第2話 1日目B:カーニスギリアム=ティベリウス


 「特別室」の中は“半分の部屋”といったカンジであった。 部屋の中央には床から天井まで至る「壁」があり“こちら側”と“あちら側”とに分かたれていた。 事前に説明のあったように「壁」の中央部、テーブルと壁とが接触している辺りには「ガラスで出来た壁」が、「ガラスの板」が嵌め(はめ)込まれているのが見えていた。

「…………」

 ボクは部屋の中を見回した。 「ガラスで出来た壁」の手前には一つの「テーブル」と「イス」が置いてあり、「テーブル」の上には「飲み物」と「キャンディーの入れられたビン」、それと会話をする為の「マイク」が置かれてあるのが見えていた。 そしてまた「ガラスで出来た壁」の“あちら側”は“こちら側”と同じ様に「テーブル」が置かれてあるのが見えていた。 そしてボクは少し部屋のどこかにあるという「監視カメラ」を探してみたが、「スピーカー」の位置こそ分かったものの「カメラ」の場所は分からなかった。

「…………」

 ボクは一度目を閉じて、そして静かに開いてみせ遣る(やる)と、「テーブル」へと向かって歩いて行った。 ボクは「テーブル」の傍ら(かたわら)あった「イス」を引き、静かにそこへと腰掛けた。

 それからボクは目を閉じて暫し(しばし)待つ。 やがて「ピー」という“小さな音”が聞こえて来て、ボクは“相手の準備が出来たのだろう”と考えては、目を開けては前を見た。

「♪」

「!?」

 そこにはボクへと微笑み掛ける「女」の姿が見えていた。 突然現れた女の姿にボクは少しだけ驚いた。

 “彼女”は整った顔立ちをしていては、その髪の毛は黒くあり、ウエーブ掛かったものだった。 その顔は小顔であり、耳は少しだけ大きくあって、化粧は無く、しかしその肌は美しく、頬(ほほ)は滑らか(すべらか)であってモチモチと潤い(うるおい)を含んで見えていた。 “彼女”の背は(イスに座ってはいたものの)高くは無いカンジであり、体は“細め”でその輪郭はとても柔らかく、乳房は着衣の上からでも分かる位に膨らんでいるのが見えていた。

「(ゴクリ……)」

 ボクは唾を飲み込んだ。

『なるほど確かに美人である。 おまけに東洋人であるようだ……。 年齢はそうだな……20~30代の女性であり、しかし“年齢よりは若く見られるタイプ”と見た……』

「♪」

 彼女はボクへと「笑顔」を向けて見せていた。 しかしなんとも“含み”のある笑顔であり、まるで“前々からボクの事を知っていた”かのような随分(ずいぶん)と友好的な振る舞いだった。

 ボクは一瞬「彼女とは面識があったのか」を考えた。 答えは「NO!」だった。 彼女くらいの美人であれば“彼女がボクの一方的なストーカー”でもない限り忘れる事は無いだろう。

 ボクはその確証事を得る為に、笑顔で彼女に尋ねてみせた。

「やあコンニチハ。 ボクの名前は橘(タチバナ)。 君の名前は?」

「私の名前はカーニス=ギリアム=ティベリウス。 性別は所謂(いわゆる)『女』です♪」

 彼女は「ニッコリ」笑ってみせていた。

 やはりボクは彼女の事を“知らない”らしい。 ボクはとても「耳」が良く、“会話をした事のある相手の声を忘れない”という妙な特技を持っていた。 そんなボクが“彼女の声を知らない”という事は、つまり少なくともボクは彼女と“会話をした事が無い”と思われた。

「えっと……カーニスさん、それって本名であるのかい?」

「さあ? 気にした事はありません。 そうですね……それじゃあ『リッカ』と呼んで下さいな♪」

 彼女は“食えない女”であった。 彼女が今言った「リッカ」とは恐らくこういう事である。 ボクの名前が「橘(タチバナ)」である故、「立花(たちばな)→「立花(リッカ)」と連想をしたものだろうと思われた。 どうにも彼女は「本名」を名乗るつもりが無いらしい。

 ボクは彼女に笑顔で尋ねた。

「それでは改めましてタチバナです。 ところで君はどうしてココにいるのか分かるかい?」

「さあ? “呼ばれたから”としか言えないわ。 これは“私のやりたい事”では無いけれど、こういう事(カウンセリングを受ける事)は嫌いじゃないわ」

この時ボクは彼女の“言葉の裏”を読み取ると、彼女に対して尋ねてみせた。

「もしかして君は何か“悩み”があるんじゃないのかな? たとえば“やりたい事”があるだとか?」

「やりたい事……、そうね……」

 彼女は言う。

「“死にたい”かしら♪」

 虚ろ(うつろ)な目をしてそう言った。

「…………」

 どうやら想像以上に厄介な患者であるらしい。

 ボクはわざと“焦る(あせる)様な振り”をして彼女に言った。

「いやいやいや! “死にたい”だって!? 誰だって“死にたくない”ってのが本音だろ!? 死んだら何も出来なくなるんだよ?」

「興味が無いわ」

 即答だった。

「興味が無い……か」

「ツマンナイのよ。 私にとって、この世は『退屈』であるのよね♪」

「…………」

 この様なパターンは知っていた。 前にも経験をした事がある。

 ボクは言う。

「君は“優秀な存在だな”ってボクは思うよ。 けれども世界や世間が君の“何か”を邪魔してね、君の願いを妨げ(さまたげ)ている……、違うかな?」

 すると彼女は

「あ~~~~~~~」

 と変な声を上げてみせては上を向き、「こめかみ」へと指を当て遣った。

 そして正面へと向きなおしてはボクに対してこう言った。

「確かにそうではあるかもね。 “私の願い”は叶わない。 だから私は世間に対して絶望をして自暴自棄へと陥っている」

 思った通りだ。

 そこでボクは尋ねてみせた。

「だったら君の願いは何なんだい? どうしたら君は“死にたい”なんて言わなくなるんだい?」

 すると彼女は「ニッコリ」笑って、こう言った。

「私の為に『自殺志願者処理施設』を造って欲しい。 そしてそこで私の事を“処理して”欲しい。 そしたら私は“死にたい”なんて言わないわ♪」

 彼女は笑顔でそう言った。

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