第25話 たとえ他人の技でも決まると気持ちいい
「なんでてめぇがこんな所にいるんだ!」
「いやまあ、成り行きで?」
目の前にいる男がメルトのターゲットだとわかったゲイザーは単身でここに突っ込んでくる禅に思わず驚愕した。
しかし、これまでの人生経験がすぐに活かされたようにこの場の状況を理解していく。
つまり、メルトは任務に失敗して情報を吐き出したか、あるいは―――――
「って、いうかいい加減に放せよ!」
「いや、握手はしっかりしなさいって母ちゃんに言われたから」
「その年でまだ言いつけ守ってるのか!? 偉いっていうかただのマザコンか!?」
「バカちげぇよ! どう考えてもここで放したら、俺が危ないでしょうが!」
「近距離でやりあえば負けねぇってか!......つーか、力つえぇ。全然放れねぇ。だがな、近距離戦でそう簡単に俺が殺れると思うなよ! むしろ、殺るのは俺だ!」
「!」
ゲイザーはもう片方の手で腰に差してあった短剣を引き抜くとすぐさま禅の首を掻き切ろうと動かした。
しかし、禅が咄嗟にその手を掴んだので、届くことはない。
「っ!」
短剣が届かないとわかれば、ゲイザーはすぐに腹部に蹴りを入れて吹き飛ばした。そして、自身はすぐに距離を取る。
バランスを崩した禅はそのままゴロゴロと転がっていき腹部を蹴られたことよりも、転がって瓦礫に後頭部をぶつけたことに痛がった。
「ゼンさん、大丈夫ですか!?」
するとその時、ユノ、マユラ、メルトが扉を開けて勢いよく飛び出してきた。
ユノは一応心配していたようで(というか、自分のせいでこうなったので罪悪感を感じて)声をかけた。
そして、相変わらずの丈夫さのようで安心するとホッと息を吐く。
「メルト、やはりお前の企みだったか」
ゲイザーはメルトにギロッとした視線を向けると問い詰めるように言葉を吐いた。
いや、その目は問い詰めたとしても、結局殺すことには変わりないと言ったような目で殺意が宿っている。
メルトはため息を吐くと答えた。
「私はただ自分の生きるためにこの道に進んだだけ。この道を歩いたのはこれしか選択肢がなかったから。でも、もうその必要はない。幸いこの組織から盗める技術は全て盗んだし、だからこの仕事を続ける必要はないと思ったから。今回の仕事でそのケリをつけようと思っただけ」
「まあ、こうでもしない限り俺達は確かに止まらねぇな」
「だから、私が雇った」
「「「!」」」
禅、ユノ、マユラの三人は驚いた。それはメルトがまるで自分が仕向けたように話したからだ。
そもそも提案したのは三人で、メルトもその誘いに乗ってる時点で裏切りものであったとしても、やはり実行計画を促したのは三人だ。
わざわざそういうことを言う必要性はない。
しかし、それが三人のことを庇った発言だとしても、それが本音であるならばやってやろうではないか。
「まあ、そういうこった。そろそろ退職して、新しい自分を見つけたいんだとよ。そこは快く見逃してやろうぜ。それともあれか? 企業もブラックで、仕事内容もブラックってか? 確かにビターも悪くねぇが、苦過ぎて飲めやしねぇ」
「やっぱりミルク入ってないとね」
「私は紅茶派だからわかりませんけど、甘さは大切ですね」
禅は立ち上がり、ユノとマユラはメルトの両脇に立つ。もはやそれは宣戦布告にも等しい。
「受けてやろうじゃねぇか。英雄殺しとなれば俺の株も爆上がりだからな」
「悪いな。今は不景気でその株はすぐに大暴落するぞ」
ゲイザーはもう片方の手で腰の短剣を引く抜いて双剣にすると素早い動きで禅の間合いを詰めてきた。
そして、短剣の軽さを活かして鋭く突きのラッシュをかます。
しかし、禅は軽くステップを踏む調子で躱していく。
「ふんっ!」
「おわっ!」
すると、ゲイザーは素早くしゃがんで足払い。それによって、禅は体勢を崩す。
それから、ゲイザーはその勢いを活かしたまま立ち上がり、回し蹴りで禅の頭を狙う。しかも、その足のつま先からシャキンッと刃物が飛び出した。
