第27話 6日目E:ボクの過去


 彼女は言う。

「それじゃあ今度はアナタの番よ。 アナタの話をして頂戴(ちょうだい)」

「ツマラナイですよ?」

「面白いかどーかは私が判断するわ。 ただし下品な話はNGで」

 彼女はジト目でそう言った。

「分かりました……」

 ボクは一度目を閉じて、少し気持ちを整理して後に目を開き、彼女に対してこう言った。

「ボクもまた……と言うのは失礼かも知れませんが、アナタのように“よく分からない人生”を送って来ました。 ボクもまたカーニスさんに似ている所がありまして、例えば高校生の頃の小論文のテーマに『地球温暖化について』というのがありました。 その時のボクの“答え”はこうでした。 『今現在、“人間の所為(せい)”で地球が温暖化していると言うのであるならば、“文明が原因である”と言うのであれば、恐竜の居た時代には“文明があった”という事になる。 何故なら恐竜の居た時代にも“地球が温暖化していた時期があった”からであり、“人間(高度な文明)の所為で地球が温暖化している”と言うのであれば、“恐竜は文明社会を築いていた”と言える事になる』とね」

「そいつは中々に面白い♪」

 彼女は「クスリ」と笑ってみせた。

 ちなみに地球は10万年サイクルで「氷期(寒い時期)」と「間氷期(暖かくなる時期)」とを繰り返しているそうである。

 ボクは続けた。

「他にもありますよ。 例えば『地球温暖化』が話題に上がっていた頃に、日本では『愛・地球博』というのが愛知県という場所にて開かれました」

「万国博覧会ね」

「ええ、(西暦)2005年にあった万国博覧会です。 そしてこの愛知県というのは自動車メーカーの『トヨタ自動車』の本拠地であり、トヨタ自動車はこの頃にエコカー(ハイブリッドカー)を造っては販売の増産を行なっており、年々“過去最高の営業利益”を出していた……とかね」

「クスクスクス♪」

 彼女は笑ってみせていた。 そしてボクへと言う。

「けれどもアナタは小論文へと“それらの事”を書かなかった。 違うかしら?」

「仰る(おっしゃる)通りです」

「それは何故(どうして)?」

 彼女は白々しくボクへと問う。

「(答えは)簡単です。 小論文は“正論を言う”のがテーマ(目的)では無いからです。 小論文は言わば“キャバ嬢やホスト”が客に対してするように、“相手が求めている答え”を伝える事で“相手に気持ち良くなって貰う事”が小論文のテーマであるのです。 つまり小論文とは“空気を読む事”、“コミュニケーション能力のテスト”であるのです。 だからボクは解答欄にはこう書いた。 『人類の文明により地球温暖化が起きてしまった。 それ故(ゆえ)人類は地球環境に配慮して、エコカーに乗ってはCO2(二酸化炭素)の排出量を減らすべきである』とね♪」

「…………」

 彼女は一時沈黙をした。 そして

「ハハハッ! やっぱり私と似ているわ! 中々持って面白い!」

 と一笑いしてからこう言った。

「それで? 高校を出てから……そうだな、きっとキミは大学も卒業したのだろう。 そしてそれからキミのその後はどうなった?」

「そうですね……」

 ボクは彼女が“何か急いでいる”ような気配を感じた。 しかし落ち着き、こう言った。

「ボクは大学へと進学し、そして卒業をしましたがその後は上手く行かなくて……、つまりはボクも“失敗作”であるんです」

「“私と同じ”って事?」

「ええ、そうです」

 ボクは言う。

「ボクには子供の頃に決めていた“未来”というものがありまして、そしてそれは“それなりの努力”をしていたら“到達出来るものだ”と考えていました。 それはとっても平凡な、高望みでは無いものでありまして、“恋人を持ち”、“結婚をし”、“子供を儲ける”……という、“当たり前の未来”を求めていました。 けれどもボクには無理でした。 “なりたい自分”になる事が出来なかった……。 ボクもまたアナタと同じで“人間になる事”が出来なかった“失敗作”であるんです……」

