第4話 困るんだ②

そんなある日の事だった。

いつもの待ち合わせ場所で、アムジャドを待っていた。

でも、5分経っても来ない。

「いつも遅刻ね。アムジャドは。」

この待っている時間でさえ、あなたを想っているなんて、アムジャドは気づいているのかしら。

すると目の前に、誰かの足が。

「アム……」

顔を上げると、そこにいたのは、イマードさんだった。


「イマードさん。」

「チナさん。少し話てもいいですか?」

「あっ……」

私は時計を見た。

いつアムジャドが来てもおかしくない。

「私、アムジャドと待ち合わせしているんです。また今度でもいいですか?」

「大丈夫です。直ぐに終わりますから。」

私は首を傾げた。

「どういう事?」

「アムジャドの事です。」

イマードさんは、眼鏡を顔に押し当てた。


「これ以上、アムジャドに近づかないで下さい。」

胸がチクッとした。

「どうして?」

「アムジャドは、人に優しすぎる。その優しさをはき違えて、女性は数多寄って来る。はっきり言って、彼は迷惑しているんです。」

私はイマードさんを睨みつけた。

「あなたに言われる必要はないわ。」

「ほう……」

イマードさんが、私を冷たい視線で見下ろす。

「私とアムジャドは、愛し合っているの。誰も引き裂けないわ。」

「なるほど。」


イマードさんは、眼鏡を外した。

「その気持ちが、邪魔だと言っているんだ。」

さっきよりも、冷たい視線。

まるで殺気まで帯びているようだ。

「日本の女性は、外国人だと聞くと、喜んで寄って来る。中には体も差し出す人もいる。」

胸がズキッとなった。

「まさか、アムジャド……私以外にも彼女がいるの?」

イマードさんは、黙っている。

「教えてよ!」

「そう思う事自体、おこがましいんじゃないか?」

「えっ?」

私はイマードさんを見つめた。

「なに?どう言う事……」


その時だった。

「イマード!」

待ち合わせに来たアムジャドが、私の前に来た。

「何を言ったんだ。イマード。」

「何も。」

アムジャドとイマードさんの間に、風が吹く。

「嘘だ。何も言わなかったら、チナがこんな……血の気を引いた顔をしていない。」

するとイマードさんは、フッと笑った。

「そんなに、この女性が大切ですか。」

「大切だ。今まで出会った女性の中で、一番大切だ。」

「今まで出会った女性の中でね。」

イマードさんはそう言うと、笑っていた。

「それでは、今まで出会った女性は、どうする気ですか?」

「やめろ!イマード!」


アムジャドとイマードさんが、対立している。

私のせいで。

「あの……落ち着いて、二人共。」

アムジャドがハッとする。

「ごめん、チナ。大きな声を出して。」

「ううん。」

アムジャドは、イマードさんの前だと言うのに、私を抱きしめてくれた。

「アムジャド様。」

私は一瞬、息を止めた。


アムジャド”様”?


イマードさんが、友人のアムジャドを、”アムジャド様”と呼んだ?

「今までの女性が、アムジャド様に大切な女性ができたと知ったら、何をしでかすか分かりません。」

「何が言いたい。」

「チナ様を、危険にさらすことになります!」

私の事も千奈様?

一体どういう事?

