第4話 1日目D:彼女は話を纏めてみせた1


 彼女は続けてボクに対してこう言った。

「それじゃあ話を纏めて(まとめて)みせるわね? 1.私は死にたいと思っている。 2.私は自殺の失敗をしたくはない。 3.故に私は『自殺志願者処理施設』をこの国の人に造って欲しいと思っている。 ……そうであるにも関わらずどういうワケだか私は安楽死を受けられない。 “この世が苦痛である”と主張をしてもそれでも誰かに“生き続けよ”と言われてしまう。 残酷過ぎると思わない? 私の事を可哀相だとは思わない? 私の事を哀れに思って“助けてあげよう”って気には成りはしない?」

 対してボクはこう言った。

「全くそうは思わない。 人間は“生きているだけ”で素晴らしい。 苦労や困難に立ち向かったり、悲惨な状況にあったとしても地に足つけて耐えている……。 生きているだけで素晴らしい。 たとえ本人が自分の事を“不必要”だと思っても“死んで良い人間”なんていないんだ。 あなたはとても賢い女性だとボクは思う。 だからこそボクは分かる。 君はボクが何を言ったとしても自分の意見を変える事など無いだろう。 何故なら君が望んでいるのは“自分に対するリアクション”……つまりは君が“自殺をしたい”と言った事に対して“ボクがどのようなリアクションを取るのかを知りたい”と思っているだけであるからだ」

 ボクは患者に対して失礼であるなとは思いはしたが地に足つけて言ってみた。

「…………」

 すると彼女の体は固まっていた。 目を丸くしては時折「ぱちくり」と瞬き(まばたき)をして、やがては肩の力を抜いてみせては目を閉じて、鼻息を吐いて(ついて)後にこう言った。

「正解よ。 私はリアクションを求めてる。 アナタの反応を求めてる……」

 彼女はボクへとそう言った。 そしてその両の目を閉じたそのままにこう言った。

「けれどもこれだけは覚えておいて欲しいと思う。 人生は“困難”に溢れている。 艱難辛苦(かんなんしんく)を乗り越えて“玉になる(立派になる)”人も居るのだろうけど全ての人がそれほどまでに“上出来だ”というワケではない。 困難を克服出来ない人はだね、やがては身動きが取れなくなってしまってね、どうする事も出来なくなってしまうのよ。 ……そういう人達も存在してるっていう事を覚えておいて欲しいと思う」

 彼女は言う。

「世界はね、不条理・理不尽・不平等に溢れている。 けれどもそれに耐えながらにね生きて行く、耐えながらに生きて行け……。 そいつは“勝者の論理”であるのよね。 “強者の理屈”であるのよね。 “自分以外の連中”を社会の歯車として低賃金にて使い遣る……“自分以外が底辺である事”を求めている“大金持ちの策略”でしかないのよね……。 仮にもし、自分が“大金持ち”であったのならば、“強者”であったのならと考え遣ると、確かに“自分以外”の存在がが“底辺”であった方がだね都合が良いって事になる。 そうであるなら“底辺”の存在に対してね『不条理に耐えて生きて行け』と言えるでしょう。 底辺にて住まう皆様方が世間の不満に対してね“世の中はそういうものだ”と受け入れてくれるという状況は、大金持ちにとってはね“とても助かる事”なのよ。 もしも底辺の者達が、貧乏人達の頭がね“効率的”であったのならば、貧乏人達は暴力や犯罪をもってして金持ち連中を襲うハズ。 そうするべきであるのよね。 なぜならその貧乏人の人生が“覆る(くつがえる)可能性”があるからだ。 逆転出来るかもしれないからだ。 例え“10人に1人しか(略奪に)成功しない”としてもだね、“何もしなければ100%貧乏人のまま”なのよ。 ……けれどもね彼らは“そういう事”はしないのよ。 彼らにとっての“犯罪行為”は“社会性を失う事”になるからよ。 小さい頃から“社会性を失う事”が“人生を失う事だ”と教育されているからね。 そういう考え方を強いて(しいて)みせ遣るその事で、世の中に溢れる『理不尽』を“納得させ遣る事”が出来るのよ。 そうする事で貧乏人を、“持たざる者達”の事をだね、“無害化する事”が出来るのよ。 ……つまりはね、“社会性”を人質として『法律』や『倫理観』を敷く事で、“不平等な世界”であったとしても“納得させ遣る事”が出来るのよ。 これだけで『強者』の“勝利”が約束される。 実に単純極まりのないやり方なのさ。 ……けれどもね、そういった世界の現状は“とっても悲しい事”だと思うのよ。 とってもとってもとってもね、悲しい事だと思うのよ……」

