第26話 その状況でその一言はある意味すごい
「ねえ、聞いた? 前に言ってたあの子が意中の相手を手に入れたから寿引退するんだって。前から思ってたけど、あの子ぶりっこしてて気持ち悪かったわ」
「聞いた聞いたその話。まあ、私はその旦那? を見たことあるんだけど、まさに旦那? って感じだったよ。え、本当に人間ですか? みたいな」
「早くに結婚して一歩先のステージに立ってます感がうざいよね。といっても、あの夫なら別にどうぞ好きに上がってください。どうやら私達ははなから別のステージだったみたいでしたから、人種が。ってね」
「「それな~~~~」」
冒険者ギルドの一角で三人の女性冒険者が共通の人物に対して姦しく悪口を叩いている。
それは盛り上がっているせいか割りに大きな声であるために周囲に聞こえまくっているが、本人たちはそれに気付いていない。
その存在を疎ましく感じる他の冒険者もいるが、いつもの感じといった様子で無視・関わらないということを徹底したような行動をしている。
いわば、空気だ。気にしたら負けの空気として扱っているのだ。
とはいえ、まだ日が浅く冒険者になったものはその声が耳に勝手に入り込んでくるのだ。
「全く、仮にも知り合いの幸福を喜べないなんて無粋な人達ですね」
「仕方ない部分もあると思うよ。冒険者って実際経験したことない人たちからすれば野蛮ってイメージがついてるから。たとえ中身が同じでも、見た目で野蛮の人か清楚の人かを選ぶなら恐らく大半の方が後者だからね」
「ま、大概そういう人ほど中身がキツイってらしいけど」
「へぇ~、ずっと純潔を守ってきた女神の私にはわかりかねる問題ですね~。そもそもそこまでしてモテたい理由がわかりませんね」
「まあ、一種のステータスって感じかな。一般概念で作られた地位の存在みたいな。たとえで言うと、未婚の女性と既婚の女性を比べたなら、既婚の女性の方が少し上に見えてなんなら幸せそうにすら見える。実際そうなのかはわからないのにね」
「でも、実際は別に既婚であろうと未婚であろうと同じ土俵。勝手に区別意識をつけて上に見たり、下に見たりしてるだけ。既婚しなければ生きていた人だっていただろうから、未婚が悪いわけじゃない」
「なるほど、あんましそういう浮いた話聞いたことないですからね......あ、でも恋愛の女神とかは手当たり次第貪り食ってるとか言ってたな」
ユノはポツリと呟きながら、今頃天界の状況はどうなっているのだろうかと考える。
いうなれば、ユノが空いた場所がどうなっているのかということだ。
きっとどこかのポッと出の女神が仕事についているんだろうがそれはまだいい。問題は天界に戻った後に仕事に復帰できるかということ。
出来れば問題ない。だが、最悪天界に帰って仕事スペースに長くなっていたら......うぅ、考えたくもない事だ。
そして、ユノはふと良からぬ想像に振るえた体を落ち着かせるとようやく目の前にいる人物に話しかけた。
「で、どうしてここにあなたがいるんですか、メルトさん?」
実のところ、先ほどから離していたのはユノとマユラに加えメルトも参加していたのだ。
メルトの組織がほぼ禅の思い付きで解体されてから、メルトは実質無職まだしばらく働かなくても生きていけるお金はあるとはいえ、ワーカホリックなためか冒険者として仕事を始めた。
そして、なぜかいつもしれっと混ざっている。
禅は「好きに生きればいい」と言って別にメンバー勧誘をしていないが、勝手にいつの間にかいたりするのだ。
仲間になりたそうにこちらを見ているどころか、勝手に仲間に加入してきた。
その目的はもちろん――――――
「ゼンさんにまた何かしたんですか」
「あの生き物とカテゴライズしていい人間かわからない男をパンイチで逆さづりにして放置してある。寝てたから丁度いいし、頭に血が溜まったらどうなるのかなって」
「なんて惨いことを......で、どうしてパンイチ?」
