第7話 一緒に暮らそう①

そして1週間後、アムジャドから信じられない言葉が飛び出した。

「一緒に暮らさないか、チナ。」

「えっ……」

一緒に暮らす……アムジャドと?

「どうして急に?」

「今回の事故の事で、深く考えたんだ。」

アムジャドは、お店の窓から外を見た。

「こんなにも人が溢れているのに、僕を知っている人は、チナしかいないって。」

「何言ってるの。イマードさんもいるでしょ?」

「イマードは友人だけど、意味が違う。」

「あっ。」

こう言う時の知っている人って言う意味は、恋人として知っている人って事か。

「また何かあった時に、チナに一番知らせて欲しいんだ。」

「そう。」

なんだか、微笑みがダダ洩れする。

「恋人だけじゃ足りない。一緒に住んでいるなら、”家族”も同然だろう?」

「そうね。」

私はうんと頷いた。


「そうと決まったら、早く部屋を探そう。」

「待って。日本では部屋を借りるとなると、仕事が必要なのよ。」

「仕事?」

アムジャドは、のん気にジュースを飲んでいる。

「要するに、家賃を支払っていけるかどうか、保証がないと……」

「金か。」

「……まあ、平たく言っちゃえば。」

こんな時に言うのもなんだけど、どこかの御曹司かもしれないアムジャドには、お金の心配なんていらないでしょうね。

でも日本で、それが通じるのかしら。

「心配はするな。金はイマードに言って、手配させる。」

「手配?」

「あっ、いや。何でもない。」

もう。言葉の端々から、お金持ちの匂いがプンプンしてくるのよね。

もしどこかの御曹司だと言われても驚かないように、心構えだけはしておこう。


「どんなところがいい?」

「うーん。日当たりが良くて、スーパーに近い場所?」

「うんうん。他は?」

「贅沢言えば、交通機関が近い場所。」

大学に通うのも、一苦労だしね。

「間取りは?」

「ええ?2LDKでいいんじゃない?」

「たったの二つ!?」

でた。お金持ちだからこその驚き。

「ねえ、アムジャド。突然だけど、あなた将来はどうする気?」

「将来?国に戻って、国の発展に尽くすが?」

「そうじゃなくて、仕事はどうするの?」

アムジャドは、急に黙ってしまった。

「ごめんなさい。余計な事だったわね。」

「ううん。チナが、心配する気持ちも分かる。」

「今はお金持ちかもしれないけれど、お父さんの元を離れれば、自分で稼いでいかなければならないじゃない?」

「父の元を離れる?」


アムジャドはその途端、唸りだした。

もしかして、お父さんの事業、そのまま継ぐ気なの?

「アムジャド。ごめん。そんなに考え込まないで。」

「いや。チナの言う通りだ。父の跡を継いだだけでは、皆僕に付いてきてくれるか、分からない。僕は僕で、皆を惹きつけなければ。」

よかった。なんだか、前向きにとらえてくれて。

「よし。チナ。僕はバイトするよ。」

「バイト?急すぎない?」

お坊ちゃまが急にバイトなんて、どこでするのよ!

「いや、思い立ったが吉日。探してみるよ。」

「よくそんな難しい日本語、知ってるわね。」

アムジャドは呑気に笑いながら、外をキョロキョロしている。

早速それっぽいのを、探しているのかしら。

炊きつけたのは私だけれど、本当にバイトするのかしらねぇ。


それから数日後、アムジャドに呼ばれ、私はこの前行ったカフェに行った。

お店のドアを開いて、アムジャドを探す。

でもどこにもいない。

あれ?私、お店間違ったかな。

一旦お店を出ようとすると、店員さんに声を掛けられた。

「いらっしゃいませ。」

「あっ、あの……」

その店員さんを見て驚いた。

「アムジャド!」

「ははは?びっくりした?」

私は驚きのあまり、口をぽかーんと開けた。

「どうして……」

「ここで働く事になったんだ。」

「ここで!?」

他の店員さん達を見ると、クスクス笑っている。

信じられない。

アムジャドが、カフェでアルバイトなんて。


その時だった。

「アムジャド様!」

ドアがガランと開き、息を切らしたイマードさんが。

「聞きましたよ!アルバイトをするとか!」

「ああ。」

「なぜ。あなた様程の高貴な方が、一般庶民に混じって仕事など。」


こ、高貴な方!?

