第17話 4日目B:幼稚園の頃の話


 彼女は言う。

「これは“幼稚園の頃”のお話。 私の“生まれ”は四月であって、この国にとっての“新年度”もまた四月であった。 この国ではその年の“四月生まれから翌年の三月生まれ”までを“同じ学年”として区分けをしている。 そして私は“四月生まれ”である故に“三月生まれの子供”との間に“1年近くも年上だった”って事になる。 年を取って“おじさん”、“おばさん”になってからの“1年”なんて“大した差ではない”けれど、若い頃だとそうではない。 “1年”の差はとても大きくて、例えば“5歳の子供”と“4歳の子供”との間には“人生の2割もの年が離れている”という事になる。 だから私が幼稚園児をやっていた時、他の子供が“子供のように(幼子のように)”見えていた。 だからクラスメイトに“すぐ泣く子供”が居ようとも、“お漏らしをする子供”が居ようとも、私にとっては“普通の事”であるのであって、“当たり前の事”であったのよ。 けれども、いや、だからこそ、私は“こういう風”に考えていた。 『皆もまた1年歳を取ったのならば、私と同じように物事を考えるようになるのだろう』と」

 彼女は言う。

「けれど違っていた……。 1年経っても2年経っても皆は私に追いつけなかった。 ううん、他の人が“どんな風に考えていた”のかは正直な所わからない。 けれども“私”と“他の人”との違いをね、私はこの頃から既に感じ出してみせていた……。 そしてある日に気が付いた。 少数ではあるものの私と同じ(?)で“自己”を持っている人達が……、“しっかりした子供達”が増えていくのを実感出来た。 けれども人によっては何時までも“泣き虫”であったり、“お漏らしをする子”が居たりして、“違い”というものを感じていたわ。 そしてその時に私は“これが個性である”と思ったわ。 けれども私は“言い表わせない違和感”を感じていた。 先程言った“しっかりした子供(自己を持っている子供)”もまた“私とは違っている”って感じたからよ。 そしてその時、私は“他の誰とも違っている”と感じたわ。 “強烈な孤独感”が私を襲ってみせていた……。 けれどもまあ“本当の事”は分からない。 私の“気のせい”だったのかも知れないし、何より当時の人達が本当は“どのように感じて考えていたのか”なんて事、私に知りようが無いのだからね。 それでも私は“他人”との“違和感”を感じ出していたのよね……」

 彼女は言う。

「(幼稚園児達は)皆、“世界はこういうものだ”と思っているように見えていた。 “キチンと出来る人”がいる一方で“出来ない人”が存在している……。 その事を“当たり前だ”と考えているように見えていた。 ううん、これは“キチンと出来ている子供側”から見た世界。 “出来ていない子”側の人間は“皆仲良く”を実践していたような気がしてる。 お互いに“上下関係”など存在せず、“みんな仲良く”やっていた。 けれども“出来る側”は違っていた。 彼らは“小さなグループ”を形成する傾向にあり、明らかに“出来ない子ら”を下に見ていた。 私にはこれが恐ろしかった。 今思えば“幼稚園”という“やさしい世界”に於いて(おいて)なお、“上下関係”が発生していたという事だ……」

 彼女は言う。

「けれども私は利用した……。 いや、“だからこそ”私は利用した……。 “下になるのが嫌だった”から、“四月生まれ”という立場を利用して、私は“卑劣(ひれつ)”をしてみせた……」

 彼女は指を組み合わせ、顔を下げては暗く俯いて(うつむいて)みせていた。 そしてその声は悲しかった。 きっと“その時の事”は……、“1年の差を利用してのその行為”というのは彼女にとっては「罪の意識」を感じてしまう事だったのだろう。

彼女は少しだけ“沈黙”を続けてみせていた。 けれども指を解いては「ゆっくり」と話を続けてくれていた。

「私は“他人との違い”を感じていた一方で、“子供らしさ”も持っていた……。 例えば “(園内の)庭を駆け回る事”は楽しかったし、“雲梯(うんてい)遊び”も好きだった。 そしてそんなある日の頃、幼稚園内の畑にて“芋掘りイベント”が発生していた……」

