第11話 留学先①

それから半年が経った頃。

一枚の張り紙が、構内に張り出された。

「何のお知らせ?」

「留学だって。」

同じ医学部に通う生徒が、ざわついている。

「留学って言っても、知らない国だよ。」

「医者が足りないから、生徒を送り込もうって魂胆でしょ。」

生徒の一部は、怪訝していた。

もちろん私は、留学なんて後回し。

今は、立派な医者になるのが、最優先だから。


そして1カ月経っても、その留学の知らせは、外されなかった。

「まだ、決まってないの?」

私は友達に聞いてみた。

「決まる訳ないでしょ。中東の聞いた事ない国だよ?」

中東の国!?

私は、ドキドキしながら、改めてその張り紙を見つめた。

行先は、”モルテザー王国”になっていた。


モルテザー王国。

それは、アムジャドの国だった。


「ああ……」

もしかして、アムジャドに会えるかもしれない。

私はそのまま引かれるように、留学の問い合わせ先に、足を運んだ。

「チラシを見て?」

「はい。まだ決まっていないのなら、行かせて貰えないでしょうか。」

「君、何年生?」

「3年生です。」

「3年生ね……」

すると担当の人は、難しい顔をした。

「留学って言っても、もっと経験がある人でないとね。」

私は焦った。

これじゃあ、アムジャドと会えない。

「大丈夫です。」

「行くところは、医療の発達してない地域なのね。学生が行くところじゃないの。」

「それでも私、行きます!」

「あのね。人の話聞いてる?」

担当の人も呆れている。


「私、どうしても行きたいんです。」

すがるような瞳で、私は訴えた。

「でもねぇ。」

それでも担当の人は、うんと言ってくれない。

「どうしたら、行けますか?」

逆に聞いてみた。

「君が優秀な医師になると、誰かにお墨付きでも貰えたらね。」

「本当ですか!?」

私は担当の人の腕に、しがみついた。

「本当にそれで、モルテザー王国に行けるんですね。」

「いや、いいけれど……なんでそんなにモルテザー王国に、行きたがるの?」

「行かなきゃいけないんです。」

「はあ?」

「私、モルテザー王国に行かなきゃならないんです。」

鼻から思いっきり息を吐いた。

「あっ、そう。じゃあ、推薦者。お願いね。」

「はい!」

私は喜び勇んで、部屋を出て、真っすぐに津田先生の元へ走って行った。


「津田先生!」

突然走ってきた私に、先生は驚いていた。

「なに?どうしたの?」

「私を推薦して頂けますか?」

「何に?」

「留学先へです。」

私は留学のパンフレットを、津田先生に渡した。

「これは……」

「ここ見て下さい。行先、モルテザー王国になってるんです。」

先生は、チラシをじーっと見た。

「このパンフレットは知っている。医療後進国のしかもへき地に行くんだろう?」

「はい!」

興奮している私に、津田先生は首を横に振った。

「ダメだ。」

「どうしてですか?」

「危険過ぎる。女の子がそんなへき地に行くなんて。」

期待外れの言葉。

でもここで諦めてたら、アムジャドと会えない。

「お願いします!推薦者がいれば、行かせて貰えるんです!」


津田先生は、私をじーっと見つめた。

「えっ?」

「千奈ちゃんが行きたいのは、アムジャドのいる場所だろ?」

図星をつかれた。

「だとしたら、余計に推薦できないよ。留学は好きな人と会って、いちゃつく為にあるものじゃない。」

津田先生は、手に持っていたパンフレットを丸めて、ゴミ箱に捨ててしまった。

「先生!」

「千奈ちゃん。今回は諦めるんだ。いいね。」

津田先生はそれっきり、私の方を見てくれなかった。

私はゴミ箱に丸めて捨てられたパンフレットを、そっと拾い上げた。


モルテザー王国。


小国だと言っていたけれど、皇太子であるアムジャドは、こんなへき地に来ないのかしら。

ううん。先生は、そんな事言ってるんじゃない。

私の邪な気持ちを、反対しているんだ。

私は廊下に出て、空を見上げた。