どれだけ大きな会社の御曹司なの!?


「とにかく、アルバイトはお止め下さい。」

「いや。止めない。チナと一緒に暮らすには、収入を得る事が必要なんだ。」

「い、一緒に暮らす!?どうしてそんな話に!?」

今日のイマードさん、冷静さを欠いてるな。

そうだよね。バイトはするは、私と一緒に暮らすとか、聞いてない事ばかりのオンパレード。

私だって驚いたんだから、イマードさんは、もっと驚いて当然だ。

「どうしてって。少しでも長く、チナと一緒にいたいからだ。」

「アムジャド様……」

イマードさんは、ずれた眼鏡を直した。

「もう一度お考え直し下さい。一緒に住むと言う事は、どういう事か。」

「無論、結婚を前提に考えていると言う事だ。」

「また!そんな事を!」

するとお店のお客様も、笑いだした。


「もう、ここまでにしましょう。」

私はイマードさんの背中を押して、お店のドアを開けた。

「チナ。今度はゆっくり来て。」

「うん。アムジャドも頑張って。」

エプロンを着けて、手を挙げる仕草は、もう店員さんそのものだ。

すごいよ、アムジャド。

異国で仕事するって、大変だろうに。

直ぐに行動しちゃうなんて。

あの行動力を見習いたい。


「あー。なんでこんな事になるんだ。」

一方のイマードさんは、アムジャドがバイトをしているのが、誤算だったみたい。

やってきた公園のベンチに座って、頭を抱えていた。

「だた一度日本に行きたいって言うだけだったのに。」

うーん。それで日本人の恋人は作るわ、事故に遭うわ、アルバイトはするわ、結婚とか言いだすわ、イマードさんの苦悩が分かるような気がする。

「イマードさん。一つ聞いてもいいですか?」

「何ですか。」

ちょっと苛立っているイマードさんに、今聞くのも何だと思うのだけど。


「さっきイマードさん、アムジャドの事を、高貴な方って言ってましたよね。」

「ああ……」

ちょっとドキドキしてきた。

「その……高貴な方って、どんな方なのか、今一分からなくて。」

「言ったらあなたは、腰を抜かしますよ。」

「えっ?」

腰を抜かす程高貴な方?

「……まさか、どこかの国の王子様だとか?」

するとイマードさんは、じっと私を見る。

「イマードさん?」

「まさか。お伽話の世界じゃあるまいし。」


イマードさんは、難しい顔をして、急に立ち上がった。

「今のチナ様に出来る事は、アムジャド様の日本滞在を、楽しいモノにする事です。」

「もちろん!そのつもりです!」

私は意気込んで、返事をした。

「そして、アムジャド様が国へ帰られた後は、この事を忘れ、他の男性と幸せになって下さい。」

「はぁ?」

なにそれ。

「そんなの、できません。」

「じゃあ、どうするんですか?私達の国に来たって、結婚できるとは思えませんよ。」

イマードさんの言葉に、ため息をつく。

「イマードさん、私ね。アムジャドと結婚できなくてもいいと思っているの。」

「ほう。」

「ただアムジャドの側にいたいだけなの。それじゃあ、いけないのかな。」

イマードさんは、私を見つめている。

「本当にそれだけで済めば、いいでしょうけど。」

「えっ……」

「ずっと一緒にいれば、もっと一緒にいたくなる。他の女と一緒にいて欲しくない。子供も欲しい。そうなりますよ。」


私もそう思う。

でもそれすら許されない身分って、何?


「あまり深く考えなくて、いいんですよ。」

「はあ。」

「今を精一杯、楽しく生きる。それだけです。」

イマードさんはそう言うと、背中を向けて行ってしまった。


今をアムジャドと一緒に生きる。

でも……


「別れるなんて、嫌。」

どうしても訪れる、アムジャドの帰国を喜べない私は、どうしたらいいのだろう。

何もかも捨てて、アムジャドに付いていけばいいんだろうか。

それで、結婚できなかったら?

私は両手で顔を覆った。

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