第15話 蜜愛①
その日の夜の事だった。
私達の建物の前に、怪しい人達がやってきた。
「何だ?」
夕食を摂っていた私達は、慌てて皿を持って、奧に引っ込んだ。
「こちらに森川千奈という者はいるか?」
「はい。」
私は何も考えずに、手を挙げた。
「我々と同行を願う。」
「えっ?」
私達は一斉に固まった。
「千奈。簡単について行ってはダメだ。女性を狙った人身売買かもしれん。」
「人身売買!?」
あの土井先生が、焦っている。
「なんだ、それは!千奈ちゃん、俺の後ろに下がって。」
津田先生が私の前に、立ちふさがった。
「だったら、なんで日本語話せる?」
通訳のアリさんが、ぼそっと一言。
「ん?」
私達は顔を見合わせた。
「もしかして、日本人女性を狙っているのか?」
「よおし!俺が千奈ちゃんを守るぞ!」
津田先生は今まで食事に使っていたフォークを、建物の外にいる人達に向ける。
「ご同行頂けないのか。」
「当たり前だろ!人身売買の奴らに、千奈ちゃんを渡せるか!」
先生が叫ぶと、建物の前の人達は、困った素振りを見せた。
「どうかお願いします。千奈さんを連れて行かないと、殿下に怒られます。」
「殿下!?」
「はい。アムジャド皇太子殿下です。」
「アムジャドが……」
途端に津田先生は、フォークを降ろした。
「千奈ちゃん、行って来なよ。」
津田先生が、私の背中を押した。
「だって……」
「千奈ちゃんは、アムジャドに会いたくて、ここに来たんだろう?」
ドキッとした。
そんな事、土井先生の前で言ったら、怒られるかも。
すると土井先生は、うんうんと頷いている。
「愛する者を追って、こんなへき地に来たという訳か。泣けるな。千奈、行ってこい。」
土井先生も、後押ししてくれる。
「津田先生……土井先生……」
二人の気持ちで、胸がいっぱいになる。
私、アムジャドの胸に飛び込んでいいの?
「ええい!もし不安だったら、俺も付いて行こうか?」
津田先生が前に出た。
「止めんかい!おまえさんが行ったら、邪魔になるだけだろ!」
「でも!」
「でももだけどもない!」
二人が仲良く争っているのを見ると、いつの間にそんな仲に?と思う。
その時だった。
「まだ、連れて来れぬのか。」
人だかりの中から、白い服を着た人が、一歩前に出た。
「もう、僕の側には来てくれないのか?」
「アムジャド……」
あの国へ帰る時のアムジャドが、アラブの服を身にまとって、そのまま私の前にいる。
「迎えに来たよ。チナ。」
「アムジャド!」
私はアムジャドの胸の中に飛び込んだ。
「チナ、会いたかった。」
アムジャドがぎゅっと、私を抱きしめてくれる。
「アムジャド。私も。」
そして私も、アムジャドの背中に腕を回した。
シーンと辺りが静まる中、建物の中からわんわんと泣く声がした。
振り返ると、土井先生と津田先生が、泣いていた。
「よかったな、千奈ちゃん。」
「アムジャド、千奈を頼む。」
こうして見ると、二人共いい先生なんだなって思う。
「では、Dr,ドイ。チナをお借りします。」
「ああ。連れて行け。」
そしてアムジャドは、私を抱きかかえた。
「アムジャド。私、一人で歩けるわ。」
「いいんだ、チナ。僕がそうしたいのだから。」
アムジャドの優しい視線が降り注ぐ中、私達は中央の道を歩き始めた。
「どこに行くの?」
「この街の奥に、テントを張っている。今日はそこでお泊りだ。」
お泊りと言う言葉に、キュンとする。
密かに憧れていたっけ。
「さあ、あそこだ。」
暗い街の中、そこだけが異世界のように、光が放たれていた。
「降ろして。ここから歩くわ。」
「ダメ。僕のテントの中に入るまでは、お姫様を歩かせられないよ。」
「お姫様……」
「そうだよ。チナは僕のお姫様だ。」
こんな私服の上に白衣を着ただけの私を、お姫様だなんて。
アムジャド、本当に優しい!!
