第24話 ハゲはタブー

「ああああああ~~~~~~!」


 現在、ユノのドジによってなぜか罠で吹き飛ばされている禅は慌てふためいた声を出していた。

 それなりに遠くへ飛ばされているのか大きく弧を描きながらただ何も出来ずに飛ばされるのみ。


「あああああ~~~~ぁぁぁぁ~~~~~......なんか疲れてきたな。叫ぶって疲れるな、なんかちょっと冷静になってきたからいいや」


 禅はメルトのこれまでの罠のおかげか自分がそう簡単に死なないと思い始めたのか、これぐらいじゃどうせ死なないだろうと思い始めていた。

 確かに、その通りなのだが、なんとも慣れというのは恐ろしい。

 空中を吹き飛んでいくという危険な状況にはかわりないのに、今やリラックスして居間での転びながらテレビを見るおやじの如く姿勢になっている。


 そして、ついに本格的に寝ようとし始めたのか、仰向けになって両手を枕にしようとしたその時、後頭部に強い衝撃が走った。

 それは壁であった。筒状の建物の最上部に近い位置の壁に勢いよく突っ込んだのだ。


「くっああああぁぁぁぁ~~~~! 痛ってぇ~~~~~!」


「な、何事だ!?」


 禅は壁を突き破って床を勢いよく転がっていく。

 すると、そこには全身を黒いコートのようなもので身を包み、同じく黒い帽子のようで頭を覆ったまさに舞台の裏方である黒子のような衣装をした者達がいた。

 その一人が突然の襲撃に驚く。


「誰だ貴様は!?」


「痛たたたた......え、何?」


 いくら無敵でも痛いものは痛いらしく若干涙目になっている禅は後頭部を優しくさすりながら、周囲を見る。

 すると、黒づくめの集団が全員して武器を構えていた。しかも、今にも殺そうと強い殺気を放っている。


「(あ、これヤンキーに目をつけられた時のアレだ......)」


 禅は一瞬にして遠い目をした。いくら強かろうとメンタルまでは強くないのだ。特に生きていた頃の世界のヤンキーより数段やばそうな連中が前にいる。ついでに、得物も持ってる。

 ということで、禅は咄嗟に無害を主張するように両手を上げた。


「ちょ、落ち着きませんか? 話し合いをしましょう。話し合いをすぐに暴力は良くないですよ?」


 禅はつい昨日の夜にぐらいに「組織を潰そう」と暴力的発言していたのを完全に棚に上げた。

 しかし、黒づくめの集団は一切得物を降ろさない。


「話し合いというなら、何の用だ。ここを殺し屋と知っての行動とは思えんがな」


「......あ、えーっと――――――」


 禅は必死に思考を巡らせる。ちょっと前まで「普通に勝てるんじゃねぇか?」と思っていた自分を殴りたい。

 いやまあ、勝てるだろうけど、メンタルで負けている。やっぱ怖い人は怖いのだ。触らぬ神にたたりなし。触れてしまった危ない人には取り繕え。


「面接......そう面接にやってきたんですよ、俺。ほら、今どき冒険者じゃああんまり稼ぎよろしくないじゃないですか。だからまあ、こういう風に? なってみよっかなって」


「こういう風にって明らかにどういう風にだ。敵の根城に壁破壊して突っ込んでくる奴なんて明らかに敵だろ」


「まさかまさか、アピールですよ。ほら、面接では自己アピール大切じゃないですか」


「斬新すぎるわ! どこの面接で壁を突き破ってくることをアピールにする奴がいるんだ! 面接する前に瓦礫で面接官がどうにかなってしまうわ!」


「ほら、そこは頑丈さが取り柄ということでどうにかなりません? 『いつでもどこでもひとっ飛び。あなたの壁と命を破壊するちょっぴりお酒で吐くのがが玉に瑕の殺し屋さん』っていい感じのキャッチフレーズも出来ましたよ」


「こえぇわ、そいつ! いきなり壁突き破ってきて気づけば命取られてるって! 確かに俺達は命を取る仕事だけど、それはあくまで隠密に限るの! バレたらいけねぇの! お前のは殺し屋というよりもただの破壊者だ!」