「今までの女性は、僕が選んだ者ではない。チナだけなんだ。僕自身で選んだ女性は。」

「……分かりました。あくまで日本だけでのお付き合いなら、目を瞑りましょう。」

「イマード……」


私を抱きしめるアムジャドの力が強くなる。

「彼女は、日本にいる時だけの恋人じゃない。国へ連れて帰る。」

「アムジャド様!」

「反対するのは分かる。だが、どうか私の気持ちも分かってほしい。チナは特別なんだ。未来の花嫁にしたいんだ。」

「許されません!」

また二人が喧嘩をしている。

これで二度目。

「もう、喧嘩は止めて。アムジャドとイマードさんの主張は、分かったわ。」

私はアムジャドから離れた。

「しばらくアムジャドは、日本にいるんでしょう?その間は、目を瞑ってくれるってイマードさんは、言っているんだから。」


「チナはそれでいいのか!」

初めてアムジャドに、大きな声を出された。

「……ごめん。出会ったばかりで、気持ちが付いてこれないのは、分かるんだ。」

「そんな事ない。私だって、アムジャドがどこにいても、一緒にいたいよ。でもイマードさんがここまで言うのって、何か理由があるんじゃないの?」

アムジャドは、手で顔を押さえて、顔を横に振った。

「アムジャド?」

「ごめん。今は、ごめんしか言えない。」

きっとアムジャドには秘密があって、それは私に言えない事なのね。

「ううん。気にしないで。今は、アムジャドと一緒にいられれば、それでいいから。」

「チナ……」

ふと隣を見ると、イマードさんが消えていた。

「……アムジャド。イマードさんは、ただの友人?」


アムジャドは、黙っていた。

「アムジャド。あなたに秘密があるのは分かるけれど、その本の一部でも、教えてくれない?」

そう言った時のアムジャドは、苦しい顔をしていた。

「教えられないんだ。父上との約束で。」

「父上?」

今時お父さんの事を、父上と呼ぶだなんて。

もしかしてアムジャドは、偉い人の息子さんなのかな。

一流企業の御曹司とか?


「じゃあ、いつ教えてもらえるの?」

「帰国したら。」

アムジャドは、少し泣きながら微笑んで見せた。

「チナと一緒に国へ戻ったら、何もかも洗いざらい話すよ。」

「うん。約束よ。」

私は、小指を差し出した。

「なに?」

「指切り。」

私はアムジャドの小指に、自分の小指を絡ませた。

「指切りげんまん、お国に戻ったら、何もかも教えてくーれる。指切った。」

「チナ……」

「あっ、これ。約束破ったら、針千本飲まなきゃいけないのよ。」


するとアムジャドは、クスッと笑った。

「それは、破れないな。チナとの約束。」

私もクスッと笑った。

「でしょう?」

私がそう言うと、アムジャドは私の両手を握った。

「僕も約束しよう。国に戻ったら、何もかも話す。」

「うん。」

「何があっても、僕がチナを守る。」

「うん。」

身体がくすぐったくなる。

「そして、一生チナだけを見つめて生きると誓う。」

そしてアムジャドは、私の額に口づけをした。

「僕の国の、約束の仕方だ。」

「ありがとう。」

私はアムジャドの両手を、握り返した。

「約束を破ったら、どうなるの?」

「その必要はない。僕は、約束を破らない。」

びっくりしちゃった。


大した自信だと言うのに、アムジャドがそう言うと、本当に思えてくる。

「アムジャド……私、あなたの事が好きなの。」

「僕もだ。チナが大好きだ。」

「私の事、離さないで。」

「ああ。絶対に離さないよ。」

私がアムジャドに寄ると、彼は私を強く抱きしめてくれた。

不安が少しずつ溶けていく。

この愛さえあれば、大丈夫。

何があっても、乗り越えられる。


「イマードさんには、何て言う?」

私はアムジャドを見上げた。

「今後チナには、何も言わないように伝えておく。」

「うん。」

アムジャドは、私の髪を撫でてくれた。

「私も……アムジャドとは離れないって、イマードさんに言うね。」

「ああ。そうしてくれ。」


私達は、愛し合っている。

それは、何にも代えがたい真実だと思った。


「今日はどこに行く?」

アムジャドは、ニコッと笑った。

「私ね。行きたいパフェのお店があるの。」

「パフェ!?」

アムジャドは、子供のように無邪気な笑顔になった。

「初めてだな。パフェを食べるのは。」

「そうなの?」

「一度食べてみたいと思っていたんだ。まさか日本で、チナと一緒に食べられるとは、思っていなかったな。」

そう言われると、私も嬉しい。

「ここを真っすぐ行った、大通りにあるのよ。」

「よし、行こう。」

私はアムジャドと手を繋ぎながら、大学のキャンパスを出た。


その時だった。

車が私の方へ向かって来た。

「危ない、チナ!」

身体を突き飛ばされ、私は前に倒れ込んだ。

「アムジャド?」

車の先には、倒れて血を流しているアムジャドがいた。

「アムジャド!」

私は急いで、彼の元へ走った。

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