第3話 1日目C:彼女の願い1


 ボクは言う。

「あ~~……、多分その願いは叶わない。 恐らくこの国じゃあ叶わない……」

 彼女は言う。

「どうしてかしら? どうして“私の願い”は叶わない?」

「そーいうものであるからさ」

 ボクは一般論を言ってみた。

 けれども彼女は両手で「WHY(何故)?」とジェスチャーを行ってはこう言った。

「けれども何処かの国では『自殺』を叶えてくれる、“助けてくれる”国もあるんでしょう? だったらこの国にも出来ると思う。 他国が出来るというのであるならば、この国にだって出来るハズ。 いえいえ寧ろ(むし)アドバンテージを取る事で時代をリードするべきよ」

 ボクは言う。

「残念ながら(自殺を)“助けてくれる”と言ったとしても助けてくれるのは“特別な条件下”での事であり、恐らく君には適用されない」

「適用されない? 私が努力をしてみせたとて?」

「(ボクも)詳しい事は知らないけれど、確か『末期癌の患者である』だとかの条件があり、尚且つそれは“自殺したいという願いを叶える”のではなく“安楽死によって痛みからの救いを齎す(もたらす)”ものだったと思う」

「…………」

 言われて彼女は体を強張らせて(こわばらせて)みせていた。 そして一呼吸置いてはその後に、主張を続けてみせていた。

「あのね、私にとって“この世こそが苦痛”であるのよね。 だからね私は私の事を“助けて欲しい”と思ってる。 仮に私が“自殺をする”とした場合……、“上手くいく”、“成功する”ようであるならばそれは“良し”とするべきものである。 しかしだね、けれどももしも“失敗”したら? “中途半端に成功”した場合はどうするの? “身体の機能を失ったり”ね、“不具合を抱えてみせたり”ね、痛みや苦しみ、自らの行いに後悔する毎日が……“やらなければ良かった”と“失敗しなければ良かった”と後悔をする。 唯でさえ“死ぬ事”を選ばざるを得ない程に追い詰められていたというのにね、私は“最後の最後”で失敗をしてしまっている……。 弱者で無能な人間のクズが“自分の処理”すら出来やしない。 自分自身にケリを着ける事さえ許されない。 なんて哀れな事なのでしょう。 なんて無慈悲な事なのでしょう。 おまけに苦労はこれだけではない。 “残された者達”への“すまなさ(申し訳なさ)”がある。 例えば“親”が居たとして、“兄弟姉妹”や“子供の類”が居たとして、どうして私は顔を合わせる事が出来るのだろうか? 唯でさえ“自殺を試みた者の家族”だと周囲から視線を向けられ遣るのに“自殺を失敗した”のだと“それを失敗した”のだと……哀れ過ぎては悲しくなるわ」

 彼女は言う。

「あなたに想像出来だろうか? この“虚しさ”を……“どうしようもない状況”というのが“よりよりどうしようもない状況に陥ってしまった”という虚しさが。 想像をして下さいな。 想像をして下さいな。 これはとっても悲しい事であるのです。 とっても悲しい事であるのです……。 きっとね誰かが(私の)介護を続ける事になるのです。 家族であるのか病院か……、生きてるだけで“迷惑を掛け続ける事”になるのです。 そしてそれは死ぬまで続いてみせるのです。 10年か20年か40年か60年か……、『残酷過ぎる牢獄』が“延々と変わらぬ不自由”が死ぬまで続く事になる。 無残であるとは思いませんか? 助けてあげたいとは思いませんか? “生きる意志”があるのであればそれで良し。 しかし“違っている”のならば悲しいものです。 “世話をする”にもお金が掛かる。 “お金の不足”で家族が不仲になる事もあるかもしれない。 自分のせいで更なる不幸が発生してしまう事になるかも知れない。 きっと皆、私の事を恨むでしょう。 (私は私の事を)好きでいて欲しかったのに私の事を恨むでしょう。 面会に来てくれたとて(私の事を)“良く”思っちゃくれないでしょう。 (私に向ける)笑顔のその裏側には“静かな憎しみ”を抱いてみせてる事でしょう……。 そしてそいつは大変ツライ事であるのです。 心苦しい事であるのです……」

 彼女は言う。

「もしも私が“もう一人居てくれたなら”……そういう風に思います。 そしたら私は私の事を上手に“処理する事”が出来ますし、“仕事(自分を処理する事)”に対して責任を持つ事だって“後処理”だって出来るのです。 あなたも知っているでしょう? 死んだ人間の身体が……筋肉が、(死後)どうなってしまうのか。 “身体の中身”がどういう風に“外へと流れ出して行くのか”を……」

「…………」

 彼女の話は長かった。 彼女は身振り手振りを交えては時折口調を変えてみせながらにボクの事を説得しようと試みた。

 ボクはそんな彼女の事を「躁鬱の気(そううつのけ)のある人だ……」とそういう風に捉えて(とらえて)みせた。

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