第9話 突然の別れ①

朝起きたら、隣にアムジャドが眠っていた。

スース―と寝息を立てて、とても気持ちよさそう。

起こさないようにベッドを出ようとすると、アムジャドに後ろから抱き寄せられた。

「離さないと言っただろう?チナ。」

「お手洗いよ。直ぐに戻ってくるわ。」

「うん。」

アムジャドの腕をすり抜けて下着を履くと、アムジャドはまたベッドに横になっていた。

そんな姿を見ると、幸せな気分になる。

普段はどんな生活をしているのだろう。

皇太子って、何をするんだろう。

うーん。謎過ぎる。


トイレに行って戻って来たら、アムジャドが手を広げて待っていた。

私がベッドに戻ると、そのままアムジャドに押し倒された。

「朝も愛し合おう。」

「うん。」

せっかく履いた下着を脱がされ、私達はまた甘い世界へと、溺れて行った。

しばらくして、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「アムジャド様、チナ様。支度はもうできましたか?」

「イマードだ。」

アムジャドは急いで、ズボンを履いた。

上半身裸のまま、ドアを開ける。

「イマード、まだ支度できていないんだ。」

「これは失礼しました。ドアの外で待機しています。」

そう言って、ドアは一旦閉められた。

「チナ、今のうちに服を着て。」

「うん。」

急いで昨日着ていた服に着替えた。

アムジャドはなぜかアラブの洋服に着替える。

こうして見ると、王子様って納得できる。

「ん?」

「なんだかアムジャド、いつもよりもカッコいい。」

「いつもよりは、余計だろ?」

私は微笑んだ。

「そうね。いつもカッコいいものね。」

そう言って、荷物を持って、ドアの外に出た。


そしてドアの外で待っていたイマードさんも、アラブ風の服装をしていた。

二人並ぶと、どこか別の世界に来たみたい。

「行こうか。」

「はい。」

イマードさんがアムジャドの荷物を持つ。

「待って、アムジャド。」

「どうした?チナ。」

「私、一度家に帰って、荷物取ってこないと。」

「そうか。」

アムジャドは、私の額にキスをした。

「空港で待っている。」

「うん。」

そして私はタクシーを呼ぶと、急いでその中に乗り込んだ。


これから行く国は、どんな場所なんだろう。

豊かな国?それとも貧しい国?

どんな人達がいるの?

