第17話 会ってくれないか①
そしてあっという間に、2か月の時が過ぎた。
「2か月も経つと、この生活も慣れてきたな。」
津田先生は、ベッドの上で欠伸をした。
先生、最初の頃は床で寝ていたんだよね。
そして私が、アムジャドのテントで寝るようになって、ようやくベッドで寝る事ができた。
夕食も、アムジャドの計らいで、豪華な食事を運んでいるというし、このままこんな暮らしが続けば……
なーんて、夢物語か。
「ところでアムジャドは、まだ来ないのか?」
土井先生が、イライラしながら、アムジャドが来るのを待っている。
「そろそろだと思いますけど。」
私は土井先生が、なぜイライラしているのか、分からなかった。
「アムジャドに何か用があるんですか?」
「ああ?おまえさんとの事だ。」
「私の事ですか?」
「ああ。」
増々分からなくなった私を他所に、アムジャドは診療所に顔を出した。
「チナ。」
「アムジャド。」
そしていつものように、アムジャドに抱き着こうとした時だ。
先に土井先生が、私達の間に入った。
「皇太子。少しお話させてください。」
「ああ、いいよ。Dr,ドイ。」
すると二人は、診療所の外へ。
何気に動いている振りをして、入り口に陣取った。
「皇太子。お話をしたいのは、千奈の事です。」
「チナの事?何があった?」
アムジャドの表情が、直ぐに固くなった。
「何かあったではありません。皇太子は、チナをどうするおつもりですか?」
アムジャドが黙った。
「ただの遊びですか?」
「遊びではない。本気だ。」
アムジャド、はっきり言ってくれた。
「ならば、このまま千奈を、モルテザー王国に?」
「そうしたい。だが、チナがそれを望んでいない。」
「えっ?」
土井先生が、こっちを見た。
慌てて、壁の裏に隠れて、土井先生から見えないようにした。
「医師になってから、またモルテザー王国に来ると言ってくれた。」
「なんでそんな事を……」
土井先生が、泣いている。
「それじゃあ、また皇太子とチナは、離れ離れになるではないか。」
私達の為に、土井先生は泣いてくれているんだ。
胸がジーンと温かくなる。
「大丈夫です、Dr,ドイ。今の私達は前と違います。どんなに離れていても、心は一緒です。」
「それならいいが。」
「それに、王妃になる女性には、自立した方が必要です。チナはそれに相応しい。」
「なんと……」
すると土井先生は、アムジャドの肩を叩いた。
「そうか。そう言う事か。それならいいんだ。」
アムジャドが微笑んでいる。
アムジャドと土井先生の間には、確かな絆があるんだろうな。
「よかったね、千奈ちゃん。」
後ろから津田先生が、話しかけてきた。
「アムジャドは、千奈ちゃんと結婚する気なんだろうな。」
「そうですね。でも複雑かも。」
「どうして?」
「こっちでは、私達外国人じゃないですか。外国人が王妃になるなんて、信じられないし。それに……」
「それに?何かあるの?」
「アムジャドには……ジャミレトさんって言う、婚約者がいるんです。」
「えっ!?」
津田先生は、茫然としている。
「それじゃあ、千奈ちゃんは?どういう立場になるんだよ!」
すると津田先生は、外にいるアムジャドの元へ行った。
「津田先生?」
「やい!アムジャド!君は千奈ちゃんを一体、どうするつもりなんだ。」
津田先生が怒っている姿、初めて見た。
「津田先生、それはさっき聞いた。皇太子は、千奈と結婚する気だ。」
「じゃあ、ジャミレトさんっていう婚約者は、どうするんですか。」
「えっ?婚約者?」
津田先生と土井先生が、アムジャドを見つめる。
「結婚って言っても、そのジャミレトさんとして、千奈ちゃんは妾妃にするつもりなんじゃないのか?」
「な、なに?皇太子、それは本当か?」
アムジャドは、何も答えられず、黙って立っていた。
そんな姿を、このまま見続ける事はできなくて、私はそっとアムジャドの横に立った。
「津田先生、土井先生。私、アムジャドの側にいられれば、それでいいんです。」
