一行は、お昼前には宮殿に着いた。

「さあ、チナ。私の部屋に案内するよ。」

「うん。」

馬から降ろされ、私は宮殿の庭を通った。

「綺麗な庭ね。」

「ああ。奥には日本庭園もある。午後から案内しよう。」

「ありがとう。」

宮殿の正面玄関が近づく度に、私は緊張の渦に巻き込まれて行く。

「緊張してきたか?」

「うん。なんだか心臓が口から飛び出そう。」

「それは、大変な緊張だ。」

するとアムジャドは、私を横から抱きしめてくれた。

「大丈夫だよ。僕が側にいる。」

「うん……」

ようやく正面玄関に辿り着いて、扉がゆっくりと開いた。

「アムジャド皇太子のお戻りです。」

開いた扉の先には、ずらりと使用人の人が並んでいた。

「お待ちしておりました。」

「ああ。」


イマードさんが、一歩前に出る。

「チナ様もお待ちしておりました。」

「ありがとう。」

それが本心なのか、疑ってしまう。

ううん。皆の手前、ただ言っているだけよ。


「まず部屋で一息つく。」

「かしこまりました。」

「行こう、チナ。」

私の腰に手を当て、アムジャドは奥の部屋に進む。

「チナ様もお連れするつもりですか?」

「何か問題でも?」

アムジャドとイマードさんは見つめ合った。

この張りつめた空気が、私の緊張をより大きくする。

「……いいえ。」

イマードさんが一歩退くと、アムジャドは私の手を引いて、歩き始めた。

「ねえ、アムジャド。まだイマードさんと仲直りしていないの?」

「そうじゃない。ただ距離を置いているだけだ。」


しばらく歩くと、大きな階段が見えて来た。

「この階段を昇った奥が、僕の部屋だ。」

「そうなんだ。」

私が階段を昇り始めた時だった。

「待ちなさい。」

後ろから、やけに低い声が聞こえてきた。

アムジャドの表情が曇る。

「アムジャド。戻って来たら、先に私に会うべきだな。」

私はアムジャドの顔を見た。

「……お父さん、日本語を話せるの?」

「ああ。Dr,ドイの影響でな。」

するとアムジャドは、お父さんのところへ行った。

「申し訳ありません。長いテント生活で、疲れていたもので。それに私の恋人を休ませようと。」

お父さんは、チラッと私の方を見た。

「こんにちは。」

私が頭を下げると、お父さんも”こんにちは”と言ってくれた。


「あなたがアムジャドが手折った、東洋の花か。綺麗な方だ。」

急に褒められて、顔が赤くなった。

アムジャドの甘いささやきは、お父さんに似たのかな。

「後で昼食会を開く。彼女も連れてくるといい。」

「分かりました。」

そう言い残して、お父さんは行ってしまった。

「先にお父さんと会いに行かなくてよかったの?」

「ああ、いいんだ。」

アムジャドはにっこりと笑って、私の手を繋ぐと、階段を昇り始めた。

私もそれに合わせて、昇り始める。

「僕の部屋からは、さっき通った庭も見えるよ。」

「綺麗な眺めでしょうね。」

アムジャドと話をしていると、緊張が取れてきた。

そう言えば、お父さんと会った時、緊張しなかったのは、なぜなんだろう。

ああ、そうだ。アムジャドと雰囲気が似ているからだわ。

あの柔らかくて、太陽のような雰囲気。

アムジャドはきっとお父さんに似たのね。


そんな事を思っていたら、大きな部屋の前に来た。

「ここが僕の部屋だよ。」

私が入ろうとすると、一人の女性が前に出た。

「お待ちください、皇太子。あなた様の寝所に入れるのは、正妻の方だけでございます。」

「チナは、将来正妻になる者だ。問題はない。」

「ただ……」

「何だ?」

「父王様の許可をまだ得ておりません。」

私は下を向いた。

ここでも私は、余所者扱いを受けるのか。

「分かった。」

アムジャドは私を連れて、今度は奥の部屋に向かった。

「どこへ行くの?アムジャド。」

「父王のところだ。」

「さっき、会ったじゃない。」

「今直ぐ、チナとの結婚を認めて頂く。」

「アムジャド!」

私は繋いだ手を放した。