期待と不安でいっぱいだった。

でも、アムジャドがいるから。

私は心配しない。

アムジャドを信じて付いて行くって決めたんだから。


家に着いた私は、スーツケースにありったけの服を詰めて、蓋を閉めた。

「ええっと、パスポート。」

前に友達と海外旅行に行った時に、パスポート取得していてよかった。

スーツケースを持って階段を降りると、母親がキッチンから顔を出した。

「あら、どこか旅行?」

何も知らない顔。

胸が痛い。

「お母さん。」

本当はこのまま言った方がいいんだろうか。

「どうしたの?」

でも、一生の別れになるかもしれないよね。

「私、好きな人がいるの。」

「そう。」

「それでね。」

涙が出てくる。

このまま、母親と会えないかもと思うと。

「その人、外国人なの。」

「えっ?」

「今から一緒に、その人の国に行くの。そのまま、結婚するかもしれない。」

母親は、口をポカンと開けていた。


「ごめんね。今まで黙っていて。でも私、その人に付いていきたいの。」

涙が零れる。

お母さん、親不幸な娘でごめんなさい。

「分かったわ。」

母親は私をそっと、抱きしめてくれた。

「あなたが選んだ道なら、お母さん反対はしないわ。」

「ありがとう。」

「その代り、どこにいても元気でいるのよ。」

「うん。」

お母さんの温もり、ずっと忘れない。

「じゃあ、行ってきます。」

「気をつけてね。たまには連絡よこすのよ。」

「うん。」


そして私は振り切るように、玄関を開けて、家を出た。

青い空が広がっていた。

新しい世界。

アムジャドと切り開いていく世界。

私は、しばらく歩いて、タクシーを拾った。

ドキドキしている。

アムジャドとの二人の生活が、これから待っている。


タクシーに乗って、空港までやってきた。

スーツケースを出して、空港の中に入る。

アムジャド、どこにいるんだろう。

空港の中を、少しずつ少しずつ、歩いて行く。

「アムジャド……」

歩いては探し、探しては歩いた。

間違った。

空港のどこにいるか、聞けばよかった。


その時だった。

「チナ様。」

振り返ったら、イマードさんがいた。

「イマードさん!!」

助かった。

イマードさんが見つかったなら、アムジャドもいるはず。

「アムジャドはどこ?どこにいるの?」

「アムジャト様は、今頃空の上です。」

「えっ……」

時が止まった気がした。

アムジャドが、私を待たずに離陸した?

どうして?


「なぜ先に行ったの?」

イマードさんは答えない。

「どうして!?」

涙が浮かんだ。

私を愛してると言ったアムジャドが、何も言わずに私を置いていくはずがない。

「騙したのね。」

「何でしょう。私には身に覚えがありません。」

「嘘!」

私はイマードさんの頬を叩いた。

「こんな短い時間で、ジェット機が飛ぶなんて有り得ない!どこか別の場所にいるんでしょ!?」

「落ち着いて下さい、チナ様。」

「嫌よ!アムジャドはどこにいるの!?」

周りの人が、私とイマードさんを見て行く。

「チナ様!!」

私の体がビクッとなった。


「落ち着いて下さいと、言っているでしょう!」

イマードさんは、私の肩を掴んだ。

「……アムジャド様は、あの後直ぐ、プライベートジェットで、国へ帰って頂きました。」

「プライベートジェット……」

一般庶民には、思いもつかなかった。

「アムジャドには、私がいない事をなんて説明しているの?」

「……後の飛行機で追いつくと言ってあります。」

「そうなの。」


ほっとした。

後で会えると思うなら、安心する。

アムジャド、待っていて!

私は、両手をぎゅっと握った。



「ですが、チナ様には引き返して頂きます。」

「なっ!」

私は首を横に激しく振った。

「どうして?引き返すってどう言う事?アムジャドの側には、行けないの?」

「よく考えて下さい。日本から我が国への直行便はありません。いくつも乗り換えていく費用が、あなたにはありますか?」

私は一歩後ろに下がった。

「それは……」

「アムジャド様が負担すると思っていたのですか?」

よく考えれば、虫のいい話だ。

じゃあ、最初から私は、アムジャドに付いていけなかった?


「チナ様。アムジャド様は、皇太子殿下であらせられます。」

「知っているわ。」

「気安く付き合える方ではありません。」

「分かってる!」

「分かっていません!!」

イマードさんと私は、睨み合った。

「失礼ですが、チナ様は我が国の王妃に、相応しくありません。」

「どうしてよ!」

「日本人だからです。」

胸にグサッと刺さった。

国際結婚の障害?

王妃は、その国の人じゃないとダメだって言うの?

「……じゃあ、妾だったらいいって事?」

「それを勧めましたが、アムジャド様が、それをお許しにはなりませんでした。」


アムジャド……

私の事、王妃にしてくれるっていう気持ち、本当だったのね。

ああ、なんであの時、真っすぐにうんって答えなかったんだろう。


「そうなったら、チナ様に諦めてもらうしかありません。」

イマードさんは、胸のポケットから分厚い封筒を取り出した。

「国王陛下からです。」

「なに?」

「お金が入っています。」

「手切れ金って事!?」

「平たく言えば、そうです。」

私はその封筒を手に取って、床に投げつけた。

「そんなモノ、受け取れる訳ないじゃない!」

イマードさんは、床に落ちた封筒を拾い上げた。

「お気持ちは、察します。」

そう言って、イマードさんは背中を向けた。

「待って!もうアムジャドとは会えないの?」

それでもイマードさんは止まってくれない。

「ねえ、お願い。アムジャドと会わせて!」

その声も虚しく、イマードさんは行ってしまった。

私は、床に膝を着いて、泣き崩れた。

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