第17話 偶然トマトジュースを飲んで、偶然お腹に本が入ってただけ

 とある暗がりの一室にて、秘密の集まりが行われていた。

 そこには何人もの顔を隠した人影があり、その人影は円形に並んでおり、その中心には一人の少女が膝を床につけていた。

 その少女の名はメルト。翡翠の瞳をしていて、頭に黒い布ようなものを巻いている。

 すると、メルトに向かって一人の少女が話しかけた。


「貴様が呼ばれたのはほかでもない。我ら報酬さえあればどんな依頼でも推敲する殺し屋にて依頼が入った」


「依頼......要件はなに?」


「要件はいつも通りだ。人を殺すこと。そして、そのターゲットの名がゼン=サトウというものだ。この者は街を救った英雄として祭り上げられるほどの強者だ」


「街を救ったにもかかわらず暗殺するよう依頼されるとは......なんとも悲しいもの」


「我らに情など必要ない。ただ必要なのは努力・友情・勝利だ」


「またどこの王道物語を読んだの? 相変わらずやってることと憧れが正反対。あと、そのカッコつけている言い方が気持ち悪い」


「うっさいなもう! いいじゃん! こういうのは雰囲気が大事って言うし! それに俺が何読もうと関係ないし! ともかく、お前の仕事はその男を殺すこと。普段はただの飲んだくれのちゃらんぽらんってらしいしな」


「それ、私がやる必要が――――――」


 メルトがそう言いかけた瞬間、目の前の人物の空気が変わった。

 そして、メルトに一瞬にして近づけると首筋に刃物を突き付ける。


「別に調子に乗っていいがな、時と場合を考えろ。俺にはお前をすぐにでも殺せる力がある。お前に拒否権はない。いいな?」


「......わかった」


 メルトは思わず息を呑んだ。急激に冷えて張り詰めた空気に思わず冷や汗を流す。

 その人物の言う通りでメルトには拒否権など存在していなかった。存在するのはただ「仕事をこなす」というものだけ。

 その人物は刃物をしまって立ち上がると元の位置に戻って座り直す。


「それじゃあ、やってくれるな」


「はっ、ゲイザー様」


「今、ハゲって言わなかった? いや、俺まだハゲてないから。まだ生き残りいるから」


「それでは今から行ってきます。ハゲイザー様」


「あ、今! 完全にハゲイザーって言った! なんださっきの当てつけか! ちょっと、こっちこい! 俺まだハゲてない! ハゲてないからー!」


 その人物ハゲイ......げふんげふん、ゲイザーの叫びも虚しくメルトは月光だけが照らす森の闇の中に溶け込んでしまった。


*****


 数日後、メルトはターゲットの禅がいる街へとやって来ていた。

 当然、服は変わっている。黒づくめの服からそれなりの冒険者風へとなって、周囲に溶け込んでいる。

 そして、情報を頼りにターゲットを探していく。


「(確か情報によると黒目で少し筋肉質の173前後の男......そして、銀髪の女とパーティを組んでいて、基本は飲んだくれのちゃらんぽらん)」


 そもそも街を救った英雄が飲んだくれのちゃらんぽらんと言う情報も変な話だが、人は見かけによらないというのは腐るほど見てきた。

 女を食い物にする優男や外面の良い拷問好きの女など外側に薄っぺらい仮面をつけている奴など腐るほどいる。


 しかし、そう言うタイプはぱっと見良さ気で中身最悪というパターンなのだが、今度のターゲットは聞いた情報だけでは逆だ。

 まあ、どれだけ輝かしい大きな成果をあげようとも結局人となりは第一印象で決まるので、飲んだくれの時点できっと良くない奴だろう。


 そして、周囲を不自然にならない程度にキョロキョロ見渡すとそれらしき人物を見つけた。


「あ~、やべ~。朝帰りってか昼帰りじゃん気持ちわる。あ~、マユラがうるさそうだな。あ~、しまったな~気持ちわる」


 らしきというより、絶対アレがそうだろう。聞いた情報もピッタシだし、何より手に持っている酒瓶を隠しをもせずに後悔している姿はただのクズだ。

 あのちょっと千鳥足になっている男が街を救った英雄とは到底思えない。英雄で祭り上げられる男の嫉妬心から依頼を出したのかと思っていたが、アレが別に恨みを買っていそうだ。


