私が適当に転生させたのが悪いので謝りますから、日常を返してください
夜月紅輝
第1話 宗教勧誘は深くお断りしています
「はあ、なんだよ『目に生気が感じられない』って。今時そんな奴いっぱいいるだろうが。というか、ただのバイトの面接でそこ指摘されるかってんだ」
思わずバイトの店長の憎たらしい顔を思い浮かべながら、【佐藤 禅】は疲れた息とともにため息を吐いていた。
別段代わり映えのしない見慣れた夜道を途中のスーパーで買った缶ビールの入った袋をひさっさげて歩いていく。
生温い風が黒髪を揺らしながら頬を撫で、熱帯夜の気温が蒸し暑さを感じさせる。
歩く道は街灯が点々と道を照らしているような道で、ホラーゲームなら後ろから違和感のある視線でも感じそうだ。もちろん、そんなのは鬱陶しいので実際にあって欲しくないが。
そして、家に帰宅すると買ってきたビールをグビグビと次々に飲み干して一言。
「自由に楽に生きてぇ!」
切実なほどにどうしようもない声とともに眠くなった禅はやがて猛烈に襲ってきた眠気に飲まれていった。
****
「はあ~~~~、トロピカルジュース超美味しい~~~~。だからこそ、仕事がいやになりますね。あ~、だらけたい。でも、明日で一旦仕事に一区切りつく。休めめます。ゴロゴロできます。でも、なぜか誰も転生したがらないなぜ......仕方ない、もう適当に見繕いましょうか。あ、なんかいい魂見つけました。上手くいくように何とか説得しましょう」
****
「――――――てください」
「.......」
「起きてください」
「.......?」
禅は寝ぼけ眼でゆっくり体を起こすと声がした正面を見た。すると、そこには長い銀色の髪を二つ結びした人形のような端正な顔立ちとスタイルの女性が座っていた。
どこかギリシャ神話の神々の服装のようにやや露出度が高い服装でありながら、それをエロスと感じさせない神聖さがある。
そんな女性を前にしても禅は眠そうに聞いた。
「誰?」
「私はユノという女神です。そして、あなたを呼んだのは他でもない。異世界に転生し―――――」
「宗教の勧誘なら断ってるから。じゃ」
「違いま.....え、えええぇぇぇ!? 」
禅はユノの言葉をぶった切るとそのまま床にゴロン。二度寝に入る。その態度にユノは思わず驚きと焦りの声を上げた。
「ちょ、このパターンは初めて......ごほん、起きなさい転生者禅よ。これは夢などではない。れっきとした現実です」
「......」
「寝たふりはやめなさい。本当な眠くないはずです。ちゃんと聞こえてるのでしょう?」
「......」
「え、ちょっと、聞こえてるんだよね? ねぇ、返事してよ。無視はやめて! 全力の無視はやめて! それって一番心に来る奴だから。私は精神的に弱いからお願いどうか返事して、いやしてください!」
「......」
「ねぇ、ねぇねぇねぇったら! 聞いて! お願いだから私の話を聞いて! 泣くよ! 私、泣くよ! 泣いてもいいの! たとえ人間であっても男性が女性泣かすのは倫理的にどうかと思うけどいいの! ほんとに泣くからね!?......あれ? もしかして本気で寝てる? え、寝ちゃってる? あの、寝てるんですかー?」
ユノは腕を枕にして寝そべる禅のそばでしゃがむと寝てることを確かめるように指で頬をツンツンと突く。そして、再度声をかける。
「あの、もうここは現実じゃないから眠くないはずなんですけど。もしもし? もしもーし――――――」
「うっさいわ、コノヤロー! こっち酒飲みすぎて頭ガンガンしてんの! 胃袋の気持ち悪さと頭の痛さがパリピ集団みたいにワーキャーしてんの! ちょっとお静かに願えます!? ぁ~、来たよ。来ちゃったよ。
禅は起き上がりにユノの頬を片手で押しつぶすように掴むとややギレで叫んだ。その声にユノはちょっと涙目。どうやらメンタルがあまり強くないのはホントのようだ。
「それじゃあ、静かにね。後でアメちゃんあげるから」
「ふぁ、ふぁい......」
そして、ユノはそのまま寝転がる禅を見続けたまま無情の時を過ごすのであった。~FIN~
「いやいやいや、ここで終われるか! なんにも始まってないから! ねぇ、起きて。お願いだから起きて!」
ユノは禅の胸ぐらを掴むとグラグラ大きく揺らした。その大きさに合わせて禅の頭もグラグラ揺れる。
そのことに痺れを切らした禅はゆっくりと目を開けた。
「あ~、もううっさいな~。大声よして、頭にガンガン響くから。それでなに? “あなたは神を信じますか?”とかそんなんだろ? あ~、もういいってそういうの。何度も断ってるじゃないですか」
「だから、宗教の勧誘じゃないって言ってるでしょうが! 私はただあなたが死んだから転生者として―――――」
