第26話 女の戦い②
「でもこうして、僕の為に頑張ってくれているチナが愛おしいよ。」
「アムジャド……」
こうしてぎゅっと抱きしめられると、愛されている気がするの。
そう思うと、もっと頑張ろうと思う。
「見ててね、アムジャド。本番では、悩ましいくらいにアムジャドを誘うダンスをしてみせるわ。」
「それは楽しみだ。」
そして私達は、向かい合って眠りについた。
「明日もいい日になれば、いいなぁ。」
「なるよ。僕が保証する。」
見つめ合う瞳の中に、私の姿が映る。
好きな人と一緒にいる。
そんな幸せを噛み締めながら、私はその夜、アムジャドの腕の中で眠りについた。
アムジャド。
私、あなたのパートナーに相応しい女になるように、仕事も踊りも頑張るわ。
そして迎えた1か月後。
私とジャミレトさんは、それぞれ踊りの衣装を着て、大広間に集まった。
全身スケスケの衣装。
露出の高い衣装よりも、見えそうで見えないところが、恥ずかしい。
「チナ。心の準備はできて?」
「ええ。」
「じゃあ、最初と最後、どちらを選ぶ?」
ジャミレトさんは、ものすごく余裕だ。
たぶん最初でも最後でも、完璧に踊れるだろう。
「最初の方がいいわ。」
最後の方が、最初の人と比べられて審査されてしまうけれど、最初の方が比べる人がいなくて、良い印象を与えられるかもしれないから。
「分かったわ。じゃあ、用意して。」
私は大広間の中心に立った。
横にはジャミレトさん。
真正面には、アムジャドが見つめている。
アムジャドに一礼すると、音楽が流れて来た。
私は最初のポーズを決め、音楽に合わせて踊りだした。
始まったからには、サヘルに教えてもらった通りに踊るしかない。
でもその激しい踊りに、練習の時と同様に、ふらついてしまう。
するとジャミレトさん側の女中達の間から、クスクス笑い声が聞こえる。
ダメ。気になって、踊りどころじゃないよ。
ふとアムジャドを見ると、口パクで”頑張れ”と言っている。
私は小さく頷くと、サヘルの言う通り腰をくねらせ、アムジャドに挑戦的な視線を送った。
やがて音楽が終わり、慌てて決めのポーズをとる。
薄い拍手が送られ、私は頭を下げて、サヘルの元へ戻った。
「よく最後まで踊り切りました。」
「なんとかだよ。全然ダメだった。」
そして立ち替わり、ジャミレトさんが中央に立つ。
やがて音楽が流れ、ジャミレトさんは踊り始めた。
その優雅な踊りに、大広間にいる誰もが魅了された。
とにかく綺麗。激しい動きにもブレず、しなやかで見ている者は圧倒された。
そして踊りが終わると、拍手喝采が起こった。
「さすがジャミレト様!」
「モルテザー王国一の踊り手でございます!」
ジャミレトさん側の女中達は、これ見よがしに主人を称えた。
「すごい……」
私が茫然としているのに、サヘルは冷静だった。
「ジャミレト様、本気を出してきましたね。」
「うん。圧倒された。」
「実はジャミレト様は、モルテザー王国の大会で、優勝されております。」
私の膝はガクッとなった。
「なんでそれ、今まで黙ってたの!」
「プレッシャーになるでしょう。そんなの関係なく、頑張ってほしいからですよ。」
「そりゃあ、そうだけど……」
そして勝負の結果は……
当然皆、ジャミレトさんを押していた。
アムジャドも頷いている。
「勝者はジャミレト様!」
ジャミレトさん側の女中達は、勝った勝ったと喜んでいる。
するとジャミレトさんは、アムジャドの前に座り込んだ。
「恐れながら、勝者である私の願いを聞き届けて頂けますか?」
「何だ?」
「三日三晩、私の部屋に通って頂きとうございます。」
えっ!?
三日三晩!?
それって、アムジャドを独り占めするって事じゃない!?
自分で独り占めするのは良くないって言っておきながら、何それ!
