第6話 婚約者②

「それがどうした?」

「結婚できないと言うのに、ここまで惚れさせるのは、罪深い事です。」

胸が痛くなった。

結婚できない?どういう事?

アムジャドは、ずっと一緒にいるって、側から離れないでくれって言ってくれたのに。

「結婚はする。チナは、俺の未来の花嫁だ。」

ジャミレトさんは、ちらっとアムジャドを見ると、また私をじーっと見た。

「あなたも、同じように思っているの?」

「えっ?」

何て答えればいいの?

結婚!?アムジャドと!?

急に国際結婚の話?


「チナ。正直に答えてくれ。」

「アムジャド……」

アムジャドに繋がれた手が、彼のぬくもりを伝えてくれる。

「ジャミレトさん。私まだ学生で、今は勉強しか考えられないけれど……」

でも、ずっと遠くにある未来の中でも、アムジャドと一緒にいたい。

「……私の身にどんな世界が迷い込んだとしても、アムジャドと一緒にそれを乗り越えたいと、思っています。」

「回りくどいいい方ね。それは、将来アムジャド様と結婚したいって言う事?」

「はい!」

自信を持って言った。

私はアムジャドの為に、強くなるんだから。


「そう。お互い、結婚したいと思っているのね。」

「ああ、そうだ。」

繋いだ手が熱くなって、アムジャドを見ると、顔がほんの少し赤くなっていた。

「では、私はどうなるのでしょう。アムジャド様。」

アムジャドとジャミレトさんは、見つめ合った。

「君には申し訳ないが、婚約を破棄したい。」

私は、目を大きくした。

「婚約!?」

アムジャドと結婚を約束しているの?

「そうよ。私がアムジャド様の婚約者よ。お互いの家が認めるね。」

「そんな……」

血の気が引いていくような気がした。

お互いの家が認めている婚約者だなんて、どう考えても、私に勝てる訳ないじゃない。


「チナ……違うんだ。」

「何が違うと言うの?」

「彼女は、親が決めた婚約者だ。僕が選んだ訳じゃない。」

「それでも!」

私の頭の中は、もうグチャグチャだった。

「アムジャドのご両親は、ジャミレトさんがいる限り、私を受け入れてくれないわ!」

「チナ!」

大きな声を出したアムジャドは、頭を押さえた。

それをジャミレトさんが、支える。

「チナさん。あまりアムジャド様を、興奮させないでくれる?」

「あっ……」

「そう言うところが、あなたが選ばれない理由なのよ。」

その言葉が胸にグサッと刺さって、私は病室を出て行った。


「チナ!チナ!!」

後ろから、アムジャドの呼ぶ声が聞こえる。

ごめんなさい、アムジャド。

私、強くなるって、誓ったのに。


廊下を茫然と歩いて、2階の待合室に座っていると、目の前にイマードさんが現れた。

「……何ですか?また説教ですか?」

「いいえ。あなたが戻って来ないと、アムジャド様が落ち着いて下さらないんですよ。ここは一旦、病室に戻ってくれますか?」

「私じゃなくても、ジャミレトさんがいるわ。」

「アムジャド様も言ったでしょう。ジャミレト様は、親が決めた婚約者だと。」

胸が苦しくなる。

「今は……放っておいてください。」

「はぁー。またですか。」

イマードさんのその呆れた言葉に、私は彼を睨みつけた。

「だからジャミレト様にも、隙をつかれるんですよ。」

「悪かったわね。」

「ここで自分を抑えて、アムジャド様の元に戻られないのなら、あなたやっぱり、恋人失格だ。」


私は立ち上がった。

「分かったわよ。行くわよ。」

「まずは、あなたが落ち着いてからですね。」

そう言ってイマードさんは、病室に向かって行ってしまった。

頭にくる。

でも、イマードさんの言う通りだ。

きっとアムジャドは、社長さんや御曹司さんとか呼ばれる人達の中でも、上の人なんだわ。

そうでなければ、親が婚約者を決めるだなんて、有り得ないもの。

そんなアムジャドを、今の私のままで、支える事ができる?

