第8話 一緒に暮らそう②

それから数日後。

バイトが休みのアムジャドと一緒に、不動産巡りをした。

「あっ、いろいろ載ってる。」

アムジャドは、日本の道を歩くのが、とても好きだった。

その中で特に最近は、不動産の賃貸情報を見るのが、好きらしい。

「ふーん。日本の家は狭いな。皆これで満足してるの?」

「満足はしてないと思うけど、これアパートよ?マンションとか、一軒家はもっと大きいわ。」

「そっか。」

そう言うとアムジャドは、次の不動産屋に歩いて行く。

「最近思うんだ。僕の国の一般庶民は、どういう家に暮らしているんだろうってね。」

私の頭の中に、”?”が飛んだ。

一般庶民?

アムジャドは一般庶民じゃないの?

モヤモヤした気持ちが、胸に湧いて来た。

もうこんな気持ち、抱えきれない。


「ねえ、アムジャド。」

「なに?」

私は立ち止まった。

「どうした?」

「そろそろ、教えて欲しいの。アムジャドが本当は、どういう人なのか。」

アムジャドはハッとして、私から視線を反らした。

「イマードに、また何か吹き込まれたのか?」

「ううん。イマードさんは、関係ない!私が聞きたいの!」


アムジャドを頼りにしている人が、たくさんいる。

私の命を犠牲にしてでも、守らなければいけない人。

バイトもできないくらいに、高貴な身分。

一般庶民の暮らしも分からない。

そんな人って、どんな人なの?


「教えて。私、恐れずに受け止めるから。」

「チナ。」

「お願い。アムジャドとずっと一緒にいたいの。日本だけの恋人じゃあ、嫌なの。」

「チナ!」

アムジャドは、私をぎゅっと抱きしめた。

「……正直、本当の事を言えば、チナの重荷になるんじゃないかって。でも、チナは強いんだね。僕が見誤っていたのかもしれない。」

「アムジャド。私だって、本当は怖い。あなたが手の届かない人だって分かったら、私はどうすればいいのかって。」

「チナ。何があっても、俺に付いて来てって言ったよね。その気持ちは、変らない。チナは?」

「もちろん。何があってもアムジャドに付いて行きたい。」

私達は離れると、キスを交わした。


「チナ……僕はね……」

その時だった。

突然、アムジャドの携帯が鳴りだした。

「イマードからだ。ごめん、チナ。」

「ううん。」

返事は一時ストップで、アムジャドはイマードさんの電話に出た。

「イマード。僕だ。」

何となく、背中を向ける。

「えっ?命令?父上が?」

私が振り返ったら、アムジャドと目が合った。

「分かった。直ぐに行く。」

電話を切ると、アムジャドの顔が青かった。

「どうしたの?アムジャド。」

「父上から、至急帰国命令が下った。」

「帰国命令?」

只事ではない状況に、私も体が震えた。

「とにかく、イマードの元へ行くよ。」

「待って。私も行く。」

アムジャドの腕に、しがみついた。

「チナ……」

「何があっても、受け入れるって、言ったでしょう?」

アムジャドはうんと頷いた。


二人でイマードさんの元へ行くと、彼は私の姿に驚きを隠せなかった。

「こんな時にもチナ様ですか?一刻を争う一大事なんですよ?」

「チナは、僕の未来の花嫁だ。一緒に話を聞く。」

「何を言っているんですか!この状況で!」

イマードさんはかなり苛立っていた。

「一体、何があった。イマード。」

するとイマードさんは、チラッと私を見た。

「いいのですか?チナ様もいる前で。」

「ああ。言ってくれ。」

アムジャドは、私の手を握ってくれた。


「お父上が、危篤です。」

「父上が!?ああ……」

アムジャドは、頭を抱え膝を地面に着いてしまった。

「アムジャド。大丈夫?」

私はアムジャドの背中を摩ってあげた。

「こうしている間に、状況は変わって行きます。早く日本を出て、国へ戻りましょう。」

「そうだな。」

ゆっくりと立ち上がったアムジャドは、私を見つめた。

「チナ。今から言う事を、ゆっくりでいいから、受け止めて欲しい。」

「は、はい!」

本当のアムジャドを、教えて貰える時がやってきたのだ。

「僕はこのまま支度をして、国へ戻る。」

「うん。」

「そしてチナには、僕と一緒に国へ来てほしい。状況によっては、直ぐに結婚式をするかもしれない。」

「えっ?お父さん、危篤なのに?」


訳分かんない。

ああ、もしかして生きているうちに、花嫁を見せたいって事?


