第9話 俺の右腕は波動砲
「―――――なるほど。そうでしたか」
ユノは禅から事情を聴くと納得するように頷いた。しかし、その表情は暗い。
「それで、どうして私は亀甲縛りされて吊るされてるんですか?」
それもそのはず、現在ユノはとある木の枝で言葉にした通りの状態で吊るされている。まるで釣りに使う疑似餌のそれだ。
そんな状態にされてユノがご立腹にならなはずがない。しかし、禅は悪びれもせずに告げた。
「仕方ねぇだろ? だって、『憲兵さーん! こっちでーす!』とか言って急に走り出すんだから。咄嗟に捕まえなきゃ話も聞いてくれない」
「経緯は知ってるんですよ。当事者だから。でも、捕まえるのにどうして亀甲縛りになるんですか? ビキニアーマーだから露出度多くて肌に紐擦れて痛いんですからね? それ以前に女神が亀甲縛りで吊るされてる状況がもはやおかしいんですが」
「亀甲縛りは......アレだ。いつか大人の階段上る時のために練習してたんだ」
「どこの大人の階段上ろうとしてるんですか。変態の階段の間違いなんじゃないですか?」
「けどさ、確かにお前の言う通り絵面はかなりひどいね。一体どこの同人誌って思うよな」
「なんで時折同人誌で例えるんですか。他で良いじゃないですか」
「だからさ、やめてくれない? ほら、小さい子いるし。教育上に悪い」
「ゼンさんがやったんでしょうが! なにしれっと私が自ら縛って吊るしたみたいになってるんですか! 私はドMじゃないです! ライトMです!」
「おーい、いらんこと口走ってるぞー。ヤユイ、そんな純粋な目で見てあげるな。あいつがMなら興奮させちまうからな」
グラグラとふりこのように揺れながら講義するユノを横目で見ながら、ヤユイの目をそっと手で覆う。
そして、ユノが落ち着いたところでヤユイに「少し目を瞑って待ってろ」と告げて、ユノの紐を解いた。
「はあ、地味に擦れて痛かったですよ」
「地味に頬が赤いのは見なかったことにしてやるよ」
「そういえば、その紐って
「俺の四次元ポケット」
「それは聞かなかったことにします。それじゃあ、お母さん探しを始めるとしましょうか」
ユノは薬草の入った籠を抱えると禅とヤユイとともに歩き始めた。来た行先はわからないというので、とりあえずギルドからもらった地図を頼りにここから近くの集落を目指していく。
「これ。これが薬草のエギリア草。お母さんと良く取ってたから覚えてる」
「へぇ~、偉いですね。なら、勝負と行きましょうか。そっちはゼンさんとヤユイちゃん。対するは私」
「なら、何か賭けをしようか。そうだ、勝った方が酒驕りな」
「いいでしょう」
「ちなみに、ハンデとか言ってその薬草をカウントに入れるのは無しだからな」
「うっ.......そんなことは微塵も考えてないですよ」
「大丈夫だよ、おじさん。ユノお姉ちゃんが持ってるのは全てエギリア草に似てるエギリア草モドキっていう毒草だから」
「え!?」
「それじゃあ、スタート!」
「ま、待ってください! ハンデなきゃ私、普通に負けちゃいますぅ~~~~!」
そうして仲良く勝負しながら山道を進んでいく。勝負と言いつつも、エギリア草と見間違えてモドキばかりを採集していくユノを見かねたヤユイが口を出し始めたので、途中からグダグダな感じであったが。
それでも、魔物に襲われることなく終始ヤユイの笑い声が聞こえる楽し気な雰囲気で順調に進んでいく。
そしてある時、ユノの少し遠くの前の方で角ウサギと一緒に駆け回っているヤユイを見ながら、隣の禅に告げた。
「ねぇ、ゼンさん。なんかおかしくないですか?」
「おかしいって?」
「魔物が全く現れないことですよ。本来ならどこにでも現れていいはずの魔物の姿が一匹も見えないなんて非常事態です」
「そういえば、ヤユイも似たようなこと言ってたな。魔物がいないから平気だなんだって。まあ、それとは別の意味で平気じゃなかったってことだが。本来魔物がいるはずの場所にいないってことは何かあるってことでいいんだよな?」
「それで間違いないですね。恐らくギルドの方は既に調査の方を進めていますが、結果が公表されてない以上はまだ原因が特定できていないのでしょう。まあ、大方の予想は出来ますが」
「だな。まあ、そこら辺はハイランカー様に任せましょ。俺達が出しゃばることはない」
「でも、そういう緊急クエストって通常の倍のギルド報酬が出るって聞きますけど」
「さあ、大物狩りじゃー! 気合れろ、ユノ! 俺達の宝の山はすぐそこにある!」
気持ちが良いほどの手のひら返しの発言に、生気のなかった目に宿った光を禅を見てユノは思わずため息を吐く。
とはいえ、お金が無いのは事実なのでたとえ理由がどうであれやる気を出してくれたのは望ましい結果と言えよう。
―――――――ウオオオオォォォォ!