「いや、でも!」
「私は、医者になるんだし。ここで患者さんを診て、時々アムジャドと会えれば、それでいいんです。」
「千奈ちゃん……」
するとアムジャドが、私の体を抱きしめてくれた。
「チナ。そんな事言わないでくれ。ジャミレトの事は、なんとかする。時々じゃない。毎日君に会う。」
「アムジャド……」
気づけば、土井先生も津田先生も、私達に背中を向けている。
「どうもアラブ人の甘い口説き文句には、日本人は耐えられん。」
「そうですね。」
二人共、耳まで真っ赤にしている。
「それでは今日も、お姫様を連れていきますよ。」
アムジャドは、私の手を繋いだ。
医者になって、この地に帰ってくる。
それを伝えてから、アムジャドは私をお姫様扱いしなくなった。
一人の女として、見てくれるようになったのだ。
「ねえ、アムジャド。」
「なに?」
「私を抱えて歩いていた時と、手を繋いでいる今、どっちがいい?」
するとアムジャドは、私の手にキスをした。
「どちらも愛おしいよ。優越なんてつけられない。」
いつもアムジャドの笑顔が降り注ぐ、すぐ隣にいたいと思うのは、決して難しい事ではないはず。
「日本に帰ったら、Lineちょうだいね。あっ、Lineって無料通信アプリね。日本版だと嬉しいな。」
「その前に、まだ1カ月もここにいるじゃないか。Lineがどうのこうの言うより、二人の会っている時間を大切にしよう。」
「そうね。」
そしてアムジャドの泊まっているテントの中に入った。
すると中から湯気がふわり。
「なに?この湯気はどこからきているの?」
するとアムジャドは、クスリと笑った。
「こちらへ。」
「ん?」
隣のテントに繋がっている布を捲ると、そこにはお風呂が設置されていた。
「ハマムというアラブ式のお風呂だよ。」
「へえ。こんな大きなお風呂、見た事ない。」
「ハマムは大衆浴場だからね。さあ、入ろう。」
早速私達は服を脱いで、二人でハマムに入った。
「なんだか、寂しいわね。」
「ははは。こんなに大きなお風呂に、二人だけだからかい?」
私は体をタオルで拭きながら、診療所にいるみんなを思った。
「津田先生も連れてくるんだった。土井先生も、ずっとお風呂入っていないでしょうに。」
アムジャドはゆっくりと、私を抱き寄せた。
「チナは、いつも周りの事を心配するんだね。」
「前はこんなんじゃなかった。モルテザー王国に来てからかな。何て言うか、みんな助け合わないと生きていけないって言うか。日本が希薄だから、余計にそう思うのかな。」
「そんな事はない。日本人は、僕達に優しかった。日本人はシャイだから、仲良くなるまでに時間はかかったけれどね。」
アムジャドの肩にもたれかかった。
「明日、Dr,ドイやDr,ツダも呼ぼう。二人共喜ぶと思うよ。」
「そうね。」
その時にピンときた。
「この街の人、みんな呼んだら?」
「この街の人?みんな?そんな事したら、一日じゃあ、足りないよ。」
「そうか。何でもやればいいってものじゃないのね。」
「でもいい心がけだ。さすが未来の王妃は、慈悲深い。」
そう言ってくれるアムジャド。
その言葉は嬉しいけれど、やはりジャミレトさんの事が気になる。
誰がどう考えたって、ジャミレトさんの方が、王妃に相応しい。
そして私は、側に仕える妾妃になるだけ。
ううん。側にいられるだけいいなんて言っておきながら、本当は誰にもアムジャドを取られたくない。
どうすればいいの?
「チナ。どうしてそんな悲しい顔をするの?」
「ううん。何でもない。」
「チナはいつも、自分の思った事、心の中に閉じ込めてしまう。それはよくないよ。僕はいつもチナの味方だ。思った事、考えている事全部教えて。」
アムジャドは優しい。
優しいから、甘えてしまう
「どうしたら、アムジャドを独り占めできるのか、考えてしまうの。」
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