「あ~、輪廻転生ってやつね。はいはい、確かに生きることって辛いからね。生まれた瞬間に自分の寿命まで突っ走るだけになっちゃうしね。そう考えると誕生日を自分で祝うって自分で死亡までのカウントダウンを喜んでることになって、もっと話を広げたならそれを祝う知人って寿命が減ったことを喜ぶんだから死神かなんかだと思っちまうよな」
「いい加減、宗教の話から離れろ! っていうか、途中から何言ってんの!? なんか聞いてて悲しいんだけど! 先日私の誕生日を祝ってもらったってそういうことなの!?......あ、でも言われてみれば確かにそうかも」
「だろ? だから、人間ってやつは限りある時間の中を各々の考えで生きてんだ。死神の鎌で首を切られる前にやりたいことやってんだ。ということで、今の俺は寝たい。だから、おやすみなさい」
「あ、おやすみ......じゃないって、死ぬまでの時間以前にもうあなた死んでるから」
「は? バカ言うんじゃないよ! 確かにいずれは死ぬ運命であろうともね、まだ立派にこうして生きてるでしょうが! 死んだらどうせ神も仏もねぇよ!」
「神は私! 私は月の女神ユノ! 享楽と勝負の女神なの! そして、もうあなたは死んでる! 周りを見て!」
「は? 周りって......」
禅はそこでようやく周りを見た。するとそこは、真っ暗な世界にポツンと正面に椅子があるだけの殺風景の場所だった。そのくせ女神の姿はハッキリ見える。
禅にとっては全く見覚えのない場所。自分の部屋でもなければ、どこなのかも見当つかない。
そして、ようやく禅は焦り始めた。
「いやいやいや、夢。これは何か悪い夢ですよ。ねぇ、奥さん」
「残念ながらそうじゃないのよ、奥さん。これは紛れもなく現実なんですよ。試してあげましょう」
ユノはこれまでの恨みがあったのかニコっとした笑みで禅の心臓に向かって手刀を突き刺す。
しかし、そこから血が出る様子はない。
それを見た禅はさらに焦る。
「いや、いやいやいやいや! これアレだよね!? 人体貫通マジックとかそんなんじゃ―――――」
「......(ニコッ)」
「ないこともないんですね......え、俺、死んでんじゃん!?」
「だから、さっきもそう言ったでしょうが! そして、あなたは私によって転生者として選ばれたの!」
「て、転生者?」
ようやく話が進みそうだと理解したユノは深く疲れたため息を吐いた。そして、禅に改めて現状を話す。
「いいですか? あなたはコンセントの老朽化によって寝ている間に火事が起こって焼け死んだんです。そして、そんなあなたの魂は私によって回収されました。つまり、転生者としての二度目の人生を歩む権利を得たのです!」
「ほぉ~」
「まあ、ぶっちゃけ誰でも良かったんですけどね」
「おい」
「というのも、ぶっちゃけ世界の人口が減ってるんですよね。死んだ魂がまたその世界に生まれ変わることを拒んでいるせいで。まあ、私も鬼じゃないですし? 無理強いは出来ないので......」
「へぇ~、本当は?」
「もう18人ぐらいに勧誘かけてるのですが、なぜかすげなく断られてるんです。本当に助けてください。ほら、最強のステータスとかしてあげますから。そこんとこよろしくお願いします」
ユノは両手をバシンッと合わせると深々と頭を下げた。どうやら本気の本気で困っているようだ。
さすがにそこまでされるとなんだか断るのも気が引ける――――
「だが、ことわ――――――」
「る、なんて言わないですよね。ね、ね! ね!!!」
「わかったわかった! わかったから顔近づけんな!」
「え、わかってくれた!? やったー! やったやったー! これで一人目ー!」
禅にグイグイと顔を近づけていたユノは両腕を天にビシッと上げ、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら本気の喜び。しかも、どうやらこれで一人目らしい。見た目はいいのになぜだろうか。
そんな様子を見ながら禅は思わずため息を吐く。死んでいるらしいので、どうせなら楽しくやろう、と。まあ、半分以上圧に負けた感じなのだが。
「それじゃあ、いってらっしゃい」
「え」
そう言ったユノは指をパチンと鳴らす。その瞬間、禅の座っていた床にはポッカリ穴が空いて、体が自然と下に落ちていく。
そうなった時、人は助かるために咄嗟に手を伸ばすもので―――――
「なんで私の足を掴むんですか!? ちょ、ま、嫌ああああぁぁぁぁ!」
ユノの足首を掴んだまま暗く深い穴を落ちていった。
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