「「!」」
その時、突然遠くから雄叫びが聞こえてきた。するとすぐに、前方の方から僅かな地鳴りとともに横に伸びた長い影が現れた。
その現れた影をよく見ると全て魔物だ。種類は多種多様。されどそれぞれがいがみ合うこともなく、まるで何かから逃げるように迫ってくる。
それはさながら肉塊の津波とも言えよう。その光景を見た瞬間、禅とユノ顔は引きつった。
「逃げろおおおおお!」
禅はヤユイを抱え、ユノはウサギを抱え背を向けて走り出す。
すると、すぐにユノはツッコんだ。
「ちょっと! なに一緒になって逃げてるんですか! こういう時のための存在でしょ!? こういう時のための力でしょ!? さっさと肉壁になれええええぇぇぇぇ!」
「コノヤロー! ついに本音を出しやがったな! だがな、怖ぇんだよ! なんだよ魔物って! 異世界来たの初めてなの! あんな顔面凶器で見ただけで人を石にできますよみたいな顔した魔物がいるなんて聞いてないんだけど! いくら強くなろうとね、心まで強くなれるとは思うなよ! 特にダメ人間は心が繊細なんだよ!」
「なに誇らしげに言ってるんですか! 全力で後ろ向きに走りながら前向きに言ったってカッコよくないんですよ! さっさと行ってください!」
「待て待て! こっちにはヤユイがいるんだぞ!? 子供に俺が肉壁になるところなんて見せられません! どうせ見せるだったら夜の両親のプロレスごっこ方がマシだ!」
「なに変なキレ方してるんですか! それはそれで精神的に来るでしょ! ともかく、私も少しは防御結界ぐらいは張れますから、速くいって少しは痛い目にあってください!」
「おまっ、さっきのこと根に持ってんな!」
「そうですが何か! さあ、行ってきてください!」
ユノはヤユイを強引に引き離しながら、禅を蹴り飛ばす。そして、足がもつれた禅はそのまま転倒。起き上がった時にはもう既に魔物の波が迫っていた。
だから、禅はもはや仕方ない気持ちで立ち上がるととりあえずファイティングポーズで威嚇。しかし、止まることはない。
「くそったれええええ!」
禅は大きく右拳を振り上げるとすぐに正面に向かって放った。すると、発生した拳圧によって前方の魔物が吹き飛んでいく。だが、範囲外の魔物はそのまま全身を続ける。
そして―――――――
「あれ?」
そのまま通り過ぎていった。ただ慌てた様子をそのままに多くの魔物が禅たちを気にも留めずに走り去っていく。
そのことに疑問を感じた禅たちであったが、すぐにその正体がわかった。
「ウホオオオオォォォォ!」
拳を地面に叩きつけて全力で走ってくるのはまるで巨人とも言えような黒い毛を纏った。巨大なゴリラであった。
つまりは、このゴリラからあの魔物たちは逃げていたらしい。
そして、ゴリラは禅の前で止まると睨みつけるように見下ろした。
「ゼンさん、かましちゃってくださーい!」
「おじさん、ファイトー!」
ユノとヤユイはすっこかり観戦モードのようだ。
もう引くにも引けなくなった禅は仕方なくファイティングポーズを取って臨戦態勢。そして、先制の本気の右ストレート。
その瞬間、ブンッと振られた腕とともに強烈な突風が吹き荒れる。
―――――――ゴパァンッ!
「ひゃああああああ~~~~~~!」
「おじさん凄い!」
ユノのアホ面をした驚き声とヤユイの興奮した声がその音の後に響き渡る。
それもそのはず、目の前にいた三階建ての建物ぐらいの大きさをしていたゴリラの上半身が木っ端みじんに消えているからだ。
さらに言えば、ゴリラの背後にある木々もなぎ倒されていて、まるで鋭くえぐり取られたように切断面が残っている。
ユノが驚いているのはさながら「強くし過ぎた」といったところだろう。そして、ヤユイが興奮しているのが子供が故。
しかしながら、それに関して一番驚いているのはあまり自分が強いという実感を持っていなかった当の本人で......
「......アレ? 俺の右手って波動砲?」
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