第5話 2日目A:ボクの部屋にて


【 2日目 】


「…………」

 ボクが意識を取り戻し、目を開けた先にあったのは「見覚えのある天井」だった。

気が付けばボクは意識を失っていた。 どうして“気を失ったのか”は憶えていないが、“気を失った事”だけは認識する事が出来ていた。

 ボクは数度瞬き(まばたき)をすると、ゆっくりと上体を起こしてみせた。

『誰も居ない……』

 “そこ”は(一昨日から)ボクへと割り当てられた部屋だった。 そこは「職員用の仮眠室」と言うよりも「VIP用の値段の高い客室(病室)」と言ったカンジの部屋だった。 部屋には「TV」はモチロン「トイレ」に「風呂(広くは無い)」が存在しており、また部屋を訪ねて来た人を迎えられるように「客間」も備えた部屋だった。

『さて、(これから)どうしたものか……』

 ボクはベッド横の「チャイナマーブルの入ったビン」を見ながらに“これからどうしたものかしら”と考えた。 頭は少し重くては気怠く(けだるく)あっては億劫(おっくう)で、そこでボクは部屋の中を見回してみては「ナースコール」を見付けると、そいつを押してみせていた。

「はい。 どうしました?」

 ベッドに備え付けられていたスピーカーから“聞き覚えの無い女性の声”が聞こえて来た。

「あー、タチバナです。 誰かを寄越してくれますか?」

「あ、はい、タチバナ先生ですね。 “担当の者”を向かわせますので暫く部屋にてお待ち下さい」

「…………」

 ボクは「最近の設備は凄いものだな」と感心をした。 部屋の何処に「マイク」が存在しているのか分かりはしないがボクは言葉が伝わった事に感心を示してみせていた。

 そしてボクは「誰か」が来るのを待っている間暇なので、近くにあったTVのリモコンへと手を伸ばしてはTVを点けてみせていた。


「おはよう御座いますタチバナ先生♪ ご気分は如何ですか?」

 部屋へとやって来た看護婦(助手君)はいつもの笑顔を見せて来た。

 ボクはTVのボリュームを下げてみせると、彼女に対してこう言った。

「おかげさまで“まあまあ”かな……? 肩は……、寝覚めの時と比べると大分軽くなったように思えるよ……!」

 ボクはそう言っては「ぐるりぐるり」と右腕を少し回してみせていた。

「それは良かったです♪ それじゃあ今から朝食を持って来させますね♪」

「あ、ちょっと待って!」

「どうしました?」

 ボクは尋ねる。

「どうしてボクは“意識を失ってしまった”んだい? “彼女”との面会はあの後どうなった? “彼女”は今頃何してる?」

 ボクは矢継ぎ早(やつぎばや)にて尋ねてみせた。 ちなみにここで言う“彼女”とは「カーニス=ギリアム=ティベリウス」と名乗ってみせた、自称「リッカ」の事を言っている。

「えーっと“彼女”はですねぇ……」

 助手は何かを“言い淀んで(よどんで)いる”様に見えていた。 何だかボクに対して「伝えて良い情報」と「伝えてはいけない情報」とを整理して“言葉を選んでいる”様に見えていた。

 ボクも取り敢えず(とりあえず)はこの道の「プロ」である。 さすがに必要以上の情報を隠匿(いんとく)されようものならばこの仕事を降りようかしらと考えた。

「先生は……『ピーーー』という音が聞こえたのを憶えていますか?」

 助手は言い辛そうにそう言った。

 実はこの『ピーーー』という音に関する情報をボクは一番“知りたいものだ”と考えていた。 正直、“はぐらかされるであろう”と思ってた。

 ボクは言う。

「ああ、聞こえたよ。 確か“面会終了の合図”であったと記憶をしている」

「ええ、そうです」

「ボクの記憶が確かなら、その『ピーーー』という音を聞いてから、ボクは意識を失ったハズ」

 すると助手君はボクへとこう言った。

「妙な話しでアレなんですけど、どうやら彼女には幾つかの“特殊能力”がありまして、その一つに“共感感覚が高まった相手の意識を飛ばす”というものがあるらしいのです!」

「!?」

『“特殊能力”だと……? 馬鹿馬鹿しい……。 そもそも“あるらしい”って、誰がその事を伝えて来たんだ?』

※ (ちなみにここにある「共感感覚」とは「共感覚」とは違い“共感する感覚”という意味の造語である。 人によっては「シンクロ」や「同期・同調」「共鳴」という表現の方が理解しやすいのかもしれない。)

