第25話 6日目C:多重人格少女


「多重人格?」

 ボクは尋ねた。

 彼女は言う。

「小学生時代の私……、ううん、小学生の頃に“戦争映画を見た時”から、自分の中には“新たな人格”が構築されだした。 私は“それ以前(その時より前)”の自分の事を“彼”と表現しているわ。 “彼”はその時に思ったの。 “感動して涙を流せるような優しい人になりたい”と、“人間になりたい”と、当時の“彼”は思ったの。 そして“彼”は“新たな自分”を構築しだして、“人間になれるよう”努力を始めてみせたのよ」

 彼女は言う。

「けれどもね、“自分を変える”って事は難しい。 “自己を守る事”、“他者を押し退けてでも生存し続ける事”を最優先として生きて来た“彼”にとっては中々に難しい事であったのよ。 だからね、最初に彼は“自分を大事にする事”を止めた(やめた)のよ。 そして“彼”の独自性……、『深く思考する能力』を“邪魔だから”という理由から“ゴミ箱”の中へとぶち込んだ(封印をした)。 “協調性”を求める世界に於いて(おいて)突出をした能力は“邪魔になってしまう”から……。 それから“彼”は努力を続けた。 “素敵な人”を見掛けたら“その人の様になろう”と努めてね、“真似する事”は“学ぶ事である”って当時の私は知っていたから色んな事をやってみた……。 そしたら“効果”が現れた。 “周りにいる人達”との関係性も向上し、笑顔が増えて、“社会性”ってやつも身に付いた。 それは“彼”の望んだ展開であるハズだった。 その頃の“彼”の人生は、“それなりに充実していた”ような気がしてる……」

 彼女は言う。

「けれどもね、中学三年生の時に私は気が付いてしまったの。 “色んな状況”に対してね、“色んな対応”をする事で……、“状況”ごとに“人格を形成”して“対処を行い続けた”その結果……、元々“彼”が持っていた“自己”というものが、“本当の自分”というものが“失われてしまった事”に私は気が付いてしまったの。 それはまるで“カラッポ”の様な感覚だった。 今では“彼”は“カラッポの箱の中身”の様な存在であり、“他人や周囲の状況や環境”に合わせてね“リアクションをするだけの存在”に成り果てていた。 私達は“己の内”に“彼”の存在を探してみるも、見付け出す事は叶わなかった。 ただただ過去に“彼”が打ち込んだ“記憶の楔(くさび)”に伴った(ともなった)“過去の決定的なシーン”だけが“彼が本来のこの体の持ち主だった”という証拠として残っていただけだった」

 彼女は言う。

「……とっても悲しい事だった。 私は“自己”を“喪失”してしまっていた。 私は少しだけ混乱し、そして給食当番の一人として余っていた牛乳ビンをグイッと一本飲んでみた。 美味しかったわ……。 それから私は落ち着きを取り戻し、“前向きになろう”と考えた。 幸い(さいわい)誰も“私の中身が死んでしまった事”に気付かなかった。 だから私は“黙っていよう”って考えた。 この状況を“ポジティブに捉えてみよう”と考えた。 そう、これは“めっけもん(目っけ物)である”ってね。 “私達複数の人格体”は幸運な事に“一つの体”を手に入れたのだと。 我々はこの体を利用して“残りの人生を生きれば良い”ってね。 そういう風に考えた。 けれども一つだけ我々の中で“取り決め”を行った(おこなった)。 “この体(肉体)を利用する条件”として“元々の中の人”が“望んでいた願い”をね、“叶えてあげよう”って話になった」

 彼女は言う。

「“彼”は“人間になる事”を望んでいた。 “優しい存在”になる事を望んでいた。 そしてその“人間”の『定義』の中には、『貧乏でも良いから配偶者と子供を持ってだね、普通の人っぽく暮らす事』ってーのが何時からか含まれていたんだけれど、私達は“その願いを叶えてやろう”って話を付けた。 そしてその時に私達の“第二の人生”がスタートをした。 “彼”が打ち込んでいた『記憶の楔(くさび)』と“彼”から譲り受けたこの“肉体”を利用して、“彼の夢”を叶える事を“人間になる事”を目標として、私達、『カーニス』・『ギリアム』・『ティベリウス』の三人は生きて行くって決めたのよ」

 彼女は両手を広げながらにそう言った。

 ボクは何故だか目に涙を浮かべていた。 “悲しいな”って思ってしまった。 “可哀想だな”と思ってしまった。 そして彼女が自身の事を『カーニス=ギリアム=ティベリウス』と名乗っているその意味も、分かったような気がしてみせた。

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