第18話 4日目C:リンゴの色は何色だ?


 彼女は言う。

「そうそう、“幼稚園の頃の話”と言えば一つだけ、“外せないエピソード”が存在してたわ」

「それは何ですか?」

 ボクは尋ねた。

「さっき私が“記憶の楔(くさび)を打ち込んだ”という話をしたわよね?」

「ええ、“幼稚園”というフレーズを聞いた時に“脳内に映像を想起する”という話でしたよね?」

「ええそうよ」

 彼女は言う。

「私が過去の“印象的なエピソード”を“忘れないように”と脳内に“動画として記録をした”ってお話だけれど、そもそもの切っ掛け(きっかけ)となったのが“リンゴの色は何色か”ってーお話だった」

「リンゴの色は何色か?」

「ええ。 最初に結論を言っておくと、私がこの出来事を“言語化する事が出来た”のは高校生の時だった。 幼稚園時代の私はね“色々なものに恐怖を覚えた”ものだけど、一番恐怖を感じた事は、この“リンゴの色は何色か”ってーお話だった」

 ボクは尋ねた。

「それって“怖い話”なんですか?」

「そうでは無いわ。 私が“恐怖に感じた事”は、“知識を得る”という事が“それ以外の可能性を考えなくなる”という事に恐怖を感じてみせたのよ」

「…………?」

 言われてボクはいまいちピンと来なかった。

 ボクは尋ねた。

「どういう事なんです?」

「そーねぇ~~~」

 と、彼女は少し頭の中の整理をすると、ボクへとこう言って来た。

「アナタに質問してあげる。 “リンゴの色”って何色かしら?」

「えっ?」

 ボクは少し驚いた。 そして答えた。

「“赤色”……ですか?」

「正解よ。 だったら“青リンゴ”の色は何色かしら?」

「“青色”……というか“緑色”のような気がします……」

「そう、正しいわ」

 彼女は続けた。

「だったら“赤く熟す前のリンゴ”ってーのは何色かしら?」

「“緑色”……ですね」

「だったらその“熟す前のリンゴ”と“青リンゴ”とでは“見た目の違い”はあるかしら?」

 ボクは言う。

「いや、流石(さすが)にそこまてリンゴに詳しくはありません……」

「それで良い。 それで良いんだけれどもね……、例えばリンゴは種類によっては“熟した状態で黄色”ってーのがあるかも知れない。 もっと言うなら“熟した状態で紫色”や“橙色(だいだい色)”ってーのもあるかも知れない。 つまりはね、リンゴという果実には“色んな可能性”ってーのがあるにも係わらず、幼稚園の先生は児童(幼児)に対してこう言った。 『リンゴの色は赤い』って!」

 ボクは静かに聴いていた。

「確かにね、“給食”とかで出されるリンゴであったりね、“絵本”や“イラスト集”なんかに描かれて(えがかれて)いるリンゴの色は“赤い”でしょう。 けれどもね、“青リンゴ”であったりね、“熟する前のリンゴ”なんかは“赤色である”とは限らない。 “黄色”や“紫”、“橙色(だいだい色)”のリンゴだってねホントは存在してるのよ。 けれども先生の一人はね、私に『リンゴの色は赤い』って、そう言った。 “リンゴの色が赤い”というのは“知識”であり“定義”であり“前提”としては正しくある。 私は別に“赤リンゴ”の存在を否定しない。 けれども“リンゴの色は赤い”という概念を構築してしまったその瞬間、“それ以外の色のリンゴ”は“例外となってしまう”のよ」

 彼女は言う。

「世の中には熟した状態で“黄色”、“緑”、“紫”、“橙”のリンゴが存在しているわ。 国や地域によってだね、“当たり前としているリンゴの色”は違うのよ。 だからね、“リンゴの色を定義する”その前までは“色んな種類のリンゴが存在している”のにね、“定義をしてしまった”その直後、リンゴの色は“一色になってしまう”のよ。 ……私はそれが恐ろしかった。 当時の私は“赤色以外のリンゴが存在している”なんて事、知らなかったのだけれども、それでも『リンゴの色は赤い』という“それ以外の可能性を考えていない定義”がね、“それ以外を否定している”ように感じられ、私にとっては恐ろしかった。 恐ろしかった事なのよ……」

 彼女は言う。

「けれども当時の私はね、“自分が何に恐怖をしたのか”が分からなかった。 “言語化する事”が出来ないでいた。 そこで私は“楔”を打ち込む事にした。 私が体験した恐怖をね、いったい“何が怖かったのか”を忘れないようにと頭の中で“映像の構築”を行って、“幼稚園”というフレーズを聞く度に脳内で“動画再生”を行って、忘れないようにと努めてみせた……」

 彼女は言う。

「勿論ね、“知識を得る”という事自体はね素晴らしい事だとそう思う。 “前提”を知ったその上で知識を増やせば、“赤くは無い別のリンゴの存在”や“赤いけれども品種の違っているリンゴ”等々様々なリンゴと出会えるだろう。 けれども私は“リンゴは赤リンゴ以外は存在しない”かのような“決め付け”が怖かった。 そして先生が“それを前提としている事”に、“常識”というものに“違和感を感じていない”という事にも私は恐怖を覚えてた。 “他の可能性を考える事を放棄している”ように思われて、私は恐怖を覚えたの。 だから私は“その事”を忘れないように工夫した」