 ボクは言う。

「けれどもその後も色々と……、そう、“色々と努力をしてきた”つもりでいるんです。 ですがどうしても上手く行かなくて……。 それでもボクは諦めずに“やれる事は何か”を求めては日々日々努力をし続けてみせたんです。 ……しかしある日に“落ちて”しまった。 既に枯れ果ててはいたけれど、未だにボクの体にくっついていた『心根(こころね)』が、ある日にゴッソリと下へと落ちた。 体重が軽くなったのを感じました。 “やる気”と言うか何と言うか……、“魂の分だけ軽くなった”のを感じました。 そしてその時に、ボクはもう“自分の為に生きて行く事”が出来なくなってしまったんです。 その時までは自分に対して“言い訳”をしては、“叶う事の無い未来”を夢見ては、“理屈”を付けては自分の事を“騙し騙し”しながらに、どうにかこうにか生きて来た。 けれどももう私には“生きる気力”も“目的”も“言い逃れ”も出来なくなってしまっていた……」

 ボクは続けた。

「私はもう何も持ってはいなかった。 “絶望”だった……。 “絶望に落ちる(堕ちる)”という表現を私は時々使うのだけれども、“本当の絶望”と言うものは“落ちる”という様なものでは無い。 本当の意味での“絶望”は、“気付く”という事である。 今までずっと“絶望の中に居た”という現実に“ようやく気が付けた”という事である。 右も左も前も後ろも上も下も無い世界。 “真っ暗な世界”に唯一人、“一人で居た”という事に“気付く”のです。 そこは誰も居ない音も無い世界。 叫んでみても声すら聞こえぬそんな世界……。 私はそこに“居た”という事にようやく“気付く事が出来た”のです」

 ボクは言う。

「そう、全ては“終わっていた”のです。 “気付かないフリをしていただけ”なのです。 “幻想を追い”、“虚像を眺め”、“自分はまだ大丈夫である”と言い聞かせては嘘を吐き、“人間になれる可能性がまだ幾らかある”と、“まだまだ努力でどうにかなる”と、“人生はやり直せるんだ”って虚勢を張っていただけなんです……。 けれど、違っていた。 そして……ボクは“死んだ”んです。 その時にボクは思い出してみせてくれていた。 これが“二度目の死”であると……」

 ボクは言う。

「“彼”の願いは叶わなかった。 あの日、“ボクら”が誓った“彼の夢を叶える”という、“人間になる”という目標を、“伴侶を持ち”、“子供を持ち”、“貧しくとも人間っぽい生活を送りたい”という“彼の願い”は叶わなかった。 努力もしたし、失敗しても遣り直しをしてみせた。 けれども“上手く行く”とは限らない。 人生は“何度だって遣り直せる”。 けれども“何度やってもダメだった”……。 そうするうちにココロが折れた。 だからボクは“終わらせよう”って考えた。 この人生を“終わらせよう”って考えた……。 けれども少し、心残りが存在していた。 “何も出来ずに終わる”というのはボク自身が許さなかった。 だからボクは考えた。 どうしたら良いのかを考えた……。 そしてボクは“答え”を出した……」

 ボクは言う。

「ボクはかつて“ゴミ箱に中”へとぶち込んでいた“彼の本質”を、“彼の能力”を拾ってみせた。 “社会生活を送る上で不必要だから”と、“協調性の為には邪魔だから”と“ゴミ箱の中”へとぶち込んでいた“彼の本質”を、“独創性”を引っ張り出した……。 そして“彼”にしか出来ない“彼の本質”を利用して、ボクは世界に対して挑んでみせた。 ボクの為に『自殺志願者処理施設』を造って貰い、ボクの事を処理して貰うその為に……、ボクは『邪馬台国が何処にあるのか』に挑んでみせてくれたのだ……」

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