「着いた。」
降ろされた場所は、アムジャドのベッドの上だった。
「ねえ、今更なんだけど。」
「何?」
「本当に、アムジャドなの?」
「これを被っていると、そう見えない?」
アムジャドは、ターバンを外した。
そこには、私が見知ったアムジャドの姿があった。
思わず涙が出る。
「この服も脱いだ方がいいかい?」
「ううん。」
私は改めて、アムジャドの胸にしがみついた。
「ああ、アムジャド。私のアムジャド。」
「そうだよ。僕はチナのモノだよ。」
甘い声が、耳の側で聞こえてくる。
日本にいた頃の、私達を思い出す。
「私の事、忘れていないかったのね。」
「忘れられるものか。僕の愛した人だ。」
私達は、久しぶりに唇を交わした。
「チナは?僕の事忘れていなかった?」
「一日だって、忘れた事はないわ。あなたに会いたくて、たまらなかった。」
もう一度私達はキスすると、アムジャドの唇が、首筋にかかった。
「アムジャド……」
「避けないでくれ。もう抱きたくて、仕方ないんだ。」
服の下から、アムジャドの手が這い上がってくる。
「ああ……」
「チナ……」
すると外から、声が聞こえた。
「殿下、お食事の用意できました。」
「ああ。しばらくしたら行く。」
「かしこまりました。」
外の人の気配が消えた。
「行かなくていいの?」
「ああ。先にチナを味わってからだ。」
そして私は服を脱がされ、アムジャドの手に合わせて、体をくねらせた。
「あぁ……アムジャド……」
「次から次へと蜜が溢れてくるよ。」
耳元でそんな事を言われると、感じてくる。
「僕がいない間、浮気していなかった?」
「していない。アムジャドは?」
「僕もしていないよ。君の面影ばかり抱いていた。」
アムジャドが上半身裸になる。
あの逞しい体は、続行中だ。
「チナ。君を再びこの腕の中に抱けるなんて、嬉しくて仕方がない。」
「アムジャド……」
ベッドの横の明りが消されると、私達は一つに重なり合った。
日本とモルテザー王国。
遠く離れていた想いが、また一緒になる。
そしていつの間にか眠っていた私は、灯された明かりで目が覚めた。
「アムジャド?」
「起きた?宴の時間だよ。」
「宴?」
身体を起こすと、そこには給仕の人や、踊り子達が膝を着いて待っていた。
「えっ……」
「どれもチナを喜ばせる為に用意した人達だ。」
アムジャドがサインを送ると、音楽が鳴りだし、踊り子たちが踊り始めた。
そして女の人達が、私の側に来て、サーとシーツを広げる。
「チナ様。お着替えを。」
「着替え?」
用意されたのは、薄いスカートとチューブトップ。
いくら砂漠で暑いからと言って、肌出し過ぎじゃない?
「さあさあ。遠慮なさらずに。」
女性達はそそくさと、私の体にスカートとチューブトップを巻き付けた。
シーツを降ろされた私は、さぞかし違った人に見えただろう。
「お似合いですわ、チナ様。」
「そう?」
「如何でしょう、殿下。」
振り向いたアムジャドは、にこっと笑った。
「ああ。よく似合う。」
自分の姿に、頬が赤くなる。
「ありがとう。」
「チナ。おいで。」
アムジャドの隣に座ると、肩に腕を回された。
うわー。アムジャドの女って感じがする。
「どう?楽しいだろう?」
「そうね。」
豪華な食事。陽気な音楽。艶めかしい踊り子たち。
どれも夢の中にいる気にさせてくれた。
そして一番、私が夢を見ているのは。
私は、アムジャドの顔を見た。
「ん?」
「ううん。何でもない。」
見つめ合うと、アムジャドは微笑んでくれた。
ー アムジャド皇太子との恋愛は、大変なものになる -
土井先生に言われた言葉。
いいの。アムジャドに会えたから。
もう未練はない。
だってこんなにも、夢みたいな宴。
あとで夢でしたって言われても、信じられるもの。
そしてアムジャドの仲も……
私の目に、涙が溜まった。
「チナ。泣かないで。」
気づいたアムジャドが、私の涙を拭ってくれた。
「これは全部現実だよ。僕がいつも君に見せる事ができる現実だ。」
アムジャドの唇が、私の唇と重なった。
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