第27話 初恋なの①

ジャミレトさんとの勝負の行方は、国王の耳にも入っていたようだ。

「ああ、疲れた。」

仕事が終わって、自分で肩を揉んでいたところに、人だかりが見えた。

「チナさん。お久しぶり。」

「国王!」

私は急いで立ち上がって、頭を下げた。

「医者の仕事はどうだ?上手くいっているか?」

「はい。何とか。」

まさか国王に直々声を掛けて貰えるなんて、思ってもみなかった。

あの会食の一件以来、顔を合わせていないけれど、また何か言われるのかな。

「アムジャドに、新しい制度を提案したそうだな。」

「えっ?」

「日本にある、確か保険制度だと言っていた。」

私は、顔を出て押さえた。

アムジャド、早速あの事議論してくれたんだ。

「いい身分だ。」

一瞬、身体が固まった。

「それはどう言う事でしょうか。」

「一般庶民が皇太子に意見を言うなど、もっての外だ。」

「そんな!私はただ……」

「ただ何だ。この国の為を思ってとか言い出すのか。」

言葉もなかった。

確かにちょっと前に来た外国人に、自分の国の事を変えられたくないだろう。


「……申し訳ありませんでした。」

「分かればいい。」

国王が去った後、私は自分の部屋のベッドに寝転んだ。

自分が良かれと思った事が、返ってでしゃばりだと言われる。

世の中そんなものだ。

余計な事は言わない方がいいし、しない方がいい。

でも、本当にそれでいいの?

心臓の病を抱えたあの女の子の顔が浮かぶ。

最近、顔色が悪くなってきた。

また病状が悪化しているんだろう。

「死ぬのを待つだけの人生しか、この国にはないの?」

私はベッドのシーツを、ぐしゃっと握った。


その時だった。

仕事を終えたアムジャドが、部屋に来てくれた。

「チナ。何かあったのか?」

私はゆっくりと身体を起こした。

「今日、国王に話しかけられたわ。」

「父王に?」

アムジャドは、私の隣に腰を降ろした。

「何か言われたのか?」

「いい身分だなって、言われた。」

アムジャドは首を傾げた。

「どういう意味だ?」

「一般庶民が、皇太子に意見を言うなんてって。」

アムジャドは、私を抱き寄せてくれた。

「ごめん、チナ。父王はこの国を守りたいだけなんだ。新しい法律にも、あまり興味はないらしい。先代の王から受け継いだこの国を無事、この僕に渡す事だけを考えているんだ。」

