第23話 6日目A:失敗作
【 6日目 】
「お早う御座います、タチバナ先生♪」
6日目、その日は朝から助手君がボクの事を迎えに来ていた。
「うん、おはよう」
相変わらず助手君の笑顔は素敵であり、ボクの“気分”を上げてくれてる。 ボクがここへと来てからもうすぐ一週間である。 いや、少し計算が合わないか? 兎に角、明日で「7日目」である。 今現在、ボクは“彼女(カーニスさん)とお喋りをするだけでお金が貰える”という楽なお仕事をやっていた。 当初は“カウンセラー”としてこの職場へとやって来たのであるのだが、途中から彼女の“情報の引き出し係”へとその業務内容は変化して、一時期不満では有りはしたけど、今では“楽しい会話をするだけ”の「ボロい商売(楽な仕事)」となっている。
助手君は言う。
「なんだか調子が良さそうですね?」
「そうかい?」
「まるで“彼女”と会える事が“楽しみ”みたいに見えますよ♪」
そう言うと助手君は「クスッ」を可愛く微笑んだ。
そして言う。
「先生が“一週間でこの仕事を切り上げるつもりである”というのは分かっています。 先生には“やらなければならない事”が存在している事も分かっています。 ですので“今スグに”とは言いませんが、先生さえ宜し(よろし)ければ暫くしてはその後に、再び先生へと“お仕事の依頼”をしても構いませんか?」
「…………」
少しして、ボクは答えた。
「うん、構わないよ。 ボクの携帯電話の番号は知っているよね?」
「はい」
「えっと……、アレ?」
と、ここでボクは最近自分の携帯電話を触っていない事を思い出し、キョロキョロとしながらにポケットの中などを探してみせた。
すると助手君は言う。
「嫌ですよ~タチバナ先生。 先生の携帯電話は“最初の日”に私達がお預かりをしたじゃないですか~♪」
助手君は「クスクスクス」と笑ってみせた。
「おっ……そうだったっけ?」
「そうですよ~♪」
言われてボクは“そうだったかも”と思い始めていた。 そう言えば以前に“知りえた情報を外部に漏らさないように”と携帯電話を取り上げられたような気がして来ていた。 いやいや、そもそもここは「病院」だ。 院内での決められた場所以外では電話をするのはNGだ。 ボクは急に納得(自己解決)をした。
「まぁ良い……。 しかしもし“その時”が来るとしたなら、その時はコチラの方からも宜しく頼むよ」
「はい、先生♪」
助手君は笑顔でボクへとそう言った。
その後ボクは「特別室」へとやって来ていた。
部屋の中は相も変わらず“二つの空間”に分けられていた。 いつものように「テーブル」と「イス」とが置かれてあり、机の上には「マイク」と「飲み物(ドリンク)」、「チャイナマーブル入りのビン」が置かれてあった。 今更ではあるが“誰が毎日セッティング(用意)をしてるんだろう”と思ってしまう。
ボクはイスへと座り、“あちら側が見えているガラス”を前にして両目を閉じて暫し待つ。
“彼女”は相変わらずボクより先には来ていない。 そして静かに気持ちを落ち着かせながらに待っていると、やがては「ピー」という小さな音が聞こえて来ていて、それからボクは「ゆっくり」と両目を開けてみせていた。
姿を現した“彼女”へと言う。
「お早う御座います、カーニスさん。 今日は何だか清清しい(すがすがしい)ですね?」
「そうかしら? いつもと変わりは無いけれど♪」
彼女は「気持ちの良い笑顔」をボクへと向けてくれていた。
彼女は言う。
「それでは約束通り“小学生時代の話”を致しましょう」
「お願いします」
ボクは彼女にそう言った。
「……と、その前に」
「?」
「その前に一つ、良いかしら?」
「……なんですか?」
彼女は問う。
「アナタにとっての“自己”って何?」
「えっ? “自己”ですか?」
「そう、“自己”」
「…………」
尋ねられて、ボクは考える。
そして答えた。
「ボクは……“ボク”なんじゃあないんですか? それ以外に“答え”ってあるんですか?」
「本当にそうかしら?」
「えっ?」
彼女は言う。
「例えばアナタが夜に眠りに就くとして、朝目が覚めるそれまでに、“昨日までの記憶が植え付けられていた”としたならどうかしら? もしくはアナタは“催眠術を掛けられている”だけであり、自分が“そう”だと“思い込まされているだけ”って可能性も幾らかあるんじゃあないかしら?」
「…………」
ボクは答える。
「確かにそうではありますが、“その事”は“ボク自身では確認出来ない事”でありまして、『ボクはボクである』という回答とは関係の無い話であるのです。 例えばボクの“本物の肉体”が“培養装置に入れられた脳だけの存在”であったとしても、ボクには“その事”は分からない。 仮に“今ある現実”が実は“夢や妄想の類(たぐい)”であるのだとしても、やっぱりボクには“その事”は分からない。 つまり“ボクにとっての今”こそが、“ボクにとっての現実”であり“真実に他ならない”と言えるのです。 たとえ“実際は違っていた”のだとしても、“ボクにとっては正解”なのです」
彼女は問う。
「それじゃあ“一週間しか記憶が持たない人間”が居たとした場合はどうかしら?」
ボクは答える。
「その場合……、ボクは“その人”というワケではありませんので断言する事は出来ませんが、その人にとっては“一週間が真実”であり、“本人の知らない記憶”が沢山あったのだとしても、それは“補助的な情報”でしかないのです。 “他人からの評価”に於いて(おいて)では“自分の知らない過去も含めての評価”になってしまいますが、しかし“自己評価”に限っては“自分で自分の事をどう思っているのか”が“正解である”と考えます」
これがボクにとっての“解答(回答)”である。
彼女は言う。
「なるほど実に良い回答だ。 では問おう。 もしも自分に“まったく身に覚えのない記憶”があったとしたらどうするね?」
「それにも同じ事が言えますね。 “自分がどう思っているのか”が重要であり、“身に覚えのない記憶”など“他人事”でしかないのです。 勿論これは“自己評価”であるのであって、例えば“罪を犯した記憶が無いから自分は無罪である”という話には成りはしないのではありますが……」
彼女は言う。
「そう、つまりは“他人から見ての自分”とは“ガワ(肉体・見た目)を含めてのもの”であり、しかし自分から見ての“自己”とは“自分が自分の事をどう認識してるのか”ってー事になる」
「…………」
そう言うと彼女は静かに両目を閉ざし、集中力を高めてみせた。
訪れた寸間の静寂(静寂)は“場の空気”を変えていた。
やがて彼女は両目を開き、虚ろな目(うつろな目)をしていては、声色を変えてはこう言った。
「私はね……、厳密には“人間では無い”のよね……」
奇妙な事を言って来た。
彼女は言う。
「私はね、“人間になりたい”と努力をし、望んでみたけど叶わなかった……、所謂(いわゆる)“失敗作”であるのよね……」
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