第16話 彰と侑司③
「ジングウさん、彰は?」
地域のバドミントンクラブ「よつばど」にやってきた侑司は、あたりを見回して言った。いつも自分より早く来ているはずの彰がいない。
「サボりだ。」
ジングウが素っ気なく言った。
「サボりぃ?あのクソ真面目が?」
眉を思いっきり顰めながら侑司が笑った。ジングウはため息を吐いた。
「負けた次の日ってのは何もしたくねえもんだ。」
その呟きに、侑司は反応した。
「何?あいつ負けたの?」
「練習試合でな。ほれ見てみろ。」
ジングウが見せたのは、彰とのSNSのやり取りだ。
「『すいませんが今日の練習は休みます。昨日の練習試合で負けてしまい、今は自分で何をすべきか考えています。相手は蓮台高校の選手で、強打で押されてしまい、自分はネット際をはじめ相手の弱点を・・・・・』何だこの長さ。」
「こんなのがずっと来やがった。律儀を通り越して阿呆だ。」
呆れているが、しっかり読んで返信しているジングウも同じようなもんだ、と侑司は思った。
「なるほど、練習試合で負けたから凹んでんだな。よ~し。」
侑司はニヤリと笑った。
「何笑ってんだ?」
ジングウが訝し気に侑司を見た。
「べーつに。」
侑司は満面の笑みを浮かべていた。
蓮台との練習試合後、四津川バドミントン部は変わった。
基礎打ちと実戦形式のみだった練習から、毎日、全員で同じショットの練習をし、全体の質の向上を図るようにした。さらに練習時間6時までという制限を撤廃し、その日のノルマをクリアするまでは終わらないようになった。
これは、監督の金本が言いだしたことではなく、部員達、特に一年生から上がった声だ。
蓮台との試合で自分達の弱さをまざまざと見せつけられた四津川のメンバー達は、夏の大会に向けて少しでも遅れを取り戻そうと必死になっていた。
金本もこの提案を快諾し、毎日練習に顔を見せるようになった。部員達の意識改革を図るという、蓮台との試合を組んだ狙いは、見事にハマった。
ただ一人を除いて。
練習試合後、彰は迷走していた。
強打で押し込まれたからか、彰自身もひたすら強く打つことを繰り返しており、以前のように技術でいなすプレーから遠ざかっている。
試行錯誤を繰り返しており、プレーにも一貫性が見えない。皆代わる代わる休憩をしているが、彰はぶっ通しで練習していた。
「彰の奴、まだスランプなのかな。」
雪永は必死に練習する彰を見てそう言った。
「そうだなあ。」
他の部員達も休憩しながら彰を心配そうに見ている。
「監督、何とかならないですか?」
雪永が金本に訴えかけた。
「んー。」
金本は俯いた。
「もがいてるんだよ。答えは自分でしか見つけられない。」
「そんな・・・・・・。」
「ひたすら練習するしかないんだよ。負けて悔しいときは、それしかね。」
金本の厳しい声に、皆何も言えなくなってしまった。
「へえ、ここね。ちっちぇえし、ボロい体育館だな。」
侑司は、ニヤリと笑って体育館のドアを開ける。
「失礼しまーす!」
突然体育館に何者かの声が響いた。皆、一瞬練習を止める。
「ん?」
金本が入口に目を向ける。彰は唖然とした。
「侑司?」
「おー!彰。」
侑司がぶんぶんと手を振る。金本は何かを察したように笑った。
「お前、何で入ってきてんだよ!」
彰が飛んできて困った顔で侑司を睨む。
「んなもん決まってんだろ。」
侑司はそう言うなり、いきなりラケットを取り出した。
「お前と勝負しに来たんだよ。」
勢いよく叫んだ侑司を横目に、彰は全く反応しなかった。自分でも、呆れているのか怒っているのか分からない。
「おい、部外者が勝手に入るなよ。」
堀が侑司を追い払おうとするが、侑司は聞く耳を持たない。
「大丈夫。彰と俺は宿命のライバルですから。」
何が大丈夫なのか、全く話になっていない。皆が侑司に詰め寄ろうとしたその時だった。
「ねえ、君がスマッシュバカの子?」
金本が楽しそうに話しかけてきた。
「スマッシュバカ?いやいや、俺はそんなんじゃないですよ。」
「まさにそうだよ。」
首を傾げる侑司に彰が突っ込んだ。金本が大いに笑った。
「あっはっは。やっぱり。そうか君が。」
金本はジロジロと侑司を見る。そして、何か思いついたように手を叩いた。
「よし、司馬ちゃんと試合していいよ。」
侑司がイエー、と声を上げる。不満そうなのは彰含む部員達だ。
「何でこいつと試合しなくちゃいけないんですか?」
「仮想鷹。」
金本の鋭い言葉に、思わず皆黙り込んだ。
「負けを振り払ういい機会だよ。」
彰の耳に小声で囁いた。ノリノリの侑司と、腑に落ちない表情で練習に戻る部員達。
「仮想って・・・・・・。」
彰は侑司を見た。
背筋がさらに盛り上がっている。鍛えあげた肉体は、さらに磨きがかかっていた。
「そんなんじゃないんですよ、こいつは。」
彰は自信なさげに項垂れた。
今は侑司に勝てる気がしなかった。
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