「…………」

 彼女のこの説明はボクにも理解出来遣る事だった。

 実はボクにも“そのような経験”が存在していた。 あれは確か小学生の頃の絵画の授業……。 ボクは絵の具を使って絵を描いていた。 それは風景画だったような気がしてる。 ボクはその時“太陽”に“赤色”か“黄色”の所謂(いわゆる)“暖色系”の色を塗っていた。 そして同じようにクラスメイトの一人の男子が太陽に色を塗っていた。 それは“緑色の太陽”だった。 ボクは少しビックリしたし、先生はその子の事を“注意”した。 けれども彼は“直さなかった”。 今となってはどうして“彼”が“緑色の太陽”を描いていたのかは分からない。 彼には“黄色と緑の区別がつかなかった”のか、“絵の具を切らしていたから代用品として緑色を選んだ”のか、“意図的な何かがあっての行為”であるのか、ただ単に“緑色の太陽を描きたかっただけ”だったのかは分からない。 けれども少なくとも“ボクには描けない太陽”だった。 ボクにとっての太陽は“赤や黄色などの暖色系”であるのであって、“ボクの中の世界”には“緑色の太陽”は存在してはいなかった。 けれども彼女、「カーニス=ギリアム=ティベリウス」にとって、その“緑色の太陽”は“可能性の一つ”と捉えられている事なのだろう。

 と、彼女は補足を行う。

「あー、そうそう。 一つ勘違いをして欲しくは無いけど、私は別に“リンゴの色は単色である”って主張をしているワケではない。 リンゴってーのはよくよく見たら“複雑な色”をしていてね、“単色の絵の具なんかじゃけっして描けない事”くらい知ってるってー伝えておこう♪」

 彼女は“声色”を変えては言う。

「世の中には……、“考える事の出来遣る者”と“考える事の出来ない者”とが存在している。 “相手の主張を取り敢えずは受け入れたその上で相手の間違いを指摘する”、“前提を疑い矯めつ眇めつ(ためつすがめつ)した上で新たな定義を主張する”、“ゼロから1を創り出す”……。 こういう事が“出来遣る者”を私は“考える事が出来遣る者”だと定義をしている。 一方で、“自分の知っている前提と違っているからと相手の主張を頭ごなしに否定する”、“自分の知っている素晴らしい理論、説得力のある論理、自分の尊敬している人物の説明とは違っているからと相手の主張を否定する”……。 そういう人らの事をだね、私は“考える事の出来ない者ら”と定義をしている。 そしてまた“情報を左から右へと持って来る”、“幾つかある選択肢の中からどれか一つを選び出す行為”という行為はね、“考える”とは言わないの。 こういう事は“選んでいる”ってだけであり、“考えている”とは言わないわ」

 彼女は言う。

「また“学力の高さ”と“情報処理速度の速さ”はね“考える事が出来るかどうか”とは“全く関係の無い事”である。 そして“考える事の出来遣る者”の確率は、“職業”、“年齢”、“性別”、“学歴”、“性格”等を問う事無くに“20%程である”って考えている。 そしてこいつはどう多くを見積もってもね“3割”にも届かない……」

 彼女は「瞬き」一つして、ボクに対してこう言った。

「だからアタナに対して“宿題”よ。 明日、私に対してね、答えを聞かせてくれないかしら?」

「宿題ですか?」

「ええ、そうよ♪」

 そう言うと彼女は口調を変えてみせては“誰に”と言わずにこう言った。

「ここのスタッフ、聞いてるでしょう? 私が今から言う事をプリントし、この人に渡しといて頂戴ね」

 と。

 彼女は言う。

「第一問……。 ある日にタロー君は花子ちゃんのリンゴを2つ盗り(とり)ました。 タロー君はそれが花子ちゃんのリンゴと知った上での行いです。 後日に花子ちゃんはタロー君が“リンゴ泥棒の犯人である”と分かりました。 そして彼へと“損害賠償”を求める事になりました。 さて問題。 それではこの時に花子ちゃんはタロー君へと“何個リンゴを請求すれば良い”のでしょうか?」

 これが「第一の問題」である。

「第二問……。 マンホールのフタは“丸い”です。 アナタも見た事あるでしょう? それでは“マンホールのフタが何故丸いのか”に関する問題です。 ある日に自称“頭の良い奴”が“マンホールのフタが何故丸いのか”についてこう言いました。 『円というのは全ての対角線の長さが等しい。 それ故にマンホールのフタは穴の中へと落ちるような事は無い。 仮にもしマンホールのフタが四角であれば角度によってはフタが穴の中へと落ちてしまう。 故にマンホールのフタは丸いのだ』と……。 ここで問題です。 私はこの自称“頭の良い奴”の事をだね、“知能の低いクソザコナメクジである”と考えています。 それはいったい何故でしょう? 理由も添えて(そえて)お答え下さい」 

 これが「第二の問題」である。

 彼女は言う。

「……以上よ。 今言った問題を明日までに“アナタの言葉”で答えて頂戴(ちょうだい)。 “間違えてたって”構わない。 “正しくなくとも”構わない。 けれどもね、“ツマラナイ答え”であるならば私は以降アナタと顔を合わせない。 アナタは期日を待つ事無くしてこの地を離れる事になる……!」

 そう彼女が言い終わると、「ピーーーッ」という甲高い音が(部屋に)鳴り響き、ボクは意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る