「落ち着いて。私は大丈夫だから。」

アムジャドは、片手で私を抱き寄せた。

「ごめん。チナに寂しい思いをさせたくないんだ。」

「うん。解ってる。でも焦らずに、一つ一つ乗り越えていきましょう。」

するとアムジャドは、クスッと笑った。

「チナの方が年下なのに、僕の方が励まされている。」

「励ますのに、年齢なんて関係ないわよ。」

額にキスを落とされて幸せに浸っていると、側にいた女中の人達がキャーキャー言っていた。

「さすが、皇太子様の選んだお方。未来の王妃に相応しい方だわ。」

「ちょっと!」

「なあに?日本人だからダメだって言うの?私はいいなぁって思うわ。だって皇太子様、日本が好きだもの。」

私は嬉しくなって、その人達に近づいた。


「ありがとう。」

お礼を言うと彼女達の瞳はキラキラしていた。

「私、絶対王妃様付きの女中に立候補します。」

「やだ、私も!」

「私もよ!」

少なくてもここにいる人達には、私は受け入れられているようだ。

「あっ……」

「あらら……」

勝手に涙が溢れてきた。

「未来の王妃、泣かないで下さい。」

「ううん。泣いてしまう程嬉しいの。皆に歓迎されている事が。」

するとアムジャドが私の涙を拭ってくれた。

「皆、この者はチナと言うのだ。宜しく頼む。」

「チナ様!私達の方こそ、宜しくお願いします。」

みんな、初対面の私に頭を下げてくれる。

私は改めて、嬉しくなった。

「こちらこそ。」

私は何度も何度も頭を下げた。


日本人の私を、迎えてくれてありがとう。


そしてイマードさんが現れた。

「アムジャド皇太子、チナ様。昼食会のご準備が整いました。」

「分かった。」

心なしか、アムジャドも緊張しているように見えた。

「昼食会って、誰が来るの?」

「普段は父の友人とか、親戚とかが多いよ。でも今日は誰が来るのだろう。親戚も来ていないし。父の友人が訪ねて来ているとも知らされていない。」

アムジャドの難しい表情に、私も不安になる。

「まあいい。どんな相手が来たって、僕はチナとの結婚を父王に認めて貰う。」

「うん。」

そして私達は、イマードさんと共に、昼食会の会場へと足を運んだ。

「アムジャド皇太子は、この席へ。チナ様は隣にお座り下さい。」

「なぜチナは向かい側の席ではないのだ。」

「アムジャド皇太子の隣の席がよろしいかと思いまして。」


椅子を引かれ、私はその通りにアムジャドの隣の席へ。

「向かい側の席に座るのが、そんなに意味のある事なの?」

私はアムジャドに尋ねた。

「ああ。普段はパートナーが座る席だ。」

私の胸に不安が過る。

という事は、私はアムジャドのパートナーではないと言う事?

そしてアムジャドのお父さんが登場した。

「待たせたか。」

「いえ。我々も今、来たところです。」

そしてお父さんの後ろを見て、身体が凍り付いた。

ジャミレトさんが、家族らしき人を連れて、やって来たからだ。

「ジャミレト様、こちらへ。」

正に座った席は、アムジャドの向かい側の席。

「これは一体!?」

アムジャドは立ち上がった。


「何を驚いている。ジャミレトはおまえの婚約者だろ。」

お父さんの言葉に、唇を噛み締めるアムジャドがいた。

「アムジャド皇太子。どうかお座り下さい。」

ジャミレトさんのお父さんに促され、アムジャドは仕方なさそうに席へ座った。

「さあ、今日はアムジャドとジャミレトの結婚を決める会だ。」

お父さんが優雅に両手を広げる。

「それと併せて、東洋の花を妾妃に迎えるとは。我が息子ながらよくやった。」

えっ……妾妃?

やっぱり私達の結婚は、鼻から認められないの?

「待って下さい。」

アムジャドが、手を挙げた。

「この場を借りて、申し上げたい事があります。」

アムジャドは私を一緒に立ち上がらせた。

「僕はジャミレトとの婚約を破棄します。」

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