「(けど、どんな相手でも仕事はキッチリと遂行する)」


 それが殺し屋一門の流儀であり、義務なのだ。

 メルトは腰からシャキッと短剣を取り出す。その短剣は湿っていて、塗られているのは毒だ。

 人は刺しただけで簡単に死ぬが、英雄と呼ばれる男だ。たとえ、どんな飲んだくれでも用心するに越したことはない。


 そして、途中で買ってきたたくさんの果物の入ったバスケット。これを持っていれば自然とそのバスケットに注意が向けられる。

 ただでさえ、二日酔いの様子で注意力は散漫だ。それでいて僅かな集中力を向けるとすれば、他のことには意識が薄くなる。そこが狙い目だ。


「よし」


 メルトは禅が向かって来るのを確認すると籠を両手で抱えて歩き出した。しっかりと顔が見えないようにフードもしている。

 ターゲットがこちらに気付く様子はない。後悔している。というか、いつまで後悔しているのか。「やべ~、鼻毛抜くの痛かったな~抜かなければよかったかな~」とかもはやどうでもいい。聞いてて若干イラッとする。


 ターゲットとの距離は残り10メートルとない。ターゲットとの進行方向に若干被りつつ歩きを速める。

 焦るな。ターゲットを仕留める時に一番注意するのは獲物を仕留める時だ。

 どこかにもう既に情報がリークされていて、演技で待ち伏せされているとも限らない。残りは6メートル。


 メルトは少しだけ息を呑んで、呼吸を止めると自分の足をわざと引っかけ少し前のめりに倒れる。

 その先には千鳥足の禅がいる。そして、軽くぶつかると禅はメルトの顔と果物の詰まったバスケットを見た。


「うっ!」


 その瞬間を見逃さず、メルトは素早く腰から短剣を引き抜き、禅の腹部に刺した。

 すると、禅はうめき声を上げながらその場に止まる。その一方で、メルトは急いで前線を離脱。遠くから様子を眺める。


 禅は驚愕していた。自分の腹部に短剣が刺さっていることに。

 そして、腹部を抑えながらその場に四つん這いになると口から大量の赤い液体を吐いた。

 その光景を見ていた周囲が騒然となる......かと思いきや別にそうでもなく、一部の人達がびっくりしているぐらいで案外素通り。

 そのことにメルトは頭を傾げる。


「(確かに当たった感触があった。少し硬かったけど、それは相手が筋肉質だからであれば納得いく。ならば、なぜ?)」


 メルトはこれまで見たことなかった不可思議な状況に頭を悩ませる。

 人が血を吐いて四つん這いになったにもかかわらず、素通りするとかおかしいにも程があるだろう。

 これで考えられるのは虚弱体質で血を良く吐くとか。だが、相手の顔や肌は健康そのものだった。

 ならば、他になにがあるというのだろうか。


 そのメルトの疑問は禅本人が答えてくれた。


「あ~、やっべ。さっき飲んだトマトジュース全部吐いちゃた」


「(トマトジュース!?)」


「あ~、なんだろぶつかった瞬間、一気に気持ち悪さが増してきたな。吐いて少し楽になったけど.....ん? あ、股間部分に本が入ってる」


「(本!?)」


「なんだこれ? 『失格人間』......やべ~、貰った記憶がねぇ。それになんで俺こんなもん貰ってんだ? 遠回しに失格の烙印押されてんじゃん。まあいいけど」


「(まあいいの!?)」


 メルトの予想だにしない言葉を次々に吐いていく禅。そのことに禅は衝撃が隠せない。

 しかし、それでメルトに殺し屋としての火が付いた。


「(どうやら英雄は本物だったらしい!)」


 勘違いではない勘違いを犯しながら。

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