第23話 気がつけば反対

 

 調子を取り戻した彰は、湯沢と互角以上に渡り合っていた。

 1セット目は取られたが、2セット目は取り返す。セットカウント1―1のまま、最終セットに入った。


 湯沢は2セット目終盤から明らかに戦術を変えてきた。呟きや仕草などによる細かな揺さぶりは顰め、代わりにヘアピンを多用するようになった。


 彰は少し苛立っていた。せっかく攻め込んでも、すぐに前に落としてくる。ワンパターンなので対処はしやすいが、どうもリズムが悪い。

 しかも、そのタイミングと技術は絶妙で、ネットをギリギリ超えるくらいの高さで返してくるため、前に落とすと分かっていても、簡単には叩けない。



「これがこの人の本来のプレースタイルだな。」

 彰はそう感じた。

 これまでは、僅かな違和感を積み上げて、相手を制圧しつつ、的を絞らせないスタイルだったが、そんな「遊び」を可能にさせていたのは確かな技術の高さだった。

 しなやかな手首を使った柔らかいタッチで、何度も彰の勢いを削ぐ。

 ただ、これ以上惑うことはない。自分のプレーに徹するだけだ。

 

「ミスショットがない。」

 一方、湯沢も彰を評価していた。彰のバドミントンはスタンダードだ。奇をてらったプレーよりも、確実に拾い、打ちにくい場所に返していく。

 ただし、彰はほとんどのショットを同じフォームから打つことに長けていた。派手さはないが、それは相手にとって非常にやりづらいことだった。


(意識的にできるのは、同じフォームで相当な量をこなしている証拠か。それに……来た!これだ!)

 湯沢のドロップを読んでいた彰が、猛然とダッシュしてシャトルを叩く。

 自分が1セット目の初球で見せたダッシュだが、ブラフのために行った自分と異なり、彰は確かな確信をもって突っ込んでくる。


 湯沢は、自分が分析されている、と感じていた。

 自分も気づかない癖や、苦手なポイントを見抜かれている。少し前からそう感じるようになった。

 彰の目が輝いていた。小さな猫ではなく、獰猛なライオンのように見えた。


「すげえ、彰。」

 徐々に優勢に転じていく彰を見て、チームメイト達が息を呑んだ。金本は満足げに頷く。

「司馬ちゃんは相手のプレーの本質を捉えることが上手い。どういうスタイルで、どこが得意で、どこが苦手か。」


 彰がスマッシュを打ち込む。

 サイドライン際に飛んだシャトルを返そうとした湯沢のリターンは精度を欠き、アウトになった。

 第3セットに入って、スマッシュをこのコースに打たれ、湯沢が崩されるパターンが多くなってきた。

 自分でも気づいていなかった僅かな欠点を突かれ、湯沢は動揺していた。

 弱点を庇うために、徐々にプレーの自由度が奪われていく。それはまるで、自分が普段しているものだった。


 試合の流れは彰だった。点差は開き、湯沢は窮屈なプレーを強いられていた。

 昨年のベスト8が1年生に圧倒され、自分のプレーの意趣返しをされている。傍から見たら屈辱的なはずの状況だが、湯沢は笑っていた。

「これが支配される、ってことか。」

 やはり自分は変だ。湯沢は笑った。

 

 自分がやってきたことはなんて罪深いのか。こんなにも屈辱的で、これほど気持ちを揺さぶるものだったとは。

 それに加えて、目の前の対戦相手だ。細く小さな身体、丸っこくてあどけない顔立ち、黒目の大きい、くりっとした目。

 まるで初恋の女の子に、あの時の仕返しをされているようだ。

 そう考えると、むず痒いような、いきり立つような、おかしな気分になりそうだった。

 

 自分にとってバドミントンはあくまで趣味だ。

 湯沢はあらためて感じた。

 趣味と割り切っているからこそ、本当の悔しさや挫折を感じずにいられるし、勝つことの喜びも得難い。

 気に入った相手を屈服させ、時に、その相手に征服される。そんな歪んだ自分を満たしてくれるものだ。

 そんなことで欲求を満たす人間なんてこの世に二人といるだろうか。だが、自分はそうなのだ。どうして手放すことができよう。



 やがて試合は決した。

 21対12。彰が4回戦にコマを進めた。

 ゲーム終了を告げる主審の声を聴いて、ようやく集中を切らした彰の耳に、チームメイト達の歓声が届く。

 観客席に向けて、一礼した。

 

 その後、湯沢とネット越しに握手を交わした。

 手に入る力が強いことに驚き、思わず湯沢を見ると、彼は笑っていた。

「ありがとう。またやってくれるかい?」

 極めて爽やかな言葉のはずなのに、なんとも言えない不気味さを感じ、彰は手を離した。そして一礼し、すぐに後ろを向く。

「どこまでも変な人だな。」

 彰は背中に異様な視線を感じて、さっさと立ち去った。


「凄いですね。司馬のやつ。うちで4回戦なんて初めてですよ。」

 応援していた皆に合流した堀が言った。

「組み合わせが反対なら、あそこには堀ちゃんがいたと思うよ。」

 金本の言葉は慰めではなく、事実だと雪永は感じた。彰とほぼ互角に戦える堀なら、勝ち上れたかもしれない。

「司馬だから勝てたと思います。あいつは崩れても修正できますから。」

「あの坊やのおかげかねえ。」

 金本は侑司を思い出し、苦笑いしていた。

「だいぶ、滅茶苦茶だけどね。」

「篠宮侑司。そう言えば、あいつ次は……。」


 試合を終え、入口に戻った彰はトーナメント表を見た。

 やはり侑司は3回戦を勝ち上がっていた。

「よかった。いや、よくない。あのバカ。」

 侑司が勝ちあがったことは嬉しかったが、さっきのことを思い出し、イラっとした。


「ふん。次は誰と……。」 

しかし、侑司の次の対戦相手を見た瞬間、彰は固まった。

「あ……。」



 4回戦 篠宮侑司(伊勢橋・1年) 対 柿崎慎吾(蓮台・2年)

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