第18話 会ってくれないか②

「何を言うと思ったら。僕はチナ一人のモノだ。他に誰もいない。」

「でもいるわ。ジャミレトさんが。」

「ジャミレトは、周りが用意した婚約者だ。僕はチナと結婚する。ジャミレトには、他の男性と結婚してもらう。」

強く言ってくれたのに、まだ不安が消えない。

「あー!こんなんじゃダメ!」

私は水面を叩いた。

「急にどうした?」

「アムジャド。私にアラビア語を教えて。」

「ええ?」

「簡単な言葉だけでいいの。少しはアラビア語ができるんだと思ってくれれば、周囲の人だって私を認めてくれるかもしれないわ。」

はりきって言うと、アムジャドはクスクス笑っていた。

「いいよ。」

「やった。」

「本当にチナは、根性があるな。」

「へへへ。」

アムジャドに頭を撫でられた。


私、頑張る。

この寂しさを力に変えて、アムジャドの側にずっといられるように、努力する。

そんな意気込みも手伝ってか、私は簡単な挨拶程度なら、町の人々ともお話できるようになってきた。

そんな時間も2週間過ぎ、帰国まであと2週間と迫った。

「あと2週間か。」

私とアムジャドは、お互いの顔を見ながら、ため息をつかないようにしていた。

「大丈夫だ。毎日連絡する。」

「私も、時間が空いたら、連絡する。」

その言葉が、私達の日常会話になっていた。

「そうだ。チナがこの町に戻ってきたら、チナ専用の家を建てよう。」

「ええ!?」

「広い部屋に、お風呂もつけよう。護衛も置かないとな。」

「そんな大それた物、いらないわ。」

「じゃあチナは、あの診療所でずっと暮らすのかい?」

「それは……」


分からない。

私はどうしたらいいのか、分からない。

アムジャドと毎日会いたい。

でもアムジャドは、ずっとこの町にいる事はできない。


「アムジャド。アムジャドが住んでいる場所からここまで、どのくらいの時間で来る事ができるの?」

「……1時間ぐらいか。」

「じゃあ私、アムジャドの元から、ここに通うわ!」

「チナ……」

するとアムジャドは、はははっ!と笑い出した。

「僕としては、ここに僕達の家を建てて、僕が王宮に通うという計画だったんだが。チナにはまたやられたよ。」

「えっ……あれって、そういう意味だったの?」

そんな甘い計画を、台無しにしたみたいで、私は恥ずかしかった。

「って言うか、アムジャドの元から通うって、図々しい?」

「図々しいなんて、思っちゃいない。いづれ結婚したら、君の家になるのだから。」

「あ、うん。」

いや、なんか一人で先走ってしまった感がありありだ。

なんか、恥ずかしさ倍増。


その時だった。

「皇太子。イマード様がお見えです。」

「イマードが?ここへ。」

「はい。」

イマードさんって、あのイマードさん?