「どうせ死なないだろうし。そのことがむかつくからある意味死を与えている」
「社会的にってことか~」
そうその目的は禅は何をすれば死ぬのかというマッドサイエンティストらしからぬ思考の実験だ。
もともと暗殺者でワーカホリックだったためか仕事を完璧に終わらせないと気が済まないメルトはやはり禅を殺せなかったことを根に持っていたのだ。
そして、近づいてはいたずらっ子のようにいたずらしてすかさず逃げていく。まあ、いたずらレベルで済む内容ではないが。
ユノはそれを聞いて「さすがに可哀そうですよ」と言いつつも、全く助けに行く気はなくなんなら頬杖をついて少し眠たそうな目をしてる。
「どうせ生きて帰ってくるから」という理由であるためであるが、なんとも禅のことを信じているからなのか、単にめんどくさいからなのかがわからない。
そして、まどろみを感じつつ、ユノが目を閉じかけたその時、後方のあの姦しい女性冒険者の方から声が聞こえてきた。
「ねぇ、ちょっとそこのトロ子。あたしのバングル拾ってくれない?」
「あ、は、はい......」
トロ子と呼ばれた茶髪を二つ絞った大人しそうな子が床に落ちているバングルを拾おうとする。
「さっさと拾いなさいよ!」
すると、バングルの持ち主であろう女性がトロ子に向かってローキック。
トロ子は咄嗟にバングルを掴みながらも、壁に叩きつけられた。
「あんたはあたしのバングルを拾うだけでどんだけ時間かけてんのよ。さっさと拾いなさいよ。だから、トロいんだよ」
「ご、ごめんなさい......」
「聞こえねぇよ!」
女性はもう一度ローキック。それはトロ子の腹部に直撃する。
「やめなさい!」
その時、あまりにも見かねたユノが咄嗟に声を出した。その表情はこの世界に来て初めて見せるような怒気が宿った表情であった。
「なに?」
その声に女性冒険者の一人がイラ立ったような声で聞き返した。
「暴力はよくありません。なんならその暴言もよくありません。その子が何をしたんですか? あなたのバングルを拾ってくれたじゃないですか?」
「あのさ、私達の問題に他人が口を突っ込まないでくれる?」
「さすがに挟むような行為を行っているからでしょう。私が間違ったことをしていないのは周りの皆さんが教えてくれています」
ユノがそう言っている時には周囲は静けさに包まれ、周りの冒険者は嫌悪感を抱いたような目でその冒険者たちを見た。
すると、「チッ」と舌打ちをしてその場から入り口のほうへと歩き始める。
「あ、そうそうこれトロ子のせいで汚くなったわ。だから、いらない。まあ、所詮元カレに貰ったやつだからね」
そういって、持っていたバングルを放り投げるとギルドを去っていった。
そして、ユノはすぐにトロ子のもとへと移動していく。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「は、はい。大丈夫です! ありがとうございます!」
トロ子は焦ってどもりながらもキッチリとお礼を言った。それだけでユノはそのトロ子という人物の中を見たような気がした。
すると、トロ子がじーっとこちらを見てくる。
「何ですか?」
「え、えーっと、間違っていたらすみません。もしかして、英雄ゼンさんのパーティメンバーであるユノさんですか?」
「はい、そうですよ......!?」
「相談があります!」
トロ子は先ほどよりも機敏な動きでユノの両肩を掴むと真っ直ぐと目を合わせた。
その真剣な表情にユノは恐らく先ほどのイジメについての相談だろうと思い、「ええ、ぜひ相談してください」と答える。
しかし、ユノが想定していた斜め上の相談をされた。
「私、どうしたらモテるようになりますか!?」
「.......この状況でその質問? ある意味メンタルつえぇな」
ユノの驚愕は至極真っ当なものであった。
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