「そうだ。その後、僕は父の跡を継がなくては。」

「お父さんの跡……」

皆の頂点に立つのね。アムジャドが。

「チナ。黙っていてごめん。」

「うん。」

「僕は、アラブの小国、モルテザー王国の王子。跡を継ぐ皇太子なんだ。」

「えっ……」

目の前が、モノクロになった。

えっ?大会社の御曹司とか、そういうのじゃないの?

「皇太子妃になると言う事は、未来の王妃になると言う事だ。苦労はさせると思う。でも俺を信じて、付いて来て欲しい。」

「待って!」

「チナ?」


未来の王妃?

それって、責任重大じゃない。

好きだからと言って、おいそれと引き受けられる地位じゃないわよ。


「待って。今、返事はできない。」

「チナ……」

「私が間違っていた。そんな大それた方だとは思っていなかった、自分が恥ずかしい。」

「チナのせいじゃないよ。僕が黙っていたからだ。」

「時間をちょうだい。」

「嫌だ。」

アムジャドは、私を抱きしめた。

「時間を与えたら、君は僕の元から去っていく。嫌だ。このまま国へ連れ去りたい。」

アムジャドの痛い気持ちが、私に流れていく。

離れたくない。

そこでイマードさんの咳払いが入った。

「それならば、今夜は一緒にお過ごしになられては?」

「イマードさん?」

「どうせ飛行機は、明日にならないと飛ばないので。チナ様も一晩考えられますし、アムジャド様も離れたくないと言う気持ちを叶えられます。」

「ああ、そうか。」

私とアムジャドは、見つめ合った。

「僕の部屋へ行こう。」

「うん。」


そして私達は、三人で学生会館に帰った。

「アムジャドの部屋は、どこなの?」

「一番上の広い部屋だよ。」

ドアを開けたら、下手すれば軽く1LDKのマンションのような部屋。

「さすが王子様ね。」

「イマードが勝手にそうしたんだ。」

靴を脱いで部屋にあがると、クローゼットとベッドのシンプルな部屋だった。

「イマードさんの部屋は?」

「隣だ。」

気が付けば、イマードさんの姿がない。

自分の部屋に帰ったのね。


そしてドアが閉められた瞬間、アムジャドは後ろから私を抱きしめた。

「ああ、チナ。今直ぐこの肌に触れたいよ。」

すると後ろから、ブラのホックが外された。

「アムジャド。早いわよ。」

「せっかく二人でいるんだ。一秒だって無駄にはしたくないよ。」

そしてアムジャドが、私の洋服を脱がした。

アムジャドの熱い手が、私の胸を包む。

「僕にちゃんと捕まっていて。」

アムジャドの舌が、私の体を這いずり回る。

「あぁ……あぁ……」

「ああ。チナの匂いがする。」

もうそれだけで、足がガクガクしてきた。

「アムジャド……続きは、ベッドがいい。」

するとアムジャドは、私を抱きかかえて、ベッドに運んでくれた。

私を見降ろすアムジャド。

その瞳は、とても優しいものだった。

「チナ、愛してる。」

「私もよ、アムジャド。」

そして私達は一つに繋がり、体温を分け合った。


二人で暮らすと言って、不動産を探し始めたのが一変、アムジャドの国で一緒に暮らすようになるかもしれない。

そして私は……

「アムジャド……私、怖い。」

「大丈夫だよ。僕が付いている。チナは何も心配する事はないよ。」

アムジャドの吐息がかかって、体が熱くなる。

この熱を感じる限り、私はアムジャドと困難を乗り越えていけると思う。

「チナ。君意外に、僕を熱くさせる女性はいないよ。」

私は夢のような世界の中で、幸せを感じていた。

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