第14話 再会②

「はい。」

また食事作りか。

でも他にできる事がないんだから、仕方ないか。

私は台所に置いてある卵に、目をつけた。

「この卵、使っていいんですか?」

「ああ、いいよ。」

土井先生の許可を得て、私はオムレツを4人前作った。

「できました。」

「よし。朝ご飯休憩。」

患者さんが待っている間に、土井先生はオムレツを口にかき込んだ。

「ごちそうさん。」

あっという間に、土井先生の食事は終わってしまった。

それを見て、私達もオムレツを口にかき込んだ。

「味わう時間もないって事か。」

津田先生は、不満そう。

「仕方ないですよ。これだけ患者さんがいるんですから。」

朝から患者さんが、建物の前に溢れ出している。

みんな何時に起きて、ここに来てるんだろう。


すると昨日の夜、点滴を受けた子供のお母さんが、やってきた。

「ああ、熱は下がった。もう大丈夫だよ。」

お母さんは、子供を抱きしめて、何度も何度も頭を下げていた。

この光景だ。

私が求めていたモノは。

「千奈。ぼーっとするな。食べ終わったら、バイタルだ。」

「あっ、はい。」

直ぐに台所に皿を置きに行くと、私は血圧計と聴診器を持って、今日も次から次へと、バイタルを測った。

私が血圧を測っているのを見ると、みんな順番に私に腕を出してくるようになった。

1日でこんなに変わるだなんて。

ちょっと不思議。

そんな時だった。

「これは、俺の手には負えん。」

土井先生が、車を用意するように言った。

「外科の治療が必要だ。首都へ運べ。」

みんな手分けして、その人を車に乗せている。


それでも土井先生は、淡々と次の患者さんを診る。

「……土井先生にも、治療できない患者さんがいるんですか?」

「何でもかんでも治療できると思うのは、人間の傲りさ。専門以外の病気は他の医師に任せる。幸い首都には、外科手術ができる病院があるからな。」

医療が行き届かない場所で、患者さんを診たい。

でも私がなりたいのは、内科の医者であって、外科の治療が必要な時は、他の医師にその患者を委ねなきゃいけない。

私は、泣けてきた。

「なんで泣く?千奈。」

「なんでしょう。」

私は涙を拭った。

「自分の限界を感じたか。」

「もしかしたら、そうかもしれないです。」

「そんな事思ってる暇なんてないぞ。俺達を必要としている患者は、わんさかいるんだからな。」


私は涙を拭いて、次の患者さんに当たった。

「腕を貸してね。」

子供の腕に帯を巻く。

「はい、いいよ。次は横になってね。」

そしてベッドの脇に、膝を着いた時に気づいた。

やけに子供の患者が多い。

「気づいたか?」

土井先生が、隣から話しかけてくる。

「この国は子供の罹患率が多いんだ。命を落とす子供もいる。風邪をこじらせてね。」

「風邪を?」

「驚くだろ。日本じゃまず風邪で死ぬ奴なんていない。だが、この国では、それが現実だ。」

胸にグッとくるものがあった。

風邪で死んでいく命がある。

よく聞けば、泣き止まない子供がいる。

私は立ち上がって、その子供の背中を撫でた。

「大丈夫だよ。土井先生と津田先生に、治してもらおうね。」


子供は何を言っているか分からずに、頭の上に”?”マークがついている。

子供の目に涙が溜まっていると、切なくなる。

「さあ。お姉ちゃんが、次から次へとバイタルを測るからね。」

言葉の通じない子供達の頭を、順番に撫でていく。

すると子供達が、わーっと私の周りに集まってきた。

「みんな、順番順番。」

一人ずつベッドに寝かせて、バイタルを測って行く。

それを周りで見ている子供達。

なんだか緊張する。

「ははは。一気に好かれたな、千奈。」

土井先生は、いつも笑顔だ。

こんな状況の中、どれだけ辛くて苦しい事があったんだろう。

そう思ったら、土井先生から勇気を貰った。

土井先生だって、弱音を吐かずに頑張っているんだ。

私も笑顔になった。


それから1週間後。

すっかり私に懐いてしまった子供達は、風邪も治ったというのに、またこの建物に来る。

