第16話 愛の暴走列車が発射いたしました

「いい天気ですね~」


「そうだね~」


 町の南寄りにある小さな公園。そこには緑の芝生がひろがっていて、周囲を広葉樹が覆っている。

 そして、その真ん中にある大きな一本の木の陰で寝転がっている禅を視界に収めながら、木陰の下で二人はのんびりベンチに座っていた。

 数分前にはかなりの言い合いをしていたのだが、今やすっかり意気投合。互いに臆せず言い合えたのが好印象だったらしい。


「それにしても、サッチーさんがあんなに言える人だとは思わなかったよ」


「いや、こっちこそ。落ち着いて大人しい見た目している割には存外言うのね」


「好きなものは奪われたくないから」


「そこまでハッキリ言えるとやっぱり逆に尊敬するわ......」


「ふふっ、やっぱりユノさだね」


「やっぱりってなによ.......って、え? 一体いつから気づいていたの!? あ」


「カマをかけてみただけだよ。といっても、確認の意味合いが大きいけど」


 マユラはそう言うと楽しそうに笑った。どうやらとっくの前から正体がバレていたらしい。

 そのことに妙にユノは恥ずかしさを感じて顔を赤らめる。まるで掌で楽しそうに踊らされている感じがして解せない。


「それでいつから気づいてたんですか?」


「来た時から......と言いたいところだけど、その時は本当に恋敵ライバルが来たと思って臨戦態勢を取っていたんだよね。いつでも、本気のキャットファイトに挑めるように」


「そこまで泥沼化したケンカにならなくて良かったです」


「それでどの辺で気づいたんですか?」


「言い合いしている時に妙にゼン様の情報を知っているなーと思ってて。ほら、ゼン様は『奥手だから外から眺めることが多くて』と言ってたし。かかわっている感じではないのに知っているのは不自然だと思って。それでふと気づくと銀髪の人が立っているじゃないとわかって」


「銀髪?」


「この世界じゃ、金髪は多くても銀髪というのはあまり見かけないんだよ。私も小さい頃、師匠についていっていろんな街や国を見てきたけど、それほど美しい銀髪の人はいないし」


「え、そうかな~」


 ユノは急に褒められて思わず顔を赤らめる。当然、女神だし? 美しいのは当たり前だけど、やっぱ褒められるのは嬉しいもので。

 だからこそ、思うことがある。これほど気立ての良さそうな人がどうにもこうにもダメンズを好きになるのが。


「やっぱり、今でも好きなんですか?」


「うん。たとえゴミダメに埋もれていようと喜んで抱擁できるぐらいに」


「時折思うんですけど、その例え何ですか? 遠回しに自分の想い人は汚いって言っているようなものなんですけど。それで、好きになった結果はやっぱり助けられたからですか?」


「一番の理由はそうかも。でも、もう一つあってね。実はゼン様が竜を対峙するところを見ていたんだ。たまた、森に用があって、近くでね。その時に竜に一人で果敢に挑む姿はまるでおとぎ話に出てくる勇者のようで......そして、倒した時思ったの。あ、あの強い遺伝子欲しいって」


「あなたは戦闘民族の女性か何かですか?」


「違うよ! ただかっこよさに惚れただけだよ! 竜を倒せるほどの圧倒的な力のカッコよさに!」


「なんにも違ってないですね。むしろ、自分でそうだと強調してしまってますけど?」


「......私が惚れたのはその力のあり方だよ。普通の人は強い力を持った時、その力に魅せられる。そして、自分は世界に選ばれた人だと勘違いして、弱者をいたぶる。偏見もありますが、力を持つものは大抵偉そうなんだ。けど、ゼン様は違う。弱者を助け、強きを挫く。そして、自分は全く奢らない。だから、好きになったの」


 マユラは正面に気持ちよさそうに寝ている禅を見ながら、まるで愛を語りかけるように優しい笑みで告げた。

 その表情にまるで自分のことのように恥ずかしくなったユノは照れ隠し気味に告げる。


「ゼンさんはただのダメ人間ですよ。ただまあ、良い人ではあります。それだけは保証しますよ」


 ユノはそう言うとため息を吐いた。自分がこう言ってはもう本格的にマユラに禅を嫌いになってもらうということが出来なくなってしまったから。

 少なくとも、もう自分で言うことすら難しい。

 正直、「もう別にいいか」と思い始めたユノはふと聞いた。


「マユラさんはもうゼンさんから離れる気はないんですよね?」


「うん、そうだね。地の果てまで、次元が変わってもそばにいるよ」


「前々から少し思ってたんですけど、少し重いですね......とはいえ、他人の恋時にちゃちつけるほど野暮なことはないですね。となると、パーティに入るわけになりますが、現状私とゼンさんは戦士職なんですよね。だから、一応職を聞いておきたいんですが。何ですか?」


「私は魔女だから。基本的なものなら一通り」


「え、魔女!? 魔女って魔族領土の森に住む色々と実験しては、時に世界を何十年も進歩させ、時には世界を破滅させる兵器をつくるというあの魔女ですか?」


「そう、その魔女だよ。でも、得意なのは生物召喚魔法かな」


 生物召喚魔法とは、単純な話魔法陣からいつでも生物を召喚できることを指す。技量や魔力量によって個人差が生まれるが、過去の魔女には竜を召喚したなんて言い伝えもある。

 それ故に、その魔法は危険魔法に指定され、今やほとんどの人が知りえていない魔法の一つである。


「たとえば、どんな生物召喚できるの? 召喚できる条件とかあるの?」


「条件は基本的にその生物を肉眼で見たことがあるかだね。でも、小型ならそれで済むけど、大型だと少し詳しく調べないといけない。だから、もう絶滅していたり、架空の生物は召喚できない。う~ん、私の仕事を教えるにはそうだね~、例えば――――――」


――――――ギュイヤァアアアアァァァァ!


「え、なんですか!?」


 マユラがベンチから立ち上がって近くの棒を拾って、ユノの正面に立った瞬間、近くの民家から巨大なバラの棘をもったようなタコが現れた。

 そのことに思わず驚くユノ。耳を澄ませば「発情期で暴れてる」という人の声が聞こえる。


「あ、そうだねアレにしよう」


「アレ? まあ、よくわからないけど任せましょう。ところで、あの魔物は?」


「ニードルオクトパス。基本的に大人しくて飼いやすい魔物でトゲには殺傷能力はなく普段は犬ほどのサイズだけど、発情期になるとメスにアピールしようと大きくなる生物なんだ......できた」


「それで召喚できるんですね!?」


 マユラが書き上げた巨大な魔法陣は直径4メートルぐらいある。そして、魔法陣の外側から「いでよ」と告げて魔力を流すと光の柱が魔法陣の大きさ分だけ出来上がり、やがて光が消えて現れたのは......


――――――ギュイヤァアアアアァァァァ!


 巨大なニードルオクトパスだった。頭には不自然なリボンがついている。

 すると、最初のニードルオクトパスがそのリボン付きニードルオクトパスに近づいて来て、何本もの足を絡み合わせた。それもユノとマユラの前で。


「あ、あの......これは?」


「これが私の仕事の繁殖こうびのお手伝いだよ」


「いや、止めましょうよおおおおお! 何こんな真昼間のそれも公園でそんなことさせようとしてるんですか! 私はてっきり止めるために魔物を呼び寄せてると思いましたよ!」


「止める? なんでそんなことが出来るの! 営みはこの世界に生命を作り出す神秘の行動だよ! こんなにも尊い行動を止められるわけないじゃない! 営みにはロマンスが詰まってるの!」


「え、なんで怒られてるの? なんで責められてるの? あれ、これって私がおかしいの? いや、違う。絶対に違う。この子がズレてるんでしょう......なるほど、ようやくこの子の本質が見えました。この子も違った意味でダメですね」


 ユノは苦笑いを浮かべながら、うねうねと乳繰り合うニードルオクトパスを眺める。もう止める気力すらなかった。

 その時、一つの影がユノの目の前を通り過ぎてニードルオクトパスに近づくと足を掴んで思いっきり遠くに向かって叫びながら投げた。


「ぬちゃぬちゃうるせぇ! 生ぐせぇんだよ! 人気のねぇところで勝手に盛ってろ!」


 それは禅であった。寝ていたところを邪魔された恨みなのか半ギレだ。

 そんな禅の様子を見たマユラが「さすがゼン様、率先して静かな場所で行為をさせるとは素敵です」などとほざいてる。


「あ、私の日常はどこまで壊れていくんだろうな」


 もうこれ以上抱え込みたくない爆弾を二つも抱えたユノの表情はとても遠い目をしていた。 

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