第19話 5日目A:リンゴの個数を求めよ


【 5日目 】


 5日目。

 翌日、ボクと助手君はリノリウムの床を歩きながらに「特別室」へと向かって歩いていた。

『五日目か……。 今日を入れてあと3日で“一週間”か……。 なんだかんだで“彼女”と会う事が出来るのはあと数日って事なのか……』

 ボクは特に“彼女”に対して“好感を抱いている”というワケでも無かったが、けれども彼女との“別れ”に対して少しの物寂しさを感じていた。

 と、助手君がボクへと声を掛ける。

「あの先生……、一つ良いですか?」

「ん? 何だい?」

「先生は今回のカウンセリングのお仕事が終わった後、何か予定があったりしてるんですか?」

 ボクは少し待って後、助手君へと答える。

「そうだな……。 特に仕事の予定は入っていないよ。 けれどボクには“やるべき事”が存在している」

「それは何ですか?」

 ボクは言う。

「前にも……、ん? 前にも言った……のかも知れないけれど、ボクは一度“実家に帰ってみようか”と考えているんだ。 どうしてそんな事を聞くんだい?」

「えっと……、カーニスさんの調子がとても良さそうなので、もし先生さえよければ“(雇用)契約の更新”をして欲しいなぁ~っと……」

 何故だろう? ボクは助手君の“カーニスさん”という呼び方に妙な違和感を覚えてしまう。

 しかしボクは構わず言う。

「けれど“代わる代わるカウンセラーを投入する事で彼女の持っている情報を引き出す事(聞き出す事)”、……それが“表向き”での“組織の目的”だったんじゃあないのかな?」

「確かにそうでありますし、“次の先生”に対しても話を通していますケド……」

「ケド?」

 助手君は言う。

「彼女が“過去を語り出した”ケースは初めてだったものでして、もしかしたら“彼女”が先生に対して“気を許して”いるんじゃないかと、“情報を喋り出したり”しないかなぁ~と」

「…………」

 助手君はそう言いはしたものの、それが“本心ではない事”は分かっていた。 助手君の目的はボクの事を利用して“時間を稼ぐ事”にある。

 ボクは言う。

「残念ながら“予定”は“予定通り”として置こう。 “次の先生”に対して悪いからね。 それとどうだろう? いっその事、キミが“彼女のカウンセリングをしてみせる”のは?」

 すると助手君は「ハハハ」と軽く笑っては、

「いえ、私は“彼女”に嫌われちゃっていますから……」

 と、困った顔をしてみせた。

 この時ボクは、助手君が既に“彼女”に対してカウンセリング(もしくはそれに類する行為)を行った事があるのだろうと直感をした。

 対してボクは心にも無い事をクチにした。

「そうか……。 だったら少し考えとくよ……」

「宜しくお願い致します♪」


 その後ボクらは「特別室」の前まで来ていてはその足を止めてみせていた。

 助手君は言う。

「あの先生! 最後に一つ良いですか?」

「ん? 何だい?」

 助手君は尋ねる。

「先生は『若返りの秘術』に用いられる“キー(鍵)となる化学物質”って何だと思います?」

 助手君は「ぐっ!」と握り拳を作ってはボクへと聞いて来た。

「…………」

 この時ボクの頭の中には“今まで一度もクチに出した事の無い化学物質の名前”が何故かしら過ぎって(よぎって)くれてみせていた。

 そこでボクは言う。

「さあ? “ワカガエリン”とかじゃあないのかな?」

ボクは「フフフッ」と笑っては、テキトーに流してみせていた。 きっと助手君はボクに対して「科学者」としての期待はしていない。 こういう場合、返事は“テキトーにする”のがボク流だ。

 すると助手君はその大きな両目を「パチクリ」とさせてみせていた。

 それからボクは助手君を置き去りにしてみていては、「特別室」のドアノブへと手を掛けて、中へと入ってみせていた。


 ボクは「特別室」の中へと入ると、いつものように机に備わっている椅子の上へ腰を下ろした。

 部屋の中は相変わらず“天井から床まで続く一面の壁”によって仕切られており、“こちら側”と“向こう側”との間には“壁”が四角く切られていては代わりに“四角いガラス”が嵌め(はめ)られていた。