あの空港で会った以来だ。

「お久しぶりでございます。アムジャド皇太子。」

「ああ。」

するとイマードさんは、私をチラッと見た。

「……チナ様もお久しぶりでございます。」

「お久しぶりです。イマードさん。」


- 父王様からです。-

ー これは手切れ金ですか? -

- そう思って頂いて結構です。-


あの会話を思い出す。

イマードさんは、アムジャドを騙してまで、私を別れさせようとしていた。

今こうしてアムジャドの隣にいる私を、どういう気持ちで見ているのだろう。


「どうした?イマード。宮殿で何かあったか。」

「はい。父王様からのご伝言です。」

「父王から?」

アムジャドは、急に立ち上がった。

「もしかしてまた、倒れられたのか!」

「いえ、違います。」

「では、何だ!申せ!」

イマードさんは、私を見ながら嫌みそうに言った。

「皇太子が手折った東洋の花を、私も見てみたいと仰せです。」

私とアムジャドは、顔を見合わせた。

「それは……」

「皇太子が毎晩、チナ様を寝所に呼んでいるのは、父王様の知るところになっております。もはや隠しておくのは、無理かと存じます。」

「そうか。」


アムジャドのお父さんも、私の事を知っている。

知っていて、会いたいと言っている。


「アムジャド。」

私は立ち眩みがして、その場に座ってしまった。

「チナ。」

直ぐにアムジャドが、ベッドに運んでくれて助かったけれど、一人だったら、どうしたらいいか分からなかった。

「どうなさるんですか?皇太子。」

「父王の望みは、なるべく叶えてやりたい。それが皇太子である僕の仕事だ。だが、肝心のチナはこの通りだ。僕はチナの気持ちも、大切にしたい。」

「かしこまりました。父王様には、直ぐには無理だと申しておきます。」

「宜しく。」

「はい。」

イマードさんは、テントの中から出て行ってしまった。

「イマードさんは今、アムジャドの側にいないのね。」

「僕がこの町に来ている間、宮殿の事を任せているんだ。」


イマードさんは、私をこのモルテザー王国に連れて来たくはなかったはずだ。

それは、私がアムジャドの奥さんになっては、困るから。

「イマードさんは、私達を引き裂いたわ。」

「分かっている。帰国後しばらくは、イマードと話す事はしなかった。」

あんな仲の良かった二人が、口も利かなったなんて。

胸が痛い。

「だがイマードは、私の肩腕なんだ。そこは分かってほしい。」

「うん。」

そして何を血迷ったのか、アムジャドの腕を握った。

「ねえ、イマードさんと私、どっちが大切?」

「チナ……」

「解ってる!イマードさんだって事ぐらい!でも、イマードさんがどうしても私と結婚するのは駄目だって言ったら、どうするの?」

アムジャドは、腕から私の手を取って、逆にその手を握ってくれた。


「その時は、何としてでもイマードを説得するよ。」

「アムジャド。」

「チナは全然わかっていない。僕には、チナしかいないんだって事が。」

私達は微笑み合って、キスをした。

私にも、アムジャドしかいない。

それはアムジャドも同じだってこと、いい加減に気づかないと。

「またアムジャドに、元気貰っちゃった。」

「いつでも言ってくれ。チナに元気を与えるのは、私の役割だ。」

「うん。」

私は体を起こすと、アムジャドの目の前に立った。

「私、アムジャドのお父さんに会うわ。」

「チナ。本当か?」

「うん。だってアムジャドのお父さんだもん。私がアムジャドと結婚するのは、どうしても会わなきゃならない人でしょ?それに、医師として働く事も、認めて貰わなきゃ。」

「その通りだ。」

私とアムジャドは、両手を合わせた。


「さすがだ。」

「えっ?」

「チナは、どんどん強くなっていく。魅力的な女性になっていってるよ。」

「ええ?」

魅力的な女性だなんて、日本の男性は言ってくれないだろうなぁ。

ははは。逆に照れちゃう。

「益々、誰にも渡したくなくなる。」

アムジャドは、私の手の甲にキスを落とした。

「だとしたら、アムジャドの愛のおかげよ。」

「僕の?そうだとしたら、嬉しいな。」

改めて見ると、アムジャドはカッコいいと思う。

こんなカッコいい人に愛されているなんて、私は幸運だと思う。


「じゃあ、いつがいい?あっ、もう2週間しか時間がないんだっけ。」

「そうだな。のん気に考えている時間はない。明日はどうだ?」

「明日!?」

「善は急げというだろう。」

前も思ったけれど、アムジャドって何でそんな難しい言葉、知ってるんだろう。

「よし!明日、宮殿へ行こう。決まりだ。」

アムジャドは、心なしか嬉しそうだった。

そうだよね。自分の好きな人が、父親に会うんだもの。

結婚の第1歩って感じだわ。

「ああ、楽しみだ。きっとチナの事、父王も気に入って下さるはずだ。」

この期待に、何とか応えないとね。

その日の夜は、久しぶりに緊張で眠れなかった。


翌日、テントの中でアラブの服に着替えて、途中診療所に立ち寄った。

「なに?父親に会うだと?」

「ヘマするなよ!」

津田先生も土井先生も、励ましてくれているのか、全く解らないひとこと。

「行ってきます。」

「頑張れー!」

私は二人の声援を背に、モルテザー王国の宮殿に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る