ううん。支える事なんてできない。

もっともっと、強くならなきゃ。

「よし!何を言われても、受けて立ってやろうじゃないの。」


私は深呼吸をすると、アムジャドの病室に再び戻った。

そこにはもう、ジャミレトさんの姿はなかった。

「ジャミレトさんは?」

「もう帰ったよ。」

アムジャドは私を見ながら、微笑んでいた。

「チナ。側に来てくれ。」

アムジャドに吸寄せられるようにして、私はアムジャドの手を握った。

「ごめん、チナ。驚かせてしまったね。」

「ううん。私の方こそごめん。大きな声を出してしまって。」

ああ、なんだかアムジャドの顔を見ていると、心が落ち着く。

「チナが病室を出て行った後、僕は寂しさに襲われて、何て事をしてしまったのだと、自分を責めたよ。」

「アムジャド……そんな……」

「チナ。チナだけなんだ。僕が自分自身で選んだのは。」

涙が出そうになった。


こんなにも、私の事を愛してくれる人なんて、他にいるかしら。

「アムジャド。私ね、あなたの側にいられるように、もっと強くなりたいと思った。」

「ああ。」

「でもまだ、足りなかったみたい。婚約者がいるぐらいで、慌てたり大きな声を出したり。」

「当たり前だよ。相手を愛しているなら、当然の行動だ。僕は今回のチナを見て、本当に僕の事を愛してくれているんだと、確信したよ。」

「アムジャド!」

私はアムジャドを抱きしめた。

「ああ、チナ。今直ぐにでも、君を抱きたいよ。」

「私も、アムジャドに抱かれたい。」

その時だった。

イマードさんが、咳払いをした。

「お二人共、ここがどこだか、分かっているのですか。」

「ごめん、イマード。」

アムジャドはクスクス笑っていたけれど、私は顔を真っ赤にしていた。


そんな中で月日は流れ、アムジャドの退院の日がやってきた。

「おめでとうございます、アムジャドさん。」

「また遊びに来てね。」

「待ってますから。」

この短い入院期間中に、アムジャドはすっかり看護師の中で、アイドルになっていた。

「みんな、ありがとう。じゃあ。」

私とアムジャドは、タクシー乗り場に行こうとした。

その時、黒い大きな車が、私達の前に停まった。

「アムジャド様。」

中からはイマードさんが出て来た。

「さあさあ、お乗り下さい。」

イマードさんは、私が持っている荷物を奪って、アムジャドを車の中に入れようとした。

「チナも乗れ。」

アムジャドにそう言われ、ほっとしたのもつかの間。

車の中には、ジャミレトさんも乗っていたからだ。


「チナさん。あなたって、いつでも私の邪魔をするのね。」

ジャミレトさんは、この前の一件で、私を嫌っているらしい。

「大体あなた、私達が来なかったら、どうやって帰っていたの?」

「どうやって……タクシーで。」

「タクシー!?」

ジャミレトさんは、わざと大きな声を出した。

「アムジャド様を普通のタクシーに乗せるだなんて、何かあったらどうする気?」

「ジャミレト。いいんだ。」

アムジャドに言われ、ジャミレトさんは私に意見を言うのを止めた。

イマードさんが言うのは、こう言う事なんだ。

自分の意見を我慢して、アムジャドの言う事に従う。

ジャミレトさんは、それが出来る人。

じゃあ、私は?

自分の意見を我慢してまで、アムジャドに従う事なんて、できるのかしら。


車はあっという間に、学生会館に着いた。

「ありがとう、ジャミレト。」

「いいえ。アムジャド様の元気になられたお姿を拝見して、私もやっと帰国できます。」

「両親には、チナの事。まだ黙っていてくれ。」

「……分かりました。」

そうか。私の事はまだご両親に内緒なんだね。

ちょっと寂しい。

「チナさん。」

「はい?」

ジャミレトさんは、会った時と同じように、無表情で私を見つめた。

「日本にいる間、アムジャド様をお願いします。」

「は、はい!」

私はこの時、自分が認められた気がして、嬉しかった。

「今度は、私達の国でお会いしましょう。勝負はそこからよ。」

「えっ……」

車のドアがバタンと閉まり、ジャミレトさんは行ってしまった。

「勝負?えっ?」

そんな私をアムジャドは、笑って見ていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る