「来てくれるのは嬉しいけれど、また風邪をひくとダメだから、お家の近くで遊んでね。」

それを通訳のアリさんが訳してくれて、ようやく子供達は散っていく。

でも次の日になると、お決まりみたいに、私の元へやってくるのが、日課だった。

「千奈ちゃんは、人気者だね。」

津田先生は、注射を嫌がっている子供を前にして、たじろいでいる。

子供は泣きながら、津田先生に何か言っていた。

「何て言ってるんですか?」

「痛い事をする悪魔だって。」

「ええ!」

確かに子供から見たら、あまり注射は好きじゃないだろうけど、でも悪魔って……


その時だった。

大人たちが一斉に、中央の道路に集まって来た。

「何かあったの?」

外に出て上を見上げると、時が止まった。

「アムジャド……」

「チナ?」


あのアムジャド?

日本に来ていたアムジャド?

ああ、涙でよく見えない。


すると近くから、アムジャドの声が聞こえてきた。

「君の名前は?」

私はハッとした。

何を言っているの?

私だって、分かってないの?


すると周りの人が、ワーワー言い出した。

「チナさん。みんな、なぜ皇太子が聞いているのに、答えないのかと言っている。」

「あ、あの……」

私は息をゴクンと飲んだ。

「森川……千奈です。」

「チナか。そうか……分かった。ここへは、何をしに来ている?」

「土井先生の元で、医療の勉強をしています。」

「Dr,ドイの元で?」

「はい。」

アムジャドは、2、3回うんと頷くと、次の人のところへ行ってしまった。


よそよそしい会話。

これで終わりなの?

アムジャド。私がここに来たのは、無駄だった?

私が地面に膝を着くと、アムジャドが戻ってきてくれた。


「Dr,ドイ。チナは体の具合が悪いようだ。」

「なに?熱波にやられたか?」

すると私の体が、フワッと浮き上がった。

よく見ると、アムジャドが私をお姫様だっこしている。

「ア、アムジャド。」

「ここでは、皇太子と呼べ。」

耳元に優しい声が戻る。

アムジャドの顔を見ると、ニコッと笑っている。

覚えていてくれたの?アムジャド。


涙が出そうになった。

あなたに、会いに来たの。

そう叫びたかった。


「あの……」

「後で。」

そう言うとアムジャドは、行ってしまった。

そしていつの間にか、土井先生が後ろに立っていた。

「知り合いなのか?」

「えっ!?」

土井先生に、知られた?

「驚かんでもいいよ。皇太子から、日本で会った一人の女性の話を聞いている。」

「一人の女性?……」

「その人は、医師になる勉強をしていると言っていた。しっかりしていて、優しくて……愛し合っていたそうだ。」

アムジャドがそんな事を……


ああ、アムジャド。

やっぱりアムジャドなのね。

私、ここまで来てよかった。


「君がその女性だという事は、今、皇太子の微笑む表情で分かった。皇太子は普段、あんな顔をしないからなぁ。」

ちょっと照れくさくなった。

アムジャドが顔を緩めるのって、私の前だけ?

「だがなぁ。千奈がそうだとしたら、これは大変な恋愛になるだろうよ。」

「土井先生……」

「あの方は、私の医療を助けてくれた。思いやりがあって、誠実で、頼もしい。この国の誰もが、皇太子を好きでいる。」


アムジャド。

そんなにこの国の人に、慕われているのね。


「そんな皇太子を、この国は離さないだろう。そうなると、千奈と結婚するのは、難しいのではないかなぁ。」

胸がズキッとする。

「妾妃であれば、まだ可能性はあるかも。」

イマードさんも言っていた、”妾妃”

でもアムジャドは、それを望んでいないって。

私はクスッと笑った。

「なんだ?悲しくないのか?」

「そう言えば私、未来の花嫁と言われても、はっきり結婚しようなんて言われてないんです。」


そう。日本で過ごした日々は、夢物語だったの?

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