「……いいだろう。」
アムジャドの答えに、頭がゴーンと鳴る。
承諾しちゃうんだ、アムジャド。
これで私は、三日間一人寝決定。
部屋に戻ってきた私は、遅れてやって来た怒りに、ワナワナと震えてきた。
「大体、大会で優勝するなんて、自分が大得意の踊りで勝負したんじゃん。最初から自分が勝つって思っていたんでしょう!?」
私は枕にパンチをくわえた。
「では、チナ様は何かの大会で優勝した事は?」
「……ない。」
サヘルは、ため息をついた。
「それでは仕方ありませんね。」
「だって、小さい時から医者になる為に勉強ばっかしてたんだもん。」
「左様ですね。お医者様になるには、それくらいの努力をしなければなりませんね。」
でも負けたままでいるのは、なんだか悔しい。
「もう一度、ジャミレトさんと勝負するわ。」
「まあ!何で勝負を?」
「料理よ。」
サヘルは、目をパチパチさせる。
「……チナ様、料理のご経験は?」
「あるわ!前にモルテザー王国に来た時は、皆の朝食と昼食を作っていた。」
「それでお味の方は。」
「分からないけれど、皆残さないで食べてくれたよ。」
サヘルは厳しい顔をする。
「それで、何のお料理で勝負するのですか?ちなみにジャミレト様は料理の大会でも、入賞されております。」
私はベッドに倒れ込んだ。
「何なの?ジャミレトさん。踊りは上手いわ、料理も上手いわ、後何ができるの?」
「フルートも弾けます。」
「それも大会で成績を残しているとか?」
「はい。準優勝されております。」
もう、ジャミレトさんには敵わないよ。
「さあ、元気をお出しください。よいではないですか。お料理の勝負。」
「だって、何で勝負するの?」
「それこそ、チナ様が得意な物を。」
「うーん……」
私はハッとした。
「これだったら、いけるかもしれない。」
私は早速、ジャミレトさんに料理の勝負を伝えた。
「いいわよ。」
ジャミレトさんはあっさり承諾。
「勝負は三日後ね。」
そう言って彼女は、自分の部屋に戻って行った。
今日から三日間、アムジャドはジャミレトさんの部屋に通う。
アムジャドの事だから、手はつけないと思うけれど、彼女の踊りを見て、考えが変わったりして。
「はぁ……」
「何ですか。ため息なんてついて。」
サヘルが私の背中を叩いた。
「さあ。何を作るんです?私でよければ、味見致しますよ。」
「ふふふ。実は秘密兵器があるんだ。」
私はサヘルに、ある物を頼んだ。
そして三日後。
また大広間に、私とジャミレトさんが集った。
「ではまず、前回勝者のジャミレト様から。」
出て来たのは、チョコレートのデザートだった。
「アムジャド皇太子は、小さい時からチョコレートがお好きでしたね。今回は、チョコレートのプリンを作ってみました。」
アムジャドは一口食べると、”美味しい”と呟いた。
「デザートは、食べるとその甘さで幸せな気持ちにさせてくれます。これからも、アムジャド皇太子の為に、手作りのデザートを差し上げます。」
ここでもジャミレトさんは、拍手喝采を浴びた。
「次は、チナ様。」
「はい。」
立ち上がった私の元に運ばれて来たのは、日本のお粥だった。
それをアムジャドに渡すと、不思議な顔をしていた。
「これは……」
アムジャドはスプーンを握ると、夢中でお粥を口に運んだ。
「懐かしい……日本で身体を壊した時、これを食べて元気が出た。」
次から次へとお粥をかき込むアムジャドを見て、ジャミレトさんは茫然としている。
「皇太子、勝者は?」
「勿論、チナだ。」
そして私達の女中達がやったやったと騒ぎ立てた。
「チナ様。勝ったご褒美に、何か望みはありますか?」
「いいえ。何も望みません。今のままで十分に幸せだから。」
そう言うとアムジャドが、私の元へやってきて、私を抱きかかえた。
「チナ、ありがとう。」
そしてアムジャドは、おでこにキスをしてくれた。
それを見たジャミレトさんは、怒って大広間を出て行ってしまった。
「僕を元気にする食べ物か。お粥もいいが、チナと一緒にいるのが、一番元気になる。」
その言葉が、私にとって一番のご褒美だった。
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