「なっ!?――――――んぐっ!」
しかし、禅はその蹴りを片手で防いで掴み、もう片方の手で地面に手をつけると体を捩じる勢いで掴んだ足を捻り、ゲイザーを顔面から床に叩きつけた。
すると、ゲイザーは足を禅から解放すると素早く短剣を投げた。
それを禅は手で全て受け止めたが、ゲイザーには距離を取られてしまった。
「さすが英雄だな」
「名ばかりだけどな」
「さて、その英雄もその威力の爆発には耐えられるかな?」
「!」
禅が手に持った短剣が突然眩く輝きだす。そして瞬間―――――巨大な爆音を周囲に轟かせた。
その爆風に周囲にいたユノ達も軽く吹き飛ばされた。
床が破壊されたのか黒い煙が禅がいた所を満たし、次第に拡大していく。
「竜の足をもぎ取るほどの威力だ。竜と戦ったと言ってたから直にプレゼントしてやったよ。まあ、そんな至近距離で受ければ跡形もなく肉片に――――――」
「ならねぇんだな、それが。どっかのアホ女神が強くし過ぎたみたいでな」
「!?」
返答もされないただの捨て台詞だった言葉に返答が返ってくる。散々アホな会話を交わしたあいつだ。
そのことにゲイザーは衝撃を隠せなかった。
わずかに煙が晴れて禅の姿が見える。すると、禅は妙な構えをしていた。
足を上下に開き、上半身はやや前傾。そして、両手を右腰に集め、何かを包めるぐらいに手を構えている。
そして、禅はその状態で告げた。
「やっぱ、一応主人公張ってるわけだから必殺技とか見せなきゃな。つーことで、特別に俺の技を見せてやろう!」
禅はバッと両手を前に突き出す。
「か〇はめ波ああああぁぁぁぁーーーーーーーー!」
「いや、それ他人の技ーーーーーーーー!」
ユノの思わず出たツッコミが響く中、禅が素早く両手を突き出したことによる拳圧にも似た衝撃波が放たれる。
それは周囲の黒い煙を巻き込んで、まるで黒い光弾を見せるように高速でゲイザーに向かっていく。
「うわあああああ!」
ゲイザーはその衝撃波を避けることが出来ずに直撃して、その勢いに乗りながら壁にめり込む勢いで叩きつけられた。
そして、「かはっ」と無理やり肺の空気が吐き出されるとそのまま頭を垂らして意識を失った。
「さて、こっちは片付いたし、さっきのツッコミからすると......」
禅は構えを解いて一つ息を吐くと周囲を見る。すると、全員キッチリやっていたようだ。
ユノはステータスが低くなっているいいつつも光の鎖で数人のゲイザーの仲間を拘束していて、メルトは泡を吐かせて気絶させていて、マユラに至っては巨大なスライムの中に数人が取り込まれて微動だにしない......あれ、生きてる?
すると、メルトはゲイザーの所にやってくると懐から「辞表」と言いながらそっとカツラを被せた。
「よーし、終わった。意外に何とかなったな」
「そうですね。というか、最後の完全にパクリですよね? しかも、私にしか伝わらないやつ」
「まあ、そう固いこと言うなって。それで、マユラ。そいつら生きてるの?」
「大丈夫だよ。ちょっと仮死状態にしてるだけだから。あと伝書鳩も飛ばしておいたからそうしないうちにここに自警団とか来るはず」
「それじゃあ、俺達は帰るとするか」
そう言って、禅たちは歩き出す。その後ろをメルトはジトッと眺めながら、しれっと追いかけて横に並ぶ。
「そういえば、どうして俺の暗殺依頼が出たんだろうな?」
「さあ」
結局、禅の暗殺に関しては迷宮入り―――――となる前に、詳細は明るみになり実にしょうもない事だとわかった。
ギルドの運営を携わるガンザスが禅との賭けに負け、バーで愚痴っていたところに隣で同じくハゲの進行の速さで悩んでいたゲイザーが同席。
そこでなんやかんやで意気投合して、ガンザスが冗談交じりで言ったことが本当になったということらしい。
それを知った禅はもう一度ガンザスに賭けの勝負を挑ませ、前の倍の額をふんだくった。
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