第18話 殺し屋って物理の方だから

 メルトは衝撃を受けていた。

 まさかまさかナイフを刺したお腹の部分に本が入っていて、そしてしっかり吐血までしたように演じるなど。

 恐ろしい人物だ。何を考えているかわからない表情、のらりくらりとした態度。その全てがもし奴の思惑だとしたら......既に自分は相手の手のひらで踊らされていることになる。


 しかし、ここでおめおめと逃げ帰ったらそれこそ殺し屋の名折れ。いや、侮っていたのは自分の方か。

 ゼン=サトウターゲットは英雄と呼ばれるやつなのだ。それも聞く限りでは竜とタイマンで戦って勝ったという。


 所詮人間だからとたかをくくっていればこのざまか。全く自分が嫌になる。

 だが、これはある意味試練なのかもしれない。これまで自信過剰になっていた自分に対する警告なのかもしれない。

 だからこそ、ターゲットを仕留めた時の達成感は大きいだろう。

 となれば、今一度自分でターゲットを測った方が良いだろう。


 メルトはそう思うと禅という男を改めて知るために調べ始めた。そして、その情報を紙に記していく。


****


 まずはゼン=サトウという男のプロフィール。

 その男はこの町に突然やって来た。出生地は不明。まあ、これに関してはスラム育ちとかであれば納得がいく。

 そして、やや筋肉質の身長175センチのやせ型。いや、ある意味自分から見れば標準だろう。なんでこの町には筋肉だるま指数が高いのか。


 その男の性格はちゃらんぽらん。真面目に仕事する時もあれば、それ以外は大抵カジノに行っている。クズか。

 しかし、存外ギルドの冒険者たちからは嫌われていない様子だ。親しみやすさを感じるからだろうか。いや、あのクズに親しみを感じるのか?

 まあ、そこは実際に関わってみないとわからないという部分があるのだろう。


 男は大のお酒好きだ。しかし、お酒はどうやら男のことが嫌いらしい。毎回吐いている。これを記している時にはもう一週間ぐらい観察しているのだが、もう例外なく吐いている。

 正直もうそれほど苦しそうに吐くならやめればいいのにと思う。別に吐くことに快感を得る特殊嗜好というわけでもないみたいだし。

 なんだか少し同情っぽくなってしまったな。いかんいかん、殺し屋が同情などもはやタブーだ。


 男には二人の連れがいる。両方とも女だ。玉の輿でも狙ってるのかと思っているのかと思ったら別にそう言う感じでもないらしい。

 銀髪のユノという女はターゲットほどではないが、それで若干残念なところが目立つ。


 まず男と一緒でカジノに入り浸る。しかし、なんの見栄か毎回時間をずらして男と会わないタイミングで豪遊する。そして、十中八九負ける。

 男には「カジノは最近行ってません」とか言っていたが、あれは嘘だ。なんせ目撃者がここにいるのだから。


 そして、もう一人はマユラと言う女だ。三人のパーティの中では一番良識のある人物に見える。ただダメンズに惚れている辺りがかなり残念だが。

 正直、あの男のどこがいいのかさっぱしだ。これといっていいこともしていないし、男に好意を惜しげもなく伝えているにもかかわらず基本スルーされている。


 どう考えても可哀そうとしか思えない。観察した感じでは気立ての良さが目立つのだからもっと他のまともな人物を好きになればいいのに。

 かくいう自分も人を好きになったことがないので強くは言えないのだが。


 ともあれ、ついでに男のそばにいる二人も育ててしまったが、あまり弱点になりそうなことは知り得なかった。

 最悪、二人のどちらかを人質にして呼び出すのが得策だが、自分はあまり余計な人を巻き込みたくない。

 殺し屋はハンターなのだ。無差別に人を巻き込んで狂気に笑うようなイカれた殺人鬼ではない。

 それになんか負けた気がするではないか。人を巻き込まないと歯牙にもかけられていないみたいで。

 こっちにも仕事でこのようなことをしているのだ。プライドぐらい持ち合わせている。


 そういうわけで今回はあえて他の二人のことは記さなかった。調べてあるが、書くことではない。

 というか、書くことがない、というのが正しいだろうか。

 銀髪の女は得体が知れないほど何もない。全くないわけではないのだが、ターゲットと一緒で基本的な情報しか出てこない。

 それに関わってはいけない人物だ。<真相の瞳>という魔道具で見たが、内包する魔力量がターゲットとはケタ外れだ。

 今は何かでロックをかけられている状態だが、アレが解放されたら町中が女の魔力に当てられて魔力酔いする。


 そして、気立ての女の方は詳細が少ない魔女だ。魔女は魔族の中でも特別高い魔力を持つが、正直その生態はあまりよくわかっていない。

 そもそも人里にそうそう現れないからだ。一生も森にある魔女の館と呼ばれる研究所で過ごすらしいから。

 故に、これ以上調べるのは危険だ。あの女から男に対してのアプローチの数々しか出てこないのはもしかしたらこちらの存在に気付きながらも泳がしているからかもしれない。


 それから最後に、ターゲットのステータスを調べてみた。

 ターゲットがどのくらいの能力を持っているか実際に見てみないとわからないから。


 そう思ってある日ターゲットがカジノから出てきたところで水をひたひたに入れたタライを落としてみた。

 なぜこのチョイスかと言うと私のナイフが効かなかったのは体の周りにバリア的なものを張っている可能性を考慮したからだ。

 もしこれでターゲットがタライを頭から受け、水を被ったとして濡れていない個所が見つかればその立証がされる。

 避けてもそれはそれで相手が危機察知能力に長けているという判断に達して、あのとき私の暗殺が失敗したのも頷ける。


 ターゲットにタライを落としてみた。

 頭からバンッとタライの底が直撃する音がして、そのまま水を被った。そして、濡れた。

 .......濡れた? ということは、バリア的なこともなければ、避けるような危機察知能力もなかった?


 それなりの高さから落としたから、普通に直撃するだけでもかなりのダメージになるはず。

 しかし、ターゲットの様子はタンスに小指をぶつけた程度だ。どっちかって言うと、「なんでここだけ部分的にわか雨!?」とかよくわかんないことを言っている。


 いろいろと試してみた。

 まずターゲットが泥酔して千鳥足になってるときに、ササッとまきびしを敷いてみる。

 ターゲットはなぜかパンイチだがまあいい、装備による防御力が上がっているという検証にもなる。

 そして、ターゲットはまきびしを踏んだ瞬間、飛び跳ねて痛がった。凄い痛がった。だけど、段々と「あ、これ気持ちいいかも」とか言い始めた。いや、それ足つぼマッサージのシートじゃないから。


 次の日、また泥酔しているターゲットにやっとこさ連れてきた暴れ牛にひかせてみた。

 ひかれた。だけど、ひかれた先でたまたま暴れ牛に乗るとそこでなんか上手くバランス取り始めた。いや、ロデオじゃないから。あと、ゲロを吐き散らかすのは止めろ。


 次の日、またまた泥酔しているターゲットが歩く夜道の足首辺りにピアノ線を設置した。

 ターゲットは何事もなく通過する。それもそれでおかしいのだが、さすがに足首に引っかかった感触には気づいたようだ。

 その糸は魔道具が起動するように設置してある。そう、その糸に引っかかればどっかーんだ。


 ......生きていた。爆心地にいたのに頭を不自然なアフロに変えながら露出狂となり果てて生きていた。

 そして、それを小便とともにあたりの火を消し始めた。

 いや、先に隠せよ。たとえ寄っていたとしてもその状態は不味いことに気付けよ。っていうか、むしろ酒飲むな。


 検証結果、私が殺せたのは最後の露出狂となったターゲットの社会的死であった。

 まあ、確かに殺せたには殺せたのだが、さすがにプライドが解せない。これはもう少し練らねば。

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