第26話 6日目D:卑怯者
彼女は言う。
「それから私は“私達なり”に努力をし、高等学校へと進学をした。 そしてその時に“私の過去”を……、“幼稚園時代”を知る者と出会う事になり、その人物に『まるであの頃とは別人のようだ』と言われてしまった。 私は“その人”の事を知らなかったのだけれども、“その人”は私の事を良く知っているようだった。 さっきアナタに“自己”について尋ねたけれど、私もアナタと同じ結論なのよ。 私は『記憶の楔(きおくのくさび)』を打ち込んだ内容以外の過去は憶えていない。 故に“この人”の発言は私にとって“他人事”、“知らない人の思い出話”でしか無いのよね」
彼女は言う。
「けれども私はこの時に“あの時の景色(脳内映像)”を頭の中で自動再生させていた。 幼稚園児だったあの時に“私が何に恐怖をしたのか”の『脳内動画』を自動再生させていた……。 そして私は唐突に理解した。 私が幼い頃に“何に恐怖をしたのか”を、ようやく“言語化する事”が出来ていた」
彼女は言う。
「私は幼い時分(じぶん)に知ったのよ。 “知識を得る”という事が“それ以外の可能性を考えなくなる”という事を……」
彼女は言う。
「例えば『リンゴ』って言葉を初めて耳にしたとする。 そして誰かに『リンゴは赤くて甘い果物である』と“定義”をされたものとする。 するとこれ以降、『赤くて甘い』以外の『リンゴ』は“例外”となってしまうのよ。 逆に『リンゴは黄色くて酸味の強い果物である』と“定義”をされていた場合、『黄色くて酸味の強い』以外の『リンゴ』はね、“例外”とされてしまうのよ。 “(最初の)常識が規定をされる”と言っても良い。 『リンゴ』という言葉を初めて耳にしたその時、『リンゴ』の種類には“無限の可能性”が秘められていて、“色んな色”であったり、“色んな味”であったりと“様々な可能性”が存在している。 しかし、“定義”をされてしまったその瞬間に“定義以外の存在”は“例外とされてしまう”のよ。 これが“知識を得る”という事が“それ以外の可能性を考えなくなる”という事である」
彼女は言う。
「私は“この事”に恐怖した。 それでは何故当時の私が“恐怖をしたのか”と言うと、幼稚園の先生が“リンゴの色は赤い”という常識を“疑っていない事”に恐怖した。 だからこの時に思ったの。 “この事を忘れないようにしておこう”と。 『記憶の楔』を頭の中に打ち込んで、“幼稚園”という言葉を耳にしたその瞬間に“この出来事を思い出すように”と暗示を掛けてみせたのよ」
彼女は言う。
「けれどもね、それと同時に“知識”を得なければ“何が例外になるのかが分からない”、という事も分かったわ。 つまりは“様々なリンゴの種類”を“知識”として仕入れる事で、最終的には自分で“何が例外なのか”を“定義”する事が、“判断”する事が出来るようになるって気が付いた。 そしてまた、『リンゴ』に“秘められている”と感じていた“無限の可能性”というものは、実は“無知”、つまりは“知らないという事”と同義であると分かったわ」
彼女は言う。
「以上が私の高校時代のエピソード。 何か質問事はあるかしら?」
寸間置いて、ボクは言う。
「色々……あったんだなって思いました。 “普通じゃない”とは思っていましたが、想像していた以上に“普通”ではありませんでした」
「どうも♪」
文字通り“ウソ臭いような話”であった。
ボクは問う。
「けれどもカーニスさん。 今のは単に“幼稚園時代からの謎が解けた”という話でしょう? 何と言うか、『高校時代に起きた印象深いエピソード』とかは無いんですか?」
少しして後、彼女は言う。
「どうだろう? 『後悔する事の多い人生だった』ってトコかしら?」
彼女は発言を拒んでみせた。
彼女は言う。
「それから私は……、そうね、大学へと進学し、卒業してから“とある人物”と出会ったわ。 もしかしたら“その人物との遣り取り(やりとり)”だったらアナタの興味を引けるかも?」
「大学の話は無いんですね」
「興味が無いならこれにて御仕舞い(おしまい)。 私は別に構いやしないわ?」
どうにも彼女には“話したい事”と“話したくない事”との差が大きいように思われた。
ボクは言う。
「お願いします」
「素直でヨロシイ♪」
彼女は「にっ」と笑ってみせては、話を始めてみせていた。
「私が大学を卒業してから……、そうね、どれ位の期間が過ぎ去ったのかは知らないけれど『とある年配の女性の方』と出会ったわ。 出会った経緯(いきさつ)はまあ置いといて、その人物は“周囲の人間から慕われていた”人物だった。 彼女、仕事は何もしてないように見えたケド、それでも色んな人達がその人の家へと訪ねて来てね、彼女はいつも忙しそうに見えていた。 ……そんなある日の事だった。 “とある団体”の代表(代表者)が彼女のもとを訪ねて来たわ。 なんでも“仕事が上手く行った”という報告をしに来たそうな。 彼女はその人物の成功を“自分の事”のように喜んだ。 彼女って凄く(すっごく)優しい人だった。 他人の事を“悪く言わない”ような人……、ううん、“悪口なんて知らない”ようなとてもステキな女性であったわ……」