 彼女は言う。

「つまり……、自分が“強者”であり、“全てを自由に出来る存在”であるのであれば、アナタの意見は正しいでしょう。 “生きて行く事”は容易い(たやすい)事だ。 この世の栄華を味わえる事であるでしょう。 けれども世界は“そう”ではない。 “一部の人間”のみが救われて“それ以外”は社会の荒波に飲み込まれては水の底へと沈んで行く。 水底(みなそこ)へと沈んでく……。 だからね私は思うのよ。 『そこで終わらせてあげるべきだ』ってね。 モチロン“それでも頑張れる”のならばそれで良い。 社会のその一員として生きて行けば良いよって、そう思う。 ……けれども私は私の事を『終わらせて欲しい』って思ってる。 水底から見上げた先の遥かに遠く青い場所……そしてその遥かの遥かのその先に光が揺蕩って(たゆたって)見えている。 水面(みなも)に揺蕩って見えている……。 光があるのは見えはするけど水底からは届かない。 手を伸ばせども伸ばせども、到底そこには届かない……。 だったらせめて“目を閉ざさせて欲しい”と思う。 世界に対して耳を塞ぎ(ふさぎ)、クチを噤み(つぐみ)、目を閉ざし、そのまま私の人生を……終わらせて欲しいと思うのよ……」

 ボクは言う。

「違う、違うよ……。 “人生”は何度だって“やり直す事”が出来るんだ。 “立ち上がる事”が“立ち向かう事”が出来るんだ……。 たとえ今いる状況がどれだけ悲惨であったとしても“何度だってやり直す事”が出来るんだ……。 ボクが“そいつ”の保証をするよ。 実際にボクがそうだったから……」

 ボクは言う。

「“人生”はね、何度だって“やり直す事”が出来るんだ……。 何回だって何度だって“やり直す事”が出来るんだ……。 ……だからもし、もしも今君が挫けて(くじけて)いたとするならば、ボクは君に“頑張れ”って言ってやる! 何度だって“諦めるな(あきらめるな)”って言ってやる! “立ち上がれ”って言ってやる……!」

 ボクは言う。

「そうなんだ。 ボクは何度も“頑張った”んだ……。 何度も何度も頑張ったんだ……。 けれどもボクは駄目だった……。 それでもボクは“やり直し”をしてみせたんだ……。 それでもボクは駄目だった……。 だからこそボクは君へと言えるんだ……。 人生は何度だって“やり直す事が出来る”んだって。 けれどもそれでも“上手く行く”とは限らない。 人生は何度やり直そうが成功するとは限らない。 やり直す度に失敗してはその度に“自分の頭がオカシクなってしまう”んだ……」

 寸間(すんかん)。

「あはっ♪」

 女は嗤った(わらった)。 白い歯を見せては大きく嗤った。

「良いわ♪ 良いわ♪ 実に(じっつに)良いわ~~~♪ 決めた! 私、アナタの相手をしてあげる♪」

 女は飛び切り素敵な笑顔を見せた。

「“本音を言う”のはステキな事よ♪ 私ってスッゴク良い趣味しているわ~♪ 今日から私がアナタの事をカウンセリングしてあげる♪」

 満面の笑み。

「ピーーーーーッ!」

 と、「ピー!」と大きな音がした。

 この時「男」は虚ろな目をしていては、俯き加減(うつむきかげん)で固まっていた。 そしてそのまま意識を失い、この日のカウンセリングは終了をした。

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