第43話 凛として花は咲く

 背後からこっそり後を追っている禅、ユノ、マユラ、メルトは前方に見えるルルとラックを眺めていた。

 そして、ラックの仲間二人を含めた4人は前方からやってくる魔物に遭遇する。


 勢いよく走ってきてやってきたのは大地を響かせるような大きさの四足獣であった。

 大きさは軽々とルル達を見下ろすような5メートルもの体躯を誇りながら、凶悪ともいえる鋭い爪に、鋭く伸びた犬歯が今にもルル達を貫かんと威圧する。


「まずい! ガルバルディだ!」


「こいつって確か危険度A級の大型肉食獣じゃなかったか!?」


「ゼンさんがいない時にこんな奴に出くわすって運が悪すぎる!」


 ラックが思わず叫んだ言葉にラックの仲間が反応する。


 危険度A級の魔物というのは冒険者ギルドが定めた危険指数を与えた魔物である。

 そして、そのランクはS、A~Eとあり、Sに近いほど危険な存在と指定され、A級なんかは最低でもベテラン冒険者10人以上は必要と呼ばれている。


 ラック達は冒険者歴はそこそこあるが、このような危険度の高い魔物との戦闘回数は少ない。

 それから、ルルはというと家族を養うために冒険者になったルーキーだ。


 ルルは反応もなくただ茫然と見つめていた。

 恐怖で言葉がでないのか、それどころか感情すらも出てこないのか。それはどちらかわからないが、ルルはただその場に立ち尽くしている。


 その光景を後ろから眺めていた禅達の方でも動きがあり、ユノは慌てた様子で禅をグラグラと体をゆすりながら告げる。


「ゼンさん、さすがにあれはやばいですって! っていうか、あの魔物が来ることがわかってたならどうして言わないんですか!」


「いや、別に言うひつよぉうんがぁん~」


「ユノちゃん、落ち着いて。言葉が判別できなくなってるから」


 マユラはプチパニックを起こしているユノをなだめるとユノは一回深呼吸して落ち着きを取り戻した。

 とはいえ、完全に焦りが消えたわけではないので、禅の胸倉を掴むと問いただす。


「それでどうなんですか?」


「どうっていう必要がなかったからに決まってるだろ」


「いや、どう考えてもありますよね!?」


「いや、ゼンの言う通り。戦力は十分に足りてる。黙って見てるといい」


「メルトさんまで~」


 ユノはゼンの言葉に同意するメルトに何とも言えない顔を向けるが、信じて眺めることにした。


 そして一方のルル達の方では今にも戦闘が始まろうとしていた。


「全員、戦闘準備を取れ! ただし、それは僕たちが逃げる為の戦闘だ!」


「おう」


「わかった」


「ルルさんはいち早く戻ってゼンさんにこのことを伝えてください!」


 ラックは素早く仲間に指示を出すとルルに禅をこの場に連れてくるよう頼んだ。

 しかし、ルルはその言葉が聞こえていないのかただひたすらに眺め続ける。


「ルルさん!」


「は、はい!」


「お願いします!」


「わかりました」


 ラックはもう一度ルルに呼びかけるとルルは反応を示し、言葉に従うままに走り出した。

 そして、ラックはそれをしり目に見ると引き抜いた剣先をガルバルディに向ける。


「ガアアアアァァァァ!」


 ガルバルディは耳につんざくような咆哮を挙げた。その突然の一撃にラック達は耳を抑えて、その場にスタンさせられる。


 その隙にガルバルディは接近すると一人を前足で吹き飛ばし、もう一人を尻尾で薙ぎ払った。

 そして、突っ立っているラックに向かって大きく口を開け、鋭い牙を見せつけながら突進してくる。


「ぐっ......!」


 ガルバルディの噛みつき攻撃にラックは剣を横に向けてガードする。

 神着によるダメージを防ぐことができたが、圧倒的な巨体からの突進の勢いは殺すことができずに、踏ん張ったラックの足は地面を抉りながら後方へ滑っていく。


 その光景に見ていたユノは心配そうな声を上げ、横にいる禅の胸倉を掴んではグラグラと揺らす。

 それに対し、禅は「大丈夫だから」と言ってユノにアイアンクローしてやめさせた。


 ガルバルディの猛攻を必死に抑えていると横からガルバルディの顔面に向かって突如ルルが飛び出してきた。


「傷つけるのはやめてください!」


「グガァ!」


 ルルに強烈な左ストレートがガルバルディの頭を弾き飛ばす。それによって、ガルバルディの巨体は軽く宙に舞い、地面に叩きつけられた。


 ラックは突然体が軽くなったことで思わずしりもちをつく。するとその前に、ルルが守るように立ち尽くした。


「ルルさん......どうして」


 「戻ってきたんだ」と言葉を告げようとしたラックの言葉はルルの言葉で遮られる。いや、あえて言わせないように被らせたという方が近かかった。


「私は下の子がたくさんいて、大家族の長女なんです。だから、危険から逃げたら守れないんです。

 それに、これといってとりえもない私ですが、大切な人が危険な時に一緒に立ち向かえない女ではいたくないんです」


「......っ」


 そういうルルの姿は普段の少しオドオドした印象よりも凛としてカッコよくラックの瞳に移った。

 しかし、振り向いたルルの顔は温和な表情をしていて、そっと手を差し伸べながら尋ねた。


「ラック君、少しだけ私の言葉を聞いてくれませんか?」


「少しだけじゃなくても、全然聞くよ」


 ラックはルルに手を引っ張って立たせてもらうとルルの隣に立ち、剣を構えた。

 そして、目の前に佇むは先ほどルルが吹き飛ばしたのにもかかわらず、未だピンピンしているガルバルディの姿。


 その巨大な魔物に対し、2人は息を揃えて告げた。


「それじゃあ、行こうか」


「それでは、行きましょうか」

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