その考えも、決して間違っていないと思う。

国王にも信頼されているアムジャド。

皇太子として、これほど適任の人は、他にいないと思う。


「アムジャドは、どんな国にしていきたいの?」

「僕は、今よりもいい暮らしを、国民に与えられる王になりたい。その為には、新しい物も積極的に受け入れていくべきなんだ。」

まるで考えが違う国王と皇太子。

でも私は、アムジャドのそういう考えも好き。

やっぱりこの人と一緒にいたいと思う。

「それにチナはもう一般庶民じゃない。僕のお妃になる人だ。例え国王であっても、その事を認めて貰わないと。」

「無理はしないで。国王と喧嘩するのだけは、止めて。」

するとアムジャドは、私の頬にキスをしてくれた。

「言ったろう。僕はチナと一緒にいる為に、最大限の努力をすると。相手が国王だとしても、それは変わらない。」

「アムジャド。」

「チナだって、僕と一緒にいる為にジャミレトと勝負してくれたんだ。僕だって勝負するよ。」

私はアムジャドを抱きしめた。


ただ。ただ、この人と一緒にいたい。

誰もそれを邪魔しないでほしい。

ただ静かに、この恋を守りたい。

それだけじゃ、駄目なんだろうか。


「チナ。泣いてる?」

「ううん。」

「嘘だ。涙が零れているよ。」

アムジャドが私の涙を拭ってくれた。

「何が悲しいの?」

「ん?」

アムジャドは、私の気持ちを分かってくれる。

「私、アムジャドと静かに暮らしたい。」

するとアムジャドの唇が、私の唇と重なった。

「暮らせるさ。子供も生まれて、僕達は幸せに暮らすんだ。」

「うん。」

「さあ。泣くのはもう止めて、僕と一緒に眠りにつこう。」

「そうね。」

そして私達は、ベッドに横になった。

「おいで、チナ。」

腕枕をしてくれるアムジャドの胸に、顔を埋めた。

「チナ。ごめん。やっぱり君を抱かずに、眠りにつくなんてできない。」

アムジャドは腕をするりと私の首から外すと、上から見ろした。

「今日も綺麗だ。チナ。」

その言葉をきっかけに、身にまとっている衣服を脱がされ、体中にキスをされた。

「もう濡れている。もう欲しい?」

「欲しいわ。アムジャドが。」

そしてその夜も、私はアムジャドに溺れていた。

ここに来てから、私はずっとアムジャドに溺れている。

甘いキス、甘美な言葉、そして熱く抱いてくれることに。

「アムジャド。私もう、あなたなしでは生きていけない。」

「何を言ってる。僕もそうだ。チナがいないと生きた心地がしない。」


ああ、どうか。

この幸せが、長く続きますように。


そんな時、国王の体調が優れないという話を聞いた。

「ねえ、サヘル。こういう時って、お見舞いに行っても、いいのかしら。」

「ええ。そうしましょう。国王も喜びます。」

私は安堵の声を漏らした。

この前、一般庶民がって言われたから、気軽に会いに行く事も躊躇っていた。

でも今回は、サヘルが付いているから、大丈夫だよね。

そして私は、仕事へ行く前に、国王のお見舞いに訪れた。

「おお、チナ。」

国王は機嫌がよかったのか、私をあっさりと受け入れてくれた。

「これから、仕事なのか?」

「はい。」

「いつも病気の患者を治してくれて、心から感謝している。」

私は微笑んだけれど、下を向いた。

「治る病気の人は、ここではまだ幸せな方です。日本では治るかもしれない病気でも、この国ではただ死を待つばかりの人もいます。」

「そうか。我が国の医療は、そんなに遅れているのか。」

また、一般庶民が口を出してと言われるかな。

「ところでチナ。」

「はい。」

「もし、アムジャドと結婚をしたら、故郷はどうする気だ?」


結婚したら?

なぜかドキドキしてきた。


「アムジャドと一緒に、この国で暮らします。医者という仕事もありますし。」

「そうか。そうか。」

国王は、気弱になっているんじゃないか。

何となく、そう思った。

「子供は欲しいか?」

「はい。できるならば。」

その答えに返事はなく、国王はじーっと私を見つめていた。

「子供が生まれれば、仕事は難しくなるぞ。」

「はい……」


そうよね。子供を育てながら仕事をするなんて。

日本でも大変だと言うのに。

まして家族や親戚のいないこの国で、育てていけるのだろうか。


「何を仰います、国王。チナ様には、私達がついております。」

サヘルが、私の肩を掴んでくれた。

「チナ様のお子様は、国の宝。このサヘルが責任を持って、お育てしましょう。」

「サヘル……」

さすがアラブの母だと思って下さいと、言ってくれただけの事はある。

「そうだな。サヘルがいれば、仕事を抱えながらでも、子供を育てられるかもしれないな。」

国王は、しみじみと仰る。

「チナ。」

「は、はい。」

「跡継ぎを産んでくれないか。」

体中がドクンと、波打った。

「どうだ?跡継ぎを産めるか?」

「もちろん、アムジャドに似た男の子は欲しいですけど、こればかりは……」

「正直な娘だな。」


ようやく国王にも、笑顔が戻った。

「ジャミレトに同じ事を問うたら、”任せて下さい”と言っておったぞ。」

その様子が、頭に浮かぶ。

ジャミレトさん、すごい喜んだだろうなぁ。

「いづれにしても、アムジャドが選んだ人が、この国の王妃だ。王妃になれば、跡継ぎを産んでもらわねば困る。」

「はい。」

「もう仕事の時間だろう。気を付けて行ってきなさい。」

「ありがとうございます。」

私は国王に頭を下げて、その部屋から廊下に出た。


「チナ様。やりましたね。」

サヘルは喜んでいる。

「あんなに外国の王妃など認めないと仰っていた国王が、今度は跡継ぎを産んでくれなんて。チナ様を王妃候補として、認めてくれたと言う事ですよ。」

「うん。そうね。」

でもなぜだろう。肩が重くなった。

「では今日も、お仕事に励みなさいませ。」

サヘルに見送られ、私は村へのバスに乗り込んだ。


1時間があっという間に過ぎて、バスから降りた。

子供達が道端で遊んでいる。

私とアムジャドの間にも、子供が生まれて、その子供は日本人の血が流れていながら、この国の王になるかもしれない。

それをこの国の人は、受け入れてくれるのだろうか。


「おはよう、千奈ちゃん。」

「おはようございます、津田先生。」

挨拶をすると、津田先生が私を見て、微笑んでくれた。

「今日はまたやけに、重い荷物を背負っているね。」

「そうですか?」

朝、国王にあんな事を言われたせいだ。

「俺でよかったら、相談に乗るよ。」

「そうですか?」

思い切って言っちゃおうかなと思っていたところに、子供達がワイワイやってきた。

「先生、風邪引いた。」

「僕も。」

「私も。」

「ええ?そんなに?」

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