第12話 留学先②

翌日。私と津田先生は、留学の担当者に推薦状を出しに行った。

「えっ?推薦状?」

まさか推薦状を出す先生がいると思わなかったのか、担当者は渋々その書類を呼んでいた。

「事情は分かりました。このお嬢さんが、へき地での医療を望んでいるんですね。」

「はい!」

私は再び興奮しながら、返事をした。

「うーん。でもね。学生が一人行ったとしても、お荷物なんじゃないでしょうかね。」

「そこでなんですが。」

津田先生が、近くにあるチラシを一枚取った。

「私も付いて行くというのは、どうでしょうか。」

「ええっ?津田先生も?」

担当者の人は、口をぽかーんと開いていた。

「私も一度、へき地で自分の腕を試してみたいと、思っていたんです。」


担当者の人は、咳ばらいを一つした。

「分かりました。こちらとしても、一人も留学生を出せなかったと言うのは、避けたいですからね。」

「ありがとうございます。」

よかった。これで、夢の一つが叶うかもしれない。

「十分に気を付けてね。治安も悪いだろうし、それにトイレやシャワーだって、完備しているか分からないし。」

「はい。頑張ります。」

何があっても頑張る。夢の為だもの。

「じゃあ、出発は1週間後。期間は3カ月間。持ち物は身の回りの物。あとは最低限の医療器具。頼みましたよ。」

「はい!」

私と津田先生は、笑顔で部屋を出た。

「それにしても、先生もへき地での医療に、感心があったんですか?」

「少しはね。」

先生もワクワクしているように見えた。


「千奈ちゃんの熱い夢を聞いて、俺も心を揺さぶられたかな。」

なんだか嬉しかった。

別れたけれど、津田先生は今でも私の尊敬するお医者様。

そんな人の気持ちを変えたなんて、自然に微笑んでしまう。

「とにかくこの一週間は、お互い勉強の時間だ。頑張ろう。」

「はい。」

私は津田先生と離れて、大学の図書室に向かった。

ここでは静かに勉強できるから、残り一週間、ここで勉強しようと決めた。

そして早速、買ってきた本を取り出す。

「えーっと、最初にバイタルを取って、心臓の音を聞くと……」

バイタルの取り方?

いつも血圧計で測っていたから、自分の手で測る方法はあまり知らない。

「そこからか。バイタルは基本中の基本なのに。」

その日一日は、バイタルの取り方で終わってしまった。


そして翌日も、その翌日も。

私は大学の図書室で、勉強を進めていた。

ある日、大学の中庭でお昼を食べていると、久しぶりに津田先生が、隣に座った。

「先生。」

「ここで会うのも久しぶりだな。勉強は進んでいる?」

「はい。」

私は付箋だらけの本を、津田先生に見せた。

「へえ。これは予想外だな。」

「でしょう?」

そう言われて、何となくほっとした。

本当はどれだけ勉強すればいいか、分からなかったから。

「千奈ちゃん。努力している中、水を差すみたいで、悪いと思うんだけど。」

「えっ?」

「千奈ちゃんはまだ、医師免許を持っていない。実習生と言う立場なんだ。できる範囲は狭い。注射もできない、診断も下せない、逐一医師の指示に従う。それでもいいのかい?」

「はい。その方が、夢の第1歩って感じで、返って気負いしないかも。」

「そうか。」


そうよ。

アムジャドの側にいるには、その国の現状を知らないと。

私はせっかく医学の道を歩んでいるんだから、それで貢献しないと。

アムジャド。

私は今、自分の夢に向かって、突き進んでいるよ。

アムジャドは?