「どこが間違ってるってんだ! これから相手の人生を永遠に破壊するって意味では表現が違うだけじゃねぇか!」


「は? 間違ってるに決まって......ないな、うん、ない。今のは悪かった。って、なんで俺が逆に怒られてんだ! というか、面接に来たとして、面接官に説教ってどういうつもり?」


「うるせぇー! こちとら緊張で切羽詰まってんだ! 余計な質問してくるんじゃねぇ! その場の勢いとノリでどうにかしてるんだから理解しろ!」


「あ、すいません......って、だから何で俺が怒られてんだ!」


 禅の言葉にいちいち丁寧に突っ込んで勝手に疲弊するリーダーらしき男は荒く呼吸しながら得物を下げる。

 すると、周りにいた黒づくめの集団も得物を下げた。

 そのことに禅は思わずホッとする。実のところ本当に自分で言っていることを制御できていなかったので、落ち着ける時間がもらえたのは結構嬉しかったりする。


「おい、名前は?」


「ん?」


「ああ、すまなかった。名乗るならば、先に俺の方からだったな」


 リーダーの男は得物を腰にしまうとゆっくりと禅に向かって歩き出した。

 そして、被り物を外しながら告げた。


「まあ、あれだ。ここまで活きの良いやつが入ってくるのは珍しいからな。思わず興味を持ってしまった。もしお前が本当にこの組織に入りたいのなら歓迎しよう。俺の名はは、はっ.......ふぅー、あぶね、くしゃみでそうだった。ゲイザーだ」


「『は、はっ.......ふぅー、あぶね、くしゃみでそうだったゲイザー』さんね、随分と個性的な名前で。あ、バカにしてないですよ?」


「いや、違うから。一体どこまでが名前だと思ってんの? 明らかに余計な文章が混じってることわかるでしょ。『俺の名は~』から言った言葉が全て名前だったら気持ち悪いでしょ」


「じゃあ、ハゲイザーさんね」


「違う。非常に惜しいけど違う。余計な一文字入ってるから。それだと俺、ハゲてることになってるから」


「あ、ハゲザーさん」


「違う、その文字じゃない。というか、さっきハゲの話題触れておいてまだ触れるか。どう考えても余計なのは『ハ』だろうが」


「いやでも、やっぱハゲイザーさんですよね? どう考えてもその頭はハゲイザーですもん。ハゲで髪がイレイザーしてるし」


「ちげぇし! 俺の頭はハゲてねぇし! ただちょっと髪の毛が細い方で頭皮が薄っすら見えてるだけであって決してハゲてねぇし! というか、イレイザーってどういう意味だ! 『イザー』は別にそういう意味じゃねぇし! なんだてめぇ、俺の髪が消えたって言いたいのか!」


「いや、そこまでは......でも、やっぱりどちらかというとイザーよりもハゲよりですね。もはやイザーもいらないような」


「それはただのハゲじゃねぇか! 結局てめぇさっきから人の頭にしか着目してねぇじゃねぇか! ただの悪口を伝えてるだけじゃねぇか! オブラートにすら包んでねぇ! いいかてめぇは今はふさふさだけどな、いずれそうなるからな! 気が付けば枕元に大量の髪の毛が抜け落ちてるからな!」


 ゲイザーは声を荒げてまくしたてる。それに対し、禅は耳を抑えてうるささを凌いでいた。

 すると、ゲイザーは一度ゴホンと咳払いをすると禅に手を差し出す。


「はっ、活きが良すぎるのもいけねぇな。これから俺がてめぇに二度とハゲといえねぇ体にしてやる」


「いや、それは無理だ」


 禅は立ち上がるとその手を握って、ゲイザーと禅は握手を交わした。するとまた、ゲイザーは禅に声をかける。


「そういえば、名前を聞いてなかったな」


「ああ、禅だ」


「そうか、ゼン......ん? ゼン?」


 どこかで聞き覚えがある。それって......


「敵じゃねぇか!?」


 ゲイザーは今までで一番大きな声を出して驚いた。

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