アムジャド。あなたに会うには、どれだけの事が必要なんだろう。

会いたい。

今直ぐに会いたい。


『チナ。ずっと僕の側にいて。』


そう言って抱きしめてほしい。

涙が頬を伝う。

私はゴシゴシと、涙を拭った。

泣かない。

アムジャドに会うまで、勉強を頑張るって決めたんだから。


その日はバイトはなく、家に真っすぐに帰った。

「ただいま。」

この前言ってから、お母さんは玄関に迎えに来なくなった。

でも心配している気持ちは、伝わってくる。

「おかえり。」

私が帰ってくる時間に、必ずリビングにいてくれるからだ。

「どうだった?勉強は。」

「うん。」

なのに私は、勉強どころかアムジャドの事ばかり、考えている。


「お母さん私、本当に医者になれるかな。」

お母さんの側に座った私の隣で、お母さんはお茶を一口すすった。

「何かあったの?」

「大した事じゃないんだけどね。」

答えはもう知っている。

留学なんて、諦めなきゃいけない事。

「愚痴なら聞くわよ。」

「うん。」

愚痴か。もしかしたら、話せば楽になるかも。

「あのね。大学で留学のチラシが貼ってあったの。行先は、モルテザー王国。アムジャド……私の恋人のいる国なの。」

「そう。それで?」

「でも、留学担当の人に反対されたの。まだ学生の私には、医療の整っていないへき地に行くのは、危険すぎるって。それに津田先生にも、留学じゃなくて、アムジャドに会うのが目的なんだろうって。」

「そうなの。で?留学は諦めるの?」


私は、手を握りしめた。

「図星だったの。私、アムジャドに会えると思って、留学をしたかった。でも違うんだよね。医療の整っていないへき地へ行って、できるだけの医療を提供する。それが本当の目的なのに。」

お母さんは、私の背中をドンと叩いた。

「そこまで分かっているんだったら、努力しなさい。」

「お母さん……」

「一度思い立ったら、諦めちゃ駄目よ。そのへき地で何ができるか勉強して、またチャレンジしてみないさよ。」

「うん。」

「ここで諦めたら、アムジャドにも会えないで、終わっちゃうのよ?」

「そうよね。」

私はもう一度、チャレンジする事にした。

お母さんが、元気をくれたから。

「お母さんちょっと、本屋に行ってくる。」

「はいはい。行ってらっしゃい。」


私は近くの医学書が売っている本屋に駆け込んだ。

「えーっと……どこに置いてあるんだろう。」

もしかしたら、救急外来とかなのだろうか。

外来と書いてある場所に行って、救急外来の本を探した。

「あった。」

中身をペラペラとめくってみると、”……CTを取り””MRIを”と書いてある。

「そんな機械がない場所に行くんだけどな。」

その他の本を見ても、同じような事が書いてある。

「どの本が、いいんだろう。あーあ。へき地での医療とか言うタイトルの本とかないかな。」

その時だ。

「この本が、比較的へき地での医療を書いているよ。」

顔の横からすーっと手が伸びて、1冊の本を取り出した。

「ありがとうございます。」

その本を受け取ろうとして、驚いた。


「先生!」

その本を差し出してくれたのは、津田先生だった。

「本屋に来てみれば、千奈ちゃんの姿を見つけるし、何を探していると思えば、こんな本。」

私はその本を受け取った。

「そんなに行きたい?」

「行きたいです。私の夢なんです。」

「アムジャドと会う事が?」

「いえ。医療が行き届かない場所で、病気の人を助ける事です。」

私と先生は、見つめ合った。

「分かった。君の推薦状を書くよ。」

「ありがとうございます!」

「その代り。」

先生はもう一冊、本を追加した。

「この本2冊とも、よく読んでおくこと。」

「はい。」

「後は、俺も一緒に行く。」

「えっ!?」

驚きのあまり、本を落としそうになった。

「千奈ちゃん一人では、心配で行かせられないからね。」

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