問いかけても、返事は来ない。

それでも話しかけてしまう。

思い出の中の、私の中のアムジャドに。



そして、モルテザー王国への旅立ちの日。

空港で、津田先生と合流した。

「千奈ちゃん、いいかい?これからの3カ月。どんな危険が待っているか分からない。決して俺の側を離れなれてはいけないよ。」

「はい。」

こういう時、津田先生は頼りになる。

「さあ、行こうか。」


一路、モルテザー王国に。


日本を経って約12時間。

飛行機と車を乗り継いで、やっとモルテザー王国に着いた。

「皆さんがこれから行くサハルは、この国の最も東側に位置していて、モルテザー王国の玄関口になっています。」

日本人語の通訳の人が、教えてくれた。

「へえ。じゃあ、ある程度栄えているんですかね。」

「栄えている?うーん。首都に比べれば、全く生活は苦しいよ。」

息をゴクンと飲んだ。

そうだ。私達はへき地だというところに行くのだから、期待してはいけない。

「もうすぐだ。」

通訳の人が指さした場所は、山間にある町だった。

「モルテザー王国は、小さい国でね。山で囲まれた場所に、あるんだけど、町は三つしかない。首都ジアーと隣の比較的水に恵まれたジャファル、そして東側に少し離れたこのサハルだ。」


山の中を走っているだけに、車は揺れる揺れる。

「しっかり掴まっていてね。じゃないと席から放りだされるよ。」

「はい!」

私と津田先生は、必死にシートベルトを握った。

「首都の方は、医療は整っているんですか?」

「まあ、病院はあるよね。宮殿にはお抱え医師もいるし。ジャファルにも確か病院はあった思う。病院がないのは、サハルだけ。でもDrドイが来てから、病気治る人が増えた。」

「Dr,ドイ。」

その名前を聞いた時、私と津田先生は、アムジャドを思い出した。

「確かアムジャドは、Dr,ドイに日本語を教わったと言っていた。」

「うん。確かに。」

すると通訳の人は、驚く様に言った。

「ひぇ。君達、皇太子様を知っているの?」

私達はお互いに笑った。


「アムジャド皇太子は、日本に留学されてたんです。」

「皇太子様が?」

通訳の人は、首を捻った。

「いつの話?」

「つい最近ですよ。」

「おかしいね。皇太子様が国を出たって言う話は、聞いてない。」

「えっ……」

じゃあ、あのアムジャドは誰?


『モルテザー王国の皇太子なんだ。』


あの言葉は、嘘だったって言うの?

その時、津田先生が私の肩を叩いた。

「お忍びだったかもしれないよ。アムジャドの周りには、イマードしかいなかったしね。」

「そうか。堂々と留学に来ていれば、もっと護衛の人がいても、おかしくはないですよね。」

お忍びの留学。

そして私と出会ってくれたアムジャド。

あの笑顔が、懐かしい。

「さあ、着いたよ。」

車が町の外れに停まった。

「Dr,ドイのいる場所は、ここから10分ぐらい歩いた場所だよ。」

通訳の人が、中央にある一本道を指差す。

「さあ、行こうか。千奈ちゃん。」

「はい。」

私達は荷物を持って、車を出た。

少し離れたところには、小さい子供が立っていた。

「アッサラーム、アライクム(こんにちは)」

すると小さな子供は、走って行ってしまった。

「私の挨拶、下手だったかしら。」

「そんな事はない。相手が人見知りだっただけだよ。」

津田先生とそう言いながら、一本道を歩いた。

一本道の両側には、家があって、窓の中から私達を見ている。

「なんだか、気味が悪いですね。」

「気にするな。日本人が珍しいだけだよ。」

しばらく歩くと、一つの建物に、人が多く集まっていた。


その周りの外から中を見ると、一人の子供がはぁはぁと息を切らしていた。

その子供の母親であろう女性が、側にいる男性に訴えかけている。

「何て言ってるんですか?」

私は通訳の人に聞いた。

「子供、熱が下がらない。どうにかならないですか?」

私は口に手を当てた。

「でもDr,ドイ、点滴するから今日はここに泊って。」

そしてその男性は、点滴を子供に施した。

「あの人が、Dr,土井……」

そして土井先生は、点滴で泣く子供の頭を撫でている。

「それくらい元気があれば、病気も治る。」

黒くて、ゴツゴツした手。

一体どのくらいの間、ここにいるのだろうか。


「Dr,ドイ。留学生を連れてきた。」

すると土井先生は、私達を見た。

「おまえ達か。へき地に来たもの好きは。」

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