ボクは黙って聞いていた。
「それでね、そんな彼女が私に対し、その例の“成功を収めた人物”は『どうやって成功したのでしょう?』って聞いて来た。 私は“その人”の説明を聞いたその上で、少しだけ“考えて”、彼女に対して“答え”を出した。 『○○を△△すれば良いんじゃないか思います』って。 そしたらどういうワケだろう? 彼女、“不機嫌な顔”をしていたわ。 そして彼女は私に対し、こう続けて聞いて来た。 『ならばこの団体は今後はどのように行動すれば良いのかな?』って。 ……私は再び考えて、そして彼女に対して答えを出した。 『今後は□□を××すれば良いと思う』と。 ……そしたら彼女、私に対してこう言った。 『アナタは卑怯者だ』とね♪」
ボクは黙って聞いていた。
「彼女は私にこう言った。 『その団体は10年掛けてアナタが出したのと同じ結論へと辿り着いた。 そして今、彼らは“今後どうするべきか”を一生懸命考えている。 これは私の見立てだけれど、アナタの予想は正しいものだと思っている。 だからアナタは卑怯者。 他の人間が頑張っていると言うのにね、アナタはそれに協力しない。 彼らが苦労していたその時にアナタが助けとなっていたなら、彼らの成功はもっと早かったに違いない。 出来るのならばするべきよ』とね」
ボクは黙って聞いていた。
「対して私は言ったのよ。 『私は彼らの事を助けたいものだと思ってる。 ううん、もっと多くの人達を“助けてあげたい”って思ってる。 けれどもそれは無理である。 何故なら“彼ら”は“認めたいものしか認めない”から。 “自分の認めた人物の主張”以外を認めない。 仮に私の主張がどれだけ“正しかろう”とも、彼らは私の事を認めない。 私は彼らの信用を勝ち得てなどはいないから……。 故に私は何もしない。 いいえ、“何もさせて貰えない”と言う方が正しくある。 アナタは私の事を認めるが、彼らは私を認めない。 彼らは私に“手助けをさせてはくれない”のです』と。 そしたら彼女、呆れた顔をしていたわ。 でもでも、その心情こそは分かるケド、私は間違っちゃーいないって思うのよ。 だって世の中は“お金”と“コネ”が支配をしていると言っても良い。 圧倒的なパワーを持っている。 故に“何も持ってはいない”私には、何も出来やしないのよ……」
彼女は身振り手振りを交えてはボクへと話してみせて来た。
ボクは言う。
「なるほど。 つまりはアナタは“卑怯者”と言われて“傷付いた”というワケでは無く、“嬉しかった”と言う事ですね?」
「身も蓋(ふた)もない言い方をされちゃってるけど、つまりはそーゆー事なのよ。 彼女だけは“私の本質”を理解してくれているようだった。 私にはその事が嬉しかったわ」
ボクは尋ねた。
「それで、その女性とはその後どうなったんです?」
「“その件が切っ掛け”ってワケでも無いけれど、疎遠になってしまったわ。 なんとも悲しいお話よ……」
そう言った彼女の顔はとても哀しそうに見えていた。
ボクは尋ねた。
「カーニスさん、それからどうなったんです? どうしてアナタは“ココに居る”んです?」
これは聞いてみたかった質問だ。
彼女は言う。
「……私には“社会性”ってものが無くってね。 オマケに“他人とのコミュニケーションを取る”のが苦手なヒトであるのよね。 詳しい事は知らないけれど、兎に角(とにかく)ある日に“もう自分の為には生きられない”って思ってね。 自分に対して“言い訳をしていく”のにも疲れてね。 “終わらせよう”って思ってね。 “死のう”ってそう考えた。 そこで『自殺志願者処理施設』を造って貰おうって考えた。 けれども彼らが私の望みを叶えてくれる事は無いのだろうって思ってね、そこで彼らと“取り引きをしたい”と考えた。 そこで私は『若返りの秘術』や『次世代破壊兵器』なんかを用意した。 しかし、それでも彼らは私に耳を傾ける事など無いのだろう。 私は“何も持ってはいない”から……。 だから私は“私の能力”を知らせる為に『誰も解いてはいない謎』に挑んでみせた。 それが『邪馬台国は何処にあるのか』というテーマであった。 そして『邪馬台国は九州に存在していた』という結論までの過程に於いて(おいて)、私は『西暦400年、第17代天皇である履中天皇が即位をしたタイミングをもって、サンスクリット語で“太陰暦の半分”を意味する“パクシャ”と呼ばれる暦を廃し、“太陰暦”へと改めた』という『日本書紀の年号の謎』も解いたのよ」
彼女は言う。
「それから色々あって後、私は“ココに居た”ってワケよ」
彼女はボクへとそう言った。
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