 現在“彼女”の姿は未だ無く、ボクは机の上に置かれてある飲み物を一口飲むと、いつものように目を閉じては彼女が来るのを待ち出した。

 そして暫く(しばらく)すると「ピー」という心地の良い音が聞こえて来ては、次いで(ついで)“こちら側のスピーカー”から「彼女の声」が聞こえて来ていた。

「おはよう、タチバナ君♪」

 彼女の声色はご機嫌だった。

 ボクは両目を開けては挨拶(あいさつ)をする。

「おはよう、カー……リッカさん」

 危うく“カーニスさん”と言い掛けた。

「おはよう。 けれども私の“呼称”は、もうどうでも構わない。 今日は“カーニス”と呼んでくれて構わない」

 ボクは甘んじて受け入れる。

「改めましてカーニスさん。 今日は“昨日の続き”でしたよね?」

「ええ、そうよ。 宿題はやって来たかしら?」

「モチロン。 “タロー君が花子さんのリンゴを2つ奪った話”と“マンホールの蓋が何故丸いのか”でしたよね?」

「ええ、そうよ。 それじゃあアナタの“答え”を聞かせてはくれないかしら?」

彼女は「ニッコリ♪」笑顔でそう言いながら、仕草で“プリーズ(どうぞ)”としてみせた。

 ボクは言う。

「まず“タロー君が花子さんのリンゴを黙って2つ盗んだ”お話ですが、花子さんがタロー君へと“返せ”と要求するリンゴの数は『少なくとも2個以上』です」

「どうしてかしら?」

ボクは言う。

「まずこの“リンゴ”がどの様なリンゴであったかにもよります。 例えば“自分で苗木から育てて収穫をしたリンゴ”であったり、“好きな人から貰ったリンゴ”であったり、“母親から頼まれたお使いで買ったリンゴ”であるだとか、“偶然拾った腐ったリンゴ”であるだとか、色々あると思います。 しかしそのような特別な事情は無かったとしても、“一般的なリンゴ”であったとしても、要求するのは“少なくとも2個以上”が正しい答えであると思います。 仮にタロー君が花子さんへとリンゴを直ぐ様(すぐさま)返す事になったとしても、一瞬でも“リンゴが無くなってしまった”という“損失”が発生をしてしまっているのです。 ですので例外的に“花子さんがリンゴを2つ失って、しかしその事に気づく前にリンゴが2つ戻って来た”……等の場合、つまりは“花子さんが不快を感じなかった場合”を除いては、返却するべきリンゴの数は“少なくとも2個以上”が正しい答えであると思います」

 これがボクの答えであった。

 彼女は鼻息一つ、こう言った。

「ふ~む、正解!」

 彼女は言う。

「仮に花子さんが持っていたのが“毒リンゴ”であったり、リンゴの事を“不必要だ”と思っていたり、タロー君が“高級リンゴ”を後に返却をするのだとしてもだね、タロー君が謝って済む場合であったとしても、最終的に花子さんが“喜ぶ結果”になろうがね、それらは“特別な事情”であるのであって参考にしてはならない事だ。 正しい答えは“2個以上”や“3個”等であり、もしも『2個失ったのだから2個返せばOK♪』と言う者があるのであれば、恐らくその人は“知能”が足りない、“考える事の出来ない者”であるだろう……」

 彼女はそうは言うものの、ボクは「彼女の求める本当の答え」というものを知っていた。 彼女が求めているのは“少なくとも2個以上”という「答え」などではない。 彼女が求めている事は“いかに自分で考えて、それに理屈・屁理屈を付けれるか”という事である。  そして唯一の“間違った答え”というのが「2個失ったのだから2個返却すれば良いじゃないか」という回答であると知っていた。

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