 助手君は言う。

「彼女が“普通の人間”とは違っている事に先生は気付かれていますよね?」

「……不適切な言い方なのかもしれないが、彼女は“普通の患者”とは違っていると考えてるよ」

 ボクは“話をはぐらかされた”ような気がしたが、助手君の問いに答えてみせた。

 助手君は言う。

「“違っている”とはどのように……?」

「(ボクの事を)試しているのか?」

「あっ! いえっ! そのっ……!」

 少し「ムッ」としたボクに対し助手君は焦ってみせた。

「…………」

「…………」

 そして少しの“気まずい沈黙”の後、ボクは言う。

「そうだな……、(彼女が普通の患者と違っている点を)敢えて言うのなら、彼女は“患者であるという事が普通である”というカンジかな?」

「……つまり?」

「彼女の場合、“病気が治る”、“寛解する(かんかいする)”というのが想像出来ない。 彼女のアレは“心の病”の類(たぐい)では無い。 “アレはアレで完治をしている”というのがボクにとっての“見立て”だよ。 彼女の“アレな所”が先天的なモノなのか後天的なモノなのかは分からない。 “三つ子の魂(たましい)百まで”とは言うけれど彼女の場合は“極まっている”。 つまりは“直しようが無い”んだよ。 出来遣る事は彼女の機嫌を取って精神的に追い詰めず、彼女を社会に対して危害を加える“犯罪者”にしないように“コントロールをする(制御する)事”くらいしか無いんじゃないかとボクは思うよ」

 多少失礼な言い方だったのかもしれないが実際の所“そう”だった。 彼女の“アレ”は“性格”であり“思考”であり“生き方そのもの”であり、“暴力”や“拘束”、“束縛”等を持って調教でもしなければ“改善の見込みは無い”と思われた。 いや、彼女ならば顔色一つ変える事無く“本心に無い言葉”を言い遣って、“従順なフリ”をする事も可能であろうと思われた。

 ボクは言う。

「……つまりは一言で言うと、彼女は既に“完治”をしており、彼女に対して“治療をする必要”は無いんだよ」

「…………」

 ボクは色々と(あれこれと)考えた結果(結論)を助手君に対して伝えてみせた。

 すると助手君は両手掌(てのひら)を胸の前にて合わせると、「ぱああっ!」と明るい笑顔を見せて来た。

「素晴らしい! 素晴らしい! 素晴らしいですっ! 先生はとっても素晴らしいっ♪」

 言われてボクは「むうっ」と膨れてみせていた。 “子供っぽい”助手君に「素晴らしい」と言われた事を何だか「面白くない」と思ったからだ。

「ああっ! 失礼でしたよね!? ごめんなさい! け、けど……彼女にとってはやっぱり“アレ”が“正常”なんですね?」

「やっぱり……?」

「あ……」

 助手はクチを滑らせた。 助手君は既に“その事を知っていた”というワケである。 その為助手君は冷や汗を掻いて(かいて)は「やっちまった」という様な顔をした。

「続けて……」

 ボクはそんな助手君に対して話を続けるように促した。

 一度頷いて(うなずいて)後、助手君は言う。

「……実は先生の“前の先生”もまた同じ様な事を仰られていたんです」

「前の先生……」

 ボクは“他人と(能力の事で)比較をされる事”は余り好きでは無いのだが、成る程どうやらボクは「合格」という事らしかった。 「組織」にとっては“ようやくスタートラインに立ってもらえた”という事なのだろう。

 そして今更なのだがボクの今目の前に居るこの助手君は本当は“看護婦ではない”と考えていた。 恐らく助手君は「組織」に於いて(おいて)は“それなりの地位”にいる人物であり、ボクの事を監督(監視)する立場であるのだろうと思われた。 むしろそれが“メインの仕事”である可能性も存在していた。 つまりは「ボクが彼女(カーニス)に対してどのようなリアクションを取るのかを見る事」が主目的である可能性も存在していた。 けれどもこれは“ビジネス”である。 ここは“気付いていないフリをする”というのが“大人の仕事”と言うものだ。

 ボクは言う。

「それで? ボクはこれからいったい何をすれば良いんだい?」

 助手君は言う。

「本当の事を白状します。 『組織』が望んでいるのは“彼女の治療”などではありません。 彼女が持っている『特別な情報』を(暴力を使わずに)彼女から聞き出す事が目的であり、彼女に対するカウンセリングはそれをする為のアプローチ、彼女への“御機嫌取り”でしか無いのです」

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