 と、彼女は問う。

「ところでアナタ、“オケラって虫(ケラ科の昆虫)”を知ってるかしら?」

「オケラですか? オケラってあの“手の先がギザギザになってる穴を掘る虫”の事ですか?」

「そうそう」

 オケラとはまた久しぶりに聞いた言葉(単語)である。

「それじゃあ次に“みんな”って言葉の意味は分かるかしら?」

「“みんな”……って、“皆さん”って意味の事ですか?」

「そうよ」

 妙な事を尋ねて来た。

 彼女は言う。

「早速“答え”を言うけれど、“みんな”とは英語で“YOU(複数形)”であり“WE(私達)”とは違っているのよね。 たとえばステージ上のアイドルがファンに向かって『みんな元気~?』と言ったとするでしょ? けれどもこの“みんな”には“自分自身は含まれて”いない。 “私達は元気”とは違うのよ。 ……そんでね、私が幼稚園の畑で芋掘りをしていたら、土の中から一匹のオケラが飛び出した。 その瞬間、私の頭の中にはね、『ぼくらはみんな生きている』という歌の歌詞に“オケラ”というフレーズ(言葉)がある事を思い出していた。 そしてこの時、この“ぼくらはみんな生きている”の“みんな”というフレーズに“自分が含まれて居ない事”に気が付いて、“みんなは生きているが自分は生きてはいない”、つまり“私は既に死んでいる”と解釈をしてしまったの。 背筋が寒くなるのを感じたわ。 私は恐怖を感じたわ……。 けれどもね、けれども次の瞬間には私は“冷静さ”を取り戻していた。 そして手を伸ばしてはオケラの事を捕まえて、そのお腹(おなか)のプニプニ感を“楽しんでみせて”くれていた。 『柔らかくって気持ち良い』って……。 もしかしたらこの時から私は既に“始まってしまっていた”のかも知れないわ……」

 そう言うと、彼女は一度瞬き(まばたき)をした。

 彼女は言う。

「“私”と“世界”は異なっていた……。 その“違和感”と“ズレ”は年を重ねるごとに深まり、強まって行った……。 そしてある日、幼稚園の先生(?)に“将来の夢”を書くよう言われたわ。 多分、年長さんの時だと思う……。 皆が“サッカー選手”や“お花屋さん”、“バスの運転手”とか書いている中で、私の夢は“宇宙探検家”みたいなものだった(と記憶をしている)。 (園児の)中には“医者”とか“先生”だとか立派な事を書く人達がいる一方で、私の夢は“子供っぽい夢”のように捉えられていた。 あははっ! 笑っちゃうでしょ?」

 彼女はボクにリアクション(反応)を求めてみせた。

 しかしボクは答えなかった(応えなかった)。

 すると彼女は黙っては話を続けてみせていた。

「……当時の“私の夢”は『妄想』なんかでは無かったわ。 私にとって“この夢”は“未来に起こるべきであろう事を想定したもの”であったのよ」

 彼女は言う。

「私が子供(幼稚園児)だった頃、既にスペースシャトルは存在していたし、人類は月へと到達する事が出来ていた。 当時の私は“私が大きくなった頃”、つまりは“20数年後くらいの未来”には『一般人でも月に行く事が出来るだろう』と考えていた。 だから当時の子供の夢に“宇宙飛行士”ってのを見掛けた時に、私は『この子は未来じゃなくて今を生きているんだな』って軽く見ていた(見下していた)。 けれども“現実”には“この現状(この有様)”。 私は単なる“夢想家になってしまっていた”っていうワケよ」

 確かに言われてみたらそうである。 昔の時代の未来……、つまり“SFの世界”で言う所の“21世紀の世界”では“空飛ぶ車が高所に架けられた透明なチューブの中を走っている”というイメージがあったりした。 大人になった今だからこそ“その不可能さ”に気付けるものの、確かに昔の“未来”とは彼女の言う様なものだった。

 ボクは言う。

「確かに昔の人達(1980年代くらい?)の思い描く21世紀のイメージは“SF然としていた世界”であったと記憶をしてるよ。 子供の頃の君は随分と未来を見据えていたんだね?」

「そんなんじゃ無いわ」

「えっ?」

 彼女は言う。

「私は“未来を見ていた”ってワケではない。 “(当時の)現状から予想出来遣る世界のその先を推測しただけ”に過ぎ遣らない。 何処の高校に入って、大学に入って、“宇宙探険家になる”なんて事、考えた事も無かったわ。 “お花が好きだからお花屋さんになりたい”、“サッカーが好きだからサッカー選手になりたい”と、“花を育てたり”、“サッカーで遊んでいたり”と既に行動を起こしていた人達には敵わない。 私のは単なる与太話(よた話)。 妄想事にしか過ぎ遣らない」

 ボクは彼女の話を聞いて確信した。 彼女は基本的に“自己否定から入るタイプ”の人間だ。 きっと大人に“何かしらか”を“上手だね”と褒め(ほめ)られたとて、“別に普通よ”と返したタイプの人間だ。 きっと可愛げ気(かわいげ)の無かった子供だったに違いない、とボクは思った。

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