第13話 再会①
「もの好き?」
「おまえ達が留学生かと聞いてるんだ。」
「はい。」
土井先生は、冷たい目でもなく、温かい目でもない視線で、私達を見た。
「一人は使い物になりそうだが、そこの姉ちゃん。」
「はい。」
直々のご指名に、緊張が走った。
「なぜここに来た。」
「えーっと……」
「即答できないのか。」
鋭い目つきで、土井先生は見て来た。
「……医療が行き届いていない場所で、最善の医療を提供したいと、思ったからです。」
「言う事は立派だな。」
今度は冷たい視線で、私を見た。
「毎年留学生をお願いされて、迎い入れるんだが、どうも使い物にならない者ばかりだ。お前らは違うってところを見せて貰うよ。」
「お願いします。」
頭を下げると、土井先生から肩を叩かれた。
「お姉ちゃんは、まだ学生だろ。無理すんな。」
見透かされた気がして、胸が痛かった。
「ところで我々は、どうすればいいですか?」
津田先生が荷物を降ろすと、今度は先生にも、土井先生は冷たい目線。
「あんたは医者だろ。俺の指示がなくても勝手に患者を治せ。」
「はい。」
厳しい指示。
これは本当に勉強なんだろうか。
「じゃあ、次の患者さんを。」
早速津田先生は、並んでいる患者さんに、手を差し伸べた。
すると患者さんは、首を横に振って、何か言っている。
「Dr,ドイではないと、診てもらいたくないと言っています。」
津田先生は、ガクッときている。
「私は、Dr,ドイと同じ日本の医者です。信じて下さい。」
そう言うと、何とか津田先生の前にやってきた。
「千奈ちゃん、バイタル測ってみる?」
いよいよ私の出番だ。
「はい。」
聴診器を持って、血圧計を探した。
「お姉ちゃん、探し物ならそこだ。」
「はい。」
見ると一つだけ古い血圧計があった。
ゴクンと息を飲んで、その機械を持った。
初めて手動で血圧を測る。
「腕、失礼しますね。」
帯を上腕に巻き付け、関節の太い静脈に聴診器を当てた。
右手で圧をかけて、ちょうどいいところで緩めると、ドクドクと言う音がした。
「110の56です。」
「次は脈と呼吸だ。」
「は、はい。」
落ち着けと自分に言い聞かせる。
手首に右手の人差し指と中指、薬指を当てた。
これもドクンドクンと脈打っている。
「脈を数えるのは、30秒くらいでいいよ。あとでそれを倍にするんだ。残りの30秒で、胸の動きを見る。」
「はい。」
測り終えると、土井先生がこっちを見た。
「実習は終わったか?」
「えっ、は、はい。」
慌てて返事をすると、土井先生は私を見た。
「じゃあ、姉ちゃんは次々とバイタル測って、俺と、あー名前なんだ。」
「森川です。」
「姉ちゃんじゃなくて、そっちの先生。」
「……津田先生です。」
「そう。津田先生に報告しろ。分かったな。」
「はい。」
そして私は、改めて現状を知った。
建物の中を覗いてる人達は、野次馬なんかじゃなくて、みんな患者さんだったのだ。
建物が狭い為、外に並んでいるだけだったのだ。
「こんなに患者さんが……」
よく見ると、老いた人から若い人、子供、乳幼児までいる。
「老人から小児科まで診なきゃいけないんだ。」
私は頭を激しく振った。
ううん。病院って言うか、患者さんを診る場所はここにしかないんだから、迷っている暇はない。
「次の患者さん、どうぞ。」
手招きすると、次は老人の人が来た。
「えーっと、腕を出して下さい。」
日本語で言っても、伝わらない。
「あの……通訳さん。」
「ごめんなさい。Dr,ツダに付いてないと。」
という事は、私は通訳なしか。
迷った挙句私は腕を指差した。
すると患者さんは、腕を出す。
そして私はバイタルを測るのだ。
「シュクラン(ありがとう)」
そう言うと患者さんは、「アフワン(どういたしまして)」と返事してくれた。
次から次へとバイタルを測って、土井先生と津田先生にそれを報告する。
それを繰り返して、一日は終わった。
「どうだ、一日目は。」
土井先生に、話しかけられた。
「とりあえず、バイタル測るだけで、精一杯でした。」
ベッドに座ると、はぁーっと息を吐いた。
「明日も同じだ。めげるなよ。」
「はい。」
そして津田先生と土井先生は、これからの事を話し始めた。
それは専門的な事で、私には遠い世界の話のように聞こえた。
「ところで、姉ちゃんは食事作れるか?」
「えっ……上手くはないですけど。」
「台所はあっちだ。適当に作れ。」
「はい。」
そう言われて台所に行くと、食材がごろごろ転がっている。
主な野菜は、じゃがいもにニンジン、玉ねぎだ。
「あの、お肉は何か……」
「ない。そこにある物だけで作れ。」
タンパク質はとれないのかと、半分諦めながら、とりあえず野菜炒めを作った。
「できました。」
「おう。」
津田先生は、私が作った野菜炒めを、文句も言わずに食べ始めた。
「あの……お口にあいますか?」
「どうせ塩、胡椒で味付けしたんだろ?万国共通だ。」
「はあ。」
あっという間に野菜炒めを食べ終わった先生は、「ご馳走様」と言って、台所に皿を置きに行った。
「土井先生。点滴打っている患者さんは、何か食べなくていいんでしょうか。」
「ああ、いい。こいつは明日の朝まで、絶食だ。」
でもその子供は、私達が野菜炒めを食べるところをじーっと見ている。
きっと食べたいんだろうなぁ。
「通訳さん。せめて絶食って事を、あの子に話してあげて。」
「分かったよ。」
通訳さんが話すと、子供はうんと頷いた。
よかった。物分かりのいい子供で。
「じゃあ、寝る場所を決めようか。」
建物の中を見ると、ベッドは四つ。
通訳さんを入れて、4人。その内の一つは、点滴を打っているあの子供が使っている。
「じゃんけんか。」
土井先生が手を出すと、津田先生がそれを遮った。
「千奈ちゃんは女性だから、まずはベッドに。」
「千奈ちゃん!?」
土井先生は驚いている。
「なんだい。津田先生の彼女だったんかい。」
「違います!」
津田先生は、必死に否定した。
「通訳のアリさんは、ベッドで寝て下さい。私は、千奈ちゃんの側の床で寝ます。」
先生はそう言って、ベッドの側の床に、自分のカバンを置いた。
「先生、いいんですか?」
「いいも悪いも、これしかないだろう。」
そして先生は、荷物の中から、シートを取り出した。
「こういう事もあるだろうと思ってね。持って来たんだ。」
厚手のシートは、寝転がるのに最適だ。
「ははは。考えたな、津田先生。」
土井先生は、笑っている。
「じゃあ、俺達は遠慮なく、ベッドで寝させてもらうよ。」
すると土井先生は、空いたベッドに、ごろッと寝転がった。
通訳のアリさんも、角のベッドに寝て、眠る準備をしている。
「じゃあ、千奈ちゃん。おやすみ。」
「先生も、おやすみなさい。」
電気も通っていない中、辺りは真っ暗になった。
私はカバンの中から、ライトを取り出した。
夜中に勉強しようと思って、持って来たのが幸いだった。
ライトをつけて、本を読もうとした時だ。
「千奈ちゃん、よせ。」
土井先生に、止められた。
「明日は、夜明け頃から患者が押し寄せる。今のうちの寝ておくべきだ。」
「はい。」
私はライトを消した。
夜明け頃から患者さんが来る。
それに備えようと思ったからだ。
夜が更ける。
こうして、モルテザー王国の一日目は終わった。
目が覚めると、人のガヤガヤする音がした。
よく見ると、もう患者さんが並んでいた。
「ええ!」
「おっ、起きたか。千奈。」
土井先生は、もう患者さんを診ている。
「すみません、寝坊して。」
だけど時計を見ると、まだ6時。
確かに土井先生が言った通り、夜明けと共に、患者さんが来る。
「ふぁー。」
津田先生も起き上がった。
「えっ?もう患者さん来てるの?」
そりゃあ、驚くよね。
「二人共、顔は台所で洗ってくれ。津田先生は、準備出来次第診察に当たってくれ。」
「はい。」
「そして、千奈は。」
すると土井先生は、ニヤッと笑った。
「俺達の朝ご飯を作れ。」
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