第15話 障害は薪じゃなくて油だった

 ユノは時折どうしても思うことがある。自分の日常は一体いつから崩れ始めたのだろうかと。

 それは当然、禅に足を掴まれ引っ張られ、この世界に落ちた時からであろう。

 しかし、きっとそれだけじゃないはずだ。


 もとに日常ではどんなに仕事が捗らなくても、ふかふかなベッドに癒しの(神にしか飲むことのできない)お酒があった。

 しかし、今や固いベッドにそこそこ美味しいお酒。正直物足りない。

 それに加え、魂を選定するという簡単な仕事はなくなり、自ら明日生きるためのお金を稼がないといけないという重労働はあの日常にいた頃では考えられなかったことだ。


 ましてや、今はダメ人間にダメな貢ぎ方をしようとしている人間を止めるために、髪をセットし、バレない程度と酷く高くない服で自分を着飾っている。

 全くありえない。けど、今これが現実。まるでちゃちつけていたフィクションのヒロインに転生したような感じだ。


 しかし、それでも精いっぱい頑張っているのだ。だから、どうか誰も責めないで。いつか天界に戻った時、他の神々が笑っていませんように。


「よし、いきましょう」


 ユノは事実にある鏡に映った自分の顔を見て軽く叩きながら、意志を固める。そして、禅とマユラがベンチに移動していないことを祈りながら自室を飛び出した。


****


「う、うぅ......お腹が.......」


「これ食べてみて」


 依然顔色を悪くしながらマユラに膝枕してもらっている禅はマユラから差し出された紙に包まれた粉を渡された。

 その粉は全体的に緑色をしていて割と量がある。口がパサパサにならないだろうか。

 一度上体を起こした禅がその粉を見ているとそれを見ていたマユラが尋ねた。


「どうしたの?」


「なんか飲み物欲しいなって思ってな」


「なら、私の水筒使ってください。それとも、水筒を使う?」


「?」


「まうすとぅーまうすってやつです」


「!......是非!」


「是非じゃないでしょ!」


 欲望に忠実な発言をした禅に頭をはたいて、鋭くツッコんだのは銀髪をハーフツインにして、オシャレメガネをかけ、途中で泣く泣く買ったオシャレな服を着飾ったユノ――――――


「ヤッホー、サッチーだよ☆ こんなところで会うなんて奇遇だね☆」


 ではなく、禅の仮想想い人であるサッチーであった。

 サッチーは慣れない言葉遣いと表情筋に苦戦しながらも禅にアイコンタクトを飛ばす。


(ゼンさんが不甲斐ないから助けに来ましたよ。それにしても、普通にあなたが落とされそうになってどうするんですか。本末転倒どころじゃなくなりますよ!)


(バカ野郎! こんな可愛い子のお願いされたら断るのが野暮ってもんだろ! 据え膳食わぬは男の恥だ!)


(男の恥以前にあなたは人間の恥です。ともかく、これからは私もサポートするので出来る限り私に合わせてください。一応、あなたの想い人という設定なんですから)


(わかってるよ)


「なんか急に見つめあっちゃってどうしたの?」


「あ、あははは、久しぶりに顔見たから懐かしくなっちゃって。あ、そうだ! ゼン君ゼン君、これから私とお出かけしない?」


「!」


「え、ほんとですか。マジか、サッチーとデート......!」


 ユノにの提案に禅は嬉しそうに笑う......という演技。そのあからさまな尻尾を振る行動にマユラはぷくーっと頬を膨らませ、ムスッとした顔をする。

 その表情の変化に二人は内心ほくそ笑んだ。


 自分の好きな人が好きな人にあった時、自分とは全く違う表情を見せるという行為程嫌なものはないだろう。

 さらに、現在進行形でデートしているにもかかわらず、好きな人にデートしようと提案されただけで今のデートよりも舞い上がって喜ぶ姿勢はまさにクズ男と言って良いだろう。


「「(さあ、今のはかなり好感度が落ちたはず!))」」


 禅とユノは横目でチラッとマユラを見る。すると、マユラは顔を俯かせて表情が見えない。

 しかし、かなりゲスいことをしたのは確かだ。多少の罪悪感が湧いてくるが、それも全てマユラこの子のため。

 そして、顔を上げたマユラの表情はなぜかニコニコとしていた。しかし、その笑みからはそこはかとない恐怖を感じる。


「サッチーさん......でしたね。人のデート中に急に横入りとは無粋じゃありません?」


「(ひぃっ、怖!)......え、えーそうかな? なんだかデートしているようには見えなかったから。それにゼンさ......ゼン君は私とデートしたがっているみたいだよ?」


「そうかもしれませんね。正直、私は別にゼン様の意中の相手になれなくてもいいのです」


「「(ゼン様!?)」」


「私は別に一番じゃなくてもいいのです。何番目でもいいのです。しっかりと寵愛を頂ければ。そうですね、愛人になりたいのです」


「「(想像以上に許容範囲が広い!!)」」


「でも、私が受けるはずだった愛を独り占めする気であれば私も引く気はありません。私の師匠は言いました『好きな人? そんなの寝取って奪え』と」


「「(いやいやいや、肉食が過ぎる!!)」」


「さあ! 私と一緒に愛を育みましょう! ゼンさんならば、たとえ二日酔いで吐いた後であってもべろちゅーぐらい余裕で出来ますよ!」


「お前は大声で何を言ってんだーーーーーーー!」


 ゼンは咄嗟に立ち上がって力強く告げたマユラの口を塞ぐ。その行動にマユラは若干驚きながらも、すぐにサッチーに目線だけでドヤった。どこにもドヤれる要素はないのだが。

 その目線にサッチーの何の火が灯されたのかわからないが、対抗意識を向けて言い返す。


「何を急にいうかと思えば。いい? ゼン君はNTRよりもイチャラブの方が好きなのよ? そうした時点で嫌われるのは必然じゃないかな?」


「え!? なんで急に俺の性癖暴露してんの!?」


「甘いですね。男は所詮ヤリたい生き物。男であるゼン様とて例外ではありません。ならば、一発ヤらせてしまえばこっちのものです!」


「いや、違うから! 興味がないわけじゃないけど、男がヤリたいばっかじゃないから! 俺、どっちかって言うと魔法使い目指してた方だから!」


「でも、それって結局そこまでの過程に持っていかないといけないのでしょ? けど、ゼン君の心はこっちにある? 拒絶された時点で終わりじゃない?」


「サッチー!? お前、一体誰ポジション!? なんか悪役っぽく見えたのは気のせいか!?」


「心なんていくらでも変わりようはありますよ。何言ってるんですか。ヤるかヤらないかですぐに変わりますよ。師匠も言ってました『痛みと恐怖の快楽に溺れさせろ』と」


「それどこのヤクザ!? 師匠は一体どういう教育してんだ!? ......っていうか、あれ? よく考えたらマユラの方が言っている内容の方が悪役ポジじゃね?」


「いいかな? あなたが―――――」


「いいえ、サッチーさんこそ――――――」


 結局、そこからさらに言い合いはヒートアップしていき、もはや禅に付け入る隙は全く無くなってしまった。

 サッチーもマユラも互いに支離滅裂な言葉を繰り返し、その度に修羅場な空気が周囲に伝わっていき、周りの通行人に禅が白い目で見られる。


 禅は後ずさりしながらその場を逃げようとするとなぜか一定の距離感を保ってついてくる。その際も何かを言い合ってる。

 もはやこれ以上聞いているのは(主に自分に)よろしくないと思った禅は白熱してる二人に話しかける。


「お、落ち着けお前ら。ほら、迷惑だろ?」


「「誰のためにやってると思ってるんですか!」」


「ぐばぁっ!」


 禅が二人の肩に手を置いた瞬間、二人の阿吽の呼吸の拳が禅の腹部に刺さり、痛みに悶えるままにうずくまる。なぜこういう時のダメージはかなり痛いのか禅にもよくわかっていない。

 しかし、その行動がきっかけになったのか。二人は息絶え絶えで互いを見つめると互いを褒めたたえるように熱い握手を交わした。


 どうやら結果的には収集を収